第十二話 討伐報酬
再び三人での生活が始まった。一度はグルール鉱山を辞めた優弥だったが、退職を願い出た時に散々引き止められたため、再就職はすんなり受け入れてもらえたのである。
ところでロレール亭から戻った日の夜、ポーラの入浴中のリビングダイニングでは、優弥とソフィアの二人だけになった。
「ソフィア、ちょっといいか?」
「はい。どうしました?」
「これなんだけど……」
「あ、指輪!」
「うん。改めてソフィアに贈りたい。受け取ってもらえるかな」
「ユウヤさん……私……私……」
胸の前で自分の左手を右手で握り、彼女がうつむいてしまう。
「あ、やっぱり嫌?」
「ち、違います!」
そう言って上げた彼女の頬を、涙が伝っていくのが見えた。
「また頂けるなんて思ってなかったから……」
「これはソフィアに買ってあげた物だからね」
「ユウヤさん……」
「さ、指を出して」
「はい……」
そうして彼女が差し出したのは、あの日と同じ左手の薬指だった。その手を軽く握り、優弥は指輪を嵌めてから両手で包み込む。
「ユウヤさん?」
「ソフィア、左手の薬指に指輪を贈られる意味って知ってる?」
「え?」
彼はソフィアの恥ずかしがり屋な性格を考えると、それが婚約や結婚を意味するとは知らないのではないかと思っていたのだ。そしてその予想はどうやら的中していたらしい。
「前にお母さんが、大切な人から指輪を贈られる時は左手の薬指を差し出しなさいって。ユウヤさんはその、私にとって大切な……あわわわ……」
「やっぱりそうだよね」
「え? 何か別の意味があるんですか?」
「実はね……」
真実を知り、茹で蛸のように耳まで真っ赤になって、自分の部屋に逃げていった彼女は実に可愛かった。これで他の指に嵌め直されるとちょっと悲しい気もするが、あれは魔除けの指輪であって婚約や結婚指輪ではない。
それよりも今は、彼女が自分を大切な人だと思ってくれていたことが嬉しかった。
それから三日後の夕刻。
優弥がグルール鉱山での仕事を終えて帰宅すると、家の前に豪奢な馬車が停まっており、十人ほどの騎士がそれを護るように取り囲んでいた。馬車には大仰な紋章が描かれている。
(やれやれ……)
彼がそんな騎士たちを無視して玄関に向かおうとすると、二人が剣を抜いて立ちはだかった。
「何者だ!?」
「貴様たちこそ何者だ!? 俺はこの家の住人だぞ!」
するとすぐに二人は剣を収め、胸に手を当てて頭を下げる。
「これは大変失礼致しました。ハしミユウヤ・ニホンジン・サイコーハッピー様ですね?」
「ん?」
「どうぞ、お通り下さい」
「待て」
「はい?」
「俺の名前、もう一度言ってみろ」
「はい。ハしミユウヤ・ニホンジン・サイコーハッピー様でございますよね?」
「ハしミユウヤじゃねえ! ハセミユウヤだ! あとニホンジン・サイコーハッピーってのは名前じゃねえからな!」
「こ、これは大変失礼致しました!」
「ふん!」
彼にとっては大した問題ではなかったが、最初の横柄な態度が気に入らなかったのでわざと騎士に絡んだだけだった。
それから乱暴に騎士を突き飛ばし、扉を開けて中に入る。するとそこにはやはり見覚えのある男が、背後に二人の騎士を立たせてリビングダイニングの椅子に腰掛けていた。
なお、こちらの騎士は先ほどの二人とは違い、鎧にちょっとした装飾が施されている。
「あ、ユウヤさん!」
そんな彼らに顔面蒼白で向き合っていたソフィアが、優弥を見て駆け寄り後ろに隠れてしまった。
「久しいな、ハッピー殿」
「アンタは確か……名前何だっけ?」
「貴様! 宰相閣下に無礼であるぞ!」
「構わん。我が名はゴルドン・マーチス・ホール。モノトリス王国の宰相である」
「あれ? 魔導師って言ってなかったか?」
「ホール家は魔導師の家系なのだ」
「ふーん。あ、ソフィアは部屋に行ってていいよ」
「あの、お茶とかは……」
「コイツらに茶なんか出さなくていいさ。もったいないし」
「貴様! 我らを愚弄するか!?」
「ひっ!」
「最初に俺を虚仮にしたのはそっちだろ。それより騎士さんよ、うちのソフィアを怖がらせるんじゃねえ。殺すぞ!」
「なっ!」
彼はソフィアを自室に行かせると、ドスの利いた声で騎士を睨みつけた。
「控えよ、ジョンソン」
「はっ!」
「やはり、夜盗を討伐したのはハッピー殿のようだな」
「さあね」
名前を訂正させるのはうんざりしたので、彼はそのまま話を続けた。
「では、今のスタツスを見せてもらおうか」
「断る! 見たらここから無事に帰れると思うなよ」
「そうか。ならばそれが答えと受け取っておこう」
そう言ったゴルドンが背後の騎士に片手で合図を送ると、テーブルの上にサッカーボールほどに膨らんだ麻袋が置かれた。
「なんだ、これ?」
「金貨だ。千枚ある」
「は?」
「陛下からの褒美だ。受け取るがよい」
「意味が分からないんだが?」
宰相の説明によると、彼が討伐した夜盗一味は、実は隣国のアスレア帝国から流れてきた者たちとのことだった。あちらで討伐出来ずにむざむざ国境まで越えさせ、モノトリス王国に甚大な被害をもたらした責は非常に大きいらしい。
「国として少なくない賠償を求めるほどに、な」
「ふーん。しかし夜盗はサットン伯爵家の私兵が殲滅したんじゃないのか?」
「公表されておるのは夜盗が討伐されたことのみだ。それにアジトには、あるはずのないトマム鉱山の岩石が無数に転がっていたそうだからな。そんなことが出来るのは鉱山ロードのハッピー殿しかおるまいて」
「ま、いっか」
「認める、とは言わないのだな」
「面倒ごとは勘弁なだけだよ。それより夜盗の被害に遭った人たちへの補償はしないのか?」
「むろん、そこは陛下もお考えになられておられる。そのためのアスレア帝国への賠償請求だ」
「なるほど。そういうことならこの褒美はありがたく頂いておくとしよう」
彼は金貨の入った麻袋をひょいと持ち上げると、無限クローゼットに放り込んだ。ところがそれを見たゴルドンと二人の騎士が、目を丸くして驚いた表情を見せる。
「な、なんだ、今のは!?」
「俺のスキルだ」
「そんな……まさか!」
「やっぱり珍しいのか、これ」
「ハッピー殿、先日の非礼は水に流し、我が国に仕える気はないだろうか。私から爵位と領地を賜れるよう陛下に奏上しよう。王都の一等地に邸も与えよう」
「断る。俺は根に持つタイプなんでね。この先何があってもお前ら王国を許すことはない。それに今の生活が気に入っているんだ。邪魔しようってんなら相手が国王だろうと容赦しねえから覚えておけ!」
「……承知した。城にあのような岩石を降らされては目も当てられんからな。帰るぞ」
「はっ!」
背後の騎士は怒りに震えていたが、これ以上の問答は無用と覚った宰相は彼らを連れて家を去るのだった。




