第十話 潮時
「これはやべぇな……」
「貴様、何者……?」
「軽く殴っただけだよ。心配しなくてもカシラのアンタは顔が潰れると困るからもう少し手加減してやる」
「がはぁっ!」
それでも鼻が折れ、前歯が砕けたのは言うまでもないだろう。念のために鳩尾にも軽くワンパン入れてカシラの意識を刈り取ると、彼は残った男たちの足を蹴って骨折させた。
(これでコイツらは動けないだろう)
「ぎゃっ!」
「痛えっ!」
「ひぃぃぃっ!!」
残りの男たちの戦意を奪うため、彼はサットン家の私兵たちが無人を確認した廃屋の悉くを、無限クローゼットの中にあったトマム鉱山の岩で潰していく。
カシラは気絶、アニキは足を折られて悶絶。そして次々と岩の下敷きになって潰れていく建物を見て、下っ端たちはヘナヘナとへたり込むばかりだった。それでも中には向かってくる者もいたが、そんな奴らは例外なくどこかを骨折させられていた。
私兵が彼らを縛り上げていくのを見て、優弥は女性たちが閉じ込められている廃屋に駆け込んだ。
「ソフィア! ポーラ!」
だが返事がない。捕らえられていた女性たちは情報通り十人ほど。しかしどの顔も探し求めた二人ではなかった。
彼は駆けつけた私兵たちと入れ替わりに外へ出ると、縛られた男の一人の胸ぐらを掴んで捻り上げる。
「ソフィアとポーラって女を知らないか!?」
「ひぃっ!」
「答えろ!」
「し、知らねえ! 知らねえよ! 中にいる以外、女はいねえ!」
「ミランダ様、ご無事でしたか!!」
すると中から私兵の声が聞こえた。攫われた伯爵家の次女が見つかったのだろう。
「まさか殺したのか!?」
「ひっ!」
「お前たちが伯爵邸を襲った夜かそれ以降に攫ったんじゃないのか!? 死にたくなければ言え!」
「あ、あの夜は邸の仕事以外はやっちゃいねえ! 女も攫っちゃいねえ!」
「本当だな? ウソだったら岩で潰すぞ!」
「ほ、ホントだって! 殺しだってやってねえ!」
この男は次々とやられていく仲間の姿を目の当たりにしている。その状況と表情からすると、ウソをついているとは思えなかった。
「た、頼む! 知っていることは何でも喋る! だから殺さないでくれ!」
「お前たちはそうやって命乞いした者も平気で殺してきたんだろ?」
「おカシラの命令に逆らえなかっただけだ! だから、な? 頼むよ、この通り!」
サットン家襲撃以外にも余罪があるはずだが、ソフィアとポーラがいなければ後のことは伯爵家に任せるだけだ。どの道この者たちは拷問されて処刑されるだろう。
「カシラの懸賞金は半分くれてやるよ。お家には黙ってるから安心してくれ」
「い、いいんですか?」
「ああ。その代わり受け取ったら半分は家に届けてくれ」
「分かりました!」
「本当は全部やってもいいんだが、俺もこの先どこで入用になるか分からないからさ」
「いえ、十分ですよ! コイツらの連行はお任せ下さい!」
カシラの懸賞金は金貨五十枚、その半分なら日本円にして二百五十万円である。これを参加した十人で割っても一人二十五万円の取り分だから、臨時収入としては決して悪くないだろう。
彼らはサットン家のお抱えだから、給金以外の所得はない。今回の仕事も通常業務の範囲内であり、余分な手当ては支給されないはずである。だから仮に賞金首のカシラを狩ったのが彼らだったとしても、懸賞金は伯爵家に納めなければならないのだ。
しかし優弥から分け前として受け取ったとなれば、個人的な収入になるため没収されることはない。もっともバレれば寄こせと言われるだろうが、要は口に出さなければいいだけの話である。
「それじゃ、俺は先に帰るから後はよろしく」
「はい!」
現場の処理と女性たちの保護を伯爵家の私兵に任せ、彼は一人帰路に就いた。
どうやらソフィアとポーラは夜盗に攫われたわけではなかったようだ。だとすると他に誘拐犯がいるか、ソフィアに関してはすでにグランダールを離れてしまったのかも知れない。必ずしも二人が一緒にいるとは限らないからである。
(あるいは二人でどこかに身を隠しているか)
それから数日探し回ってみたが足取りは掴めず、一向に二人、またはポーラが一人で帰ってくる様子もなかった。ポーラは仕事も休んだままのようだ。
誘拐されているのなら助け出してやりたいが、全く手掛かりがない状態では手当たり次第に人に聞いたり、闇雲に探す以外に出来ることはない。
紹介所に身代金の要求もないそうなので、ポーラが誘拐された可能性はゼロに等しいだろう。故に彼女はいずれこの家に戻ってくると思われる。
一方のソフィアは意を決して出ていったわけだから、たとえ王都にいたとしても見つけ出すのも連れ戻すのも難しいと言わざるを得ない。
彼にとって最良かつ最悪なのは、二人で一緒に身を隠している場合だ。
夜盗の一件は終えたが、彼女たちが飛び出したあの日は奴らがサットン伯爵邸を襲った当日だった。そんな時に失踪すれば、どれだけ心配するかくらい分かるはずである。
自分の言動でソフィアが傷つき、ここにいられなくなったのならそれは謝りたいと彼は思う。しかしポーラに関しては別だ。
傷ついたソフィアを案じて匿っているとして、居場所は知らせないまでも無事であることは知らせるべきだろう。それもしたくないということであれば、もはや関係修復は不可能としか言いようがない。
(潮時か……)
わずか一カ月ちょっとではあったが楽しい日々だった。それがこんな形で終わりを迎えるとは夢にも思っていなかったが、一度最愛の妻と娘を失っている彼には、そこに留まる選択肢はない。留まっても辛いだけだからだ。
出来れば二人の無事を確かめてから行動を起こしたかったが、ここのところ王城からしつこく召喚状を携えた使者がやってきていた。夜盗討伐についての話が聞きたいとのことだったが、彼に応じる気は全くなかったのである。
(無能と蔑んで放り出したクセに何を今さら)
そして夜盗を捕らえた日の七日後、優弥はまず鉱山管理局に行き、グルール鉱山での仕事を辞することを伝えた。そして口座に預けていた金を全て引き出し、ロレール亭へと足を向ける。