第四話 サットン伯爵の思惑
「な、なんだ貴様たちはっ!? ここをサットン伯爵閣下の邸と知って……ぐぁぁっ!」
「いやぁぁぁっ! やめてぇぇっ! ごふぅっ!」
その夜、王都にあるサットン伯爵邸が夜盗に襲われた。たまたま王都邸に滞在していた伯爵の次女ミランダが攫われ、居合わせた使用人たちは皆殺しにされてしまったのである。
当の伯爵本人は領地にいたため難を逃れたが、奪われた金品の中には国王から賜った家宝も多く、損害は計り知れぬものとなっていた。
また、この一件で伯爵の名誉は地に落ちた。夜盗ごときに数々の家宝を奪われたのだから当然である。むざむざ次女が攫われたのも大きな痛手だった。娘は処女性が失われたため、たとえ生還しても政略結婚には使えない。可哀想だがまともな結婚すら出来ないだろう。
さらに国王からは警備体制の不備を責められ、夜盗討伐の陣頭指揮を命じられた。失敗すれば降爵や家そのものを取り潰される可能性もある。
だが、最悪はそれだけではなかった。本来であれば他の貴族たちもいつ自分が襲われるか分からないのだから、伯爵に討伐の協力を申し出て然りである。
しかし彼らは自身の邸を手薄にするわけにはいかないからと、人材はおろか金すら出そうとしなかったのだ。
一方、王都にいた傭兵を貴族がこぞって雇い始めたため、需要はうなぎ上りだった。お陰で彼らの日当はそれまでの十倍、金貨にして一枚以上が相場となったのである。普段の日当が小金貨一枚程度だったのは、それだけ王都が平和だったからだ。
「傭兵が雇えないだと?」
「足元を見られました。雇い主が当家だと知ると、日当は金貨十枚などと吹っ掛けてきたのです」
家令のキム・デイヴィスは領地から到着したばかりの伯爵家当主、コルトン・ウィルヘルム・サットンに頭を下げたまま報告した。
「ホーク傭兵団はどうした? あそこは元々依頼料が高額だったからそこらの貴族では雇えまい」
「テイラー侯爵家に先を越されてしまいました」
「くっ……」
サットン家とテイラー家は、王都の貴族では知らぬ者がいないほどの犬猿の仲だった。そのため夜盗の討伐が王命とはいえ、侯爵家に力添えを願うなど考えられないことだったのである。
「お館様、職業紹介所に人材を求めてみてはいかがでしょう?」
「職業紹介所だと? なにを……」
そこでコルトンははたと考える。キムは国王ミシュランが認めるほどの優秀な家令だ。その彼が何の根拠もなしに、単なる労働者のための施設である職業紹介所に人材を求めろなどと言うはずがない。
「理由を聞こう」
「最近、鉱山ロードの称号を贈られた者がおります」
「鉱山ロード?」
「なんでもトマム鉱山の崩落事故で、閉鎖されるはずだった坑道から岩石を全て取り除いたとか。また、事故の際に生き埋めになった鉱夫を一人救出したそうにございます」
「崩落で生き埋めになればまず助からんはずだが……入り口付近にいたのではないのか?」
「詳細は知らされておりませぬ故」
「頼もしい限りではあるが、夜盗相手に鉱夫が役に立つとは思えんぞ」
「その者、実は勇者エリヤ・スミス殿と共に召喚された異世界人とのこと」
「なんだと! 間違いないのか!?」
「はい」
キムは優弥が単なる抱き合わせだったことまでは知らなかった。召喚者である事実を知るために、少なくない額の金をばらまいたにも関わらずである。
ただ、鉱山管理局から鉱山ロードの称号を贈られたのが召喚者と結びついたのは僥倖だった。当然彼らはこう考える。
――勇者と同じ世界から来た者ならば、同等の力を持っていても不思議ではない――
実際に優弥のパラメータがエリヤのそれを大きく凌駕しているのもまた、彼らにとっては幸運だった。ただ問題は、優弥が夜盗の討伐に力を貸すかどうかである。
「その者に依頼は出来るのか?」
「職業紹介所の指導官の女性と同居しておりますので容易いかと」
「ふむ。脅すのか?」
「まさか。それでは力を借りられないばかりか、敵対者としてこちらがやられる危険性がございます」
「であるな。ここにきてさらなる出費は頭が痛いが、夜盗を捕らえれば奪われた金品も戻るだろう。金で済むなら糸目はつけぬ」
「済まない場合はいかが致しましょう」
「望みを聞け。爵位なら我が養子に迎え、私の持つ子爵位を与えてもよい。長女のリリアンを嫁がせても構わん。領地であれば妾腹のカリムにくれてやる予定の土地がある」
カリムの母親、つまり妾のオーブリーとはいずれ彼に領地の一部を与える約束になっていた。しかし急ぐ必要はないし、約束を反故にして騒ぎたてられたとしても、母子共々無礼討ちにすれば済むことである。
一時の気の迷いで抱いただけの相手と出来た子に、伯爵は愛情の欠片も持ち合わせてはいなかった。さらに、夜盗に攫われたせいで利用価値のなくなった次女ミランダに対しても愛情が薄れている。元々あったかは定かではないが。
「お館様は恐ろしいお人でございます」
「心にもないことを。必ずその者を雇い入れよ」
「お任せを」
キムが深く一礼して下がると、コルトンは大きく溜め息をついた。
「勇者と同等の力か。是非とも手に入れたいものだ」
勇者は国軍に匹敵するどころか、超えるとさえ言われている。そのたった一人を懐柔するだけで国内最強貴族となれるのだ。
王国に反逆する意思はないが、それはそれで気分がいい。何よりあのテイラー侯爵に一泡吹かせることも可能になる。領境で頻発している小競り合いでわざと自軍を敗走させ、敵軍を越境させられればしめたもの。
たまたま視察に来ていた懇意の貴族が不法侵入を目撃し、侵攻の大儀を証明してくれることだろう。
懐柔どころか、現時点では協力が得られるかどうかも分からないのに、伯爵は都合のよすぎる未来を夢見てほくそ笑むのだった。