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第七話 ヘレフォード工房

「生徒は孤児を中心に集めようと思ってる」

「ふむ。学をつけて将来困らんようにするということか」


「さすがは爺さんだ。学び舎では無償で朝昼の食事も出す」

「なんと! 財源は……無用な心配じゃな」


「なーに。その子らがいずれ働くようになったら税として返ってくるさ」


 優弥は学び舎事業にかかる費用を、自身のポケットマネーから出すつもりはなかった。王国として運営するためである。


 現在のハセミガルド王国の財政は彼が改めた税制のお陰で非常に潤っており、経済は十年前からずっと右肩上がりだった。


「なるほどのう。して、儂に何をしろと?」

「教師を紹介してほしい」


「教理を授業に盛り込んでも構わんのかの?」


「週に二時間までだな。ただし毎朝の祈りの時間は別に設けよう」

「うむ。人数は?」


「今はまだどれくらいの生徒が集まるか分からんから、ひとまずは一人でいい」

「食事が出るなら生徒はかなり集まると思うが……教師の役職の指定はあるか?」


「いや、読み書き計算を教える能力があればブラザーでもシスターでも構わん」


「ならばコルテオに任せよう。助祭になったばかりじゃが将来有望な三十歳の青年だ」

「いいのか? そんな人材を出して」


「あれは元は商家の出での。読み書き計算の能力は特に優れておる」

「恩に着る」


「いや、驚きました」

「何がだ、ランドン殿?」


「来て早々、教師の宛をつけてしまわれるとは」

「たまたまクロスの爺さんがいたからさ」


「ふぉっふぉっふぉっ。運も実力のうちと言うではないか」

「ははは。ああ、シスター・マチルダ」

「はい」


「学び舎が出来たら孤児たちを通わせるように。学が身について朝と昼の食費も浮くから一石二鳥だろう」

「まあ! 是非ともお願い致します!」


 実際にスタートするのはまだ少し先になるが、これでどんなに少なくとも十人の生徒が確保出来たことになる。


 その後少しばかりの雑談をしてから、彼と皇子の二人は孤児院を後にした。


「次はヘレフォード工房だな」

「ヘレフォード工房?」


「あの孤児院を建ててくれた工房だ。仕事が早くて正確なんだよ」


 そうして工房を訪れた彼は、あまりの変貌ぶりに驚かずにはいられなかった。国王になってからは町の工房に来る機会などなかったのだが、以前と比べて建物が四倍ほどの大きさになっていたのである。


「親方はいるか?」

「はーい……って、国王様ぁ!?」


 彼の声に応えたのは、エプロンどころか顔まで煤けた、成人して間もない年頃と思われる少年だった。少年は訪問客が国王と知ると慌ててその場に平伏そうとする。


 優弥はそれを制して親方、ビル・ヘレフォードを呼んでくるように頼んだ。


「いよぉ、兄ちゃん……っと、国王様になられたんだった」

「気にしなくても前のままでいいさ」


「そりゃ助かる。堅っ苦しいのはどうも苦手でな。それよりそちらさんは?」

「アスレア帝国の第二皇子ランドン殿だ」


「かぁー! お偉いさんお二人が揃い踏みたぁねぇ。あ、いっけねぇ! 皇子様にはさすがにこの口の利き方じゃマズいよなぁ」

「いいえ、構いませんよ。陛下も私もお忍びですから」


「お忍びって……皇子様はともかく、兄ちゃんの顔を知らねえ国民なんざまずいねぇだろうに。おっと、こんなところで立ち話もなんだ。ついてきてくんな。トビー、応接室に茶ぁ持ってこい」

「はーい、親方!」


「ちゃんと手を洗ってから茶を淹れろよ」

「分かってますよー!」


 トビーとは先ほどの少年の名のようだ。


 応接室は工房の二階にあった。広さは二十坪ほどだろうか。ガラスのローテーブルを挟んで、なかなかに立派な三人がけのソファが並べられている。


 上座側に優弥とランドン、反対側にビルが座って間もなくトビーが茶を運んできた。先ほど言われた通りきちんと手を洗ったようだが、その他の顔やエプロンは煤けたままだ。


 ただ、それは目の前の親方も同様だった。


「この工房もずい分と大きくなったじゃないか」

「ああ、これも兄ちゃ……国王様が税を安くしてくれたお陰だよ」

「ほう」


「十年前までは考えられなかった、ちょっとした家の直しから建て替えの仕事まで増えてな。小せえところだと雨漏りの修理とかよぉ」

「雨漏り……前は皆どうしてたんだ?」


「ポチャンポチャン! 茶碗やらバケツやらを置いて我慢さ」

「なるほど」


「で、今日は何の用だ? まさか国の仕事をさせてもらえるってわけじゃねえよな?」


「いや、そのまさかだ。学び舎を建ててほしい」

「おいおい、マジかよ」


「前に孤児院を建ててもらっただろう。あそこの敷地に二階建てで頼みたい」


 一階は食堂と大浴場の他に教室を二室、二階は教室一室と寮として使う小部屋という間取りで、敷地面積が広いためかなりの人数を収容出来る。


 大浴場は生徒たちの衛生が第一の目的だが、夜は一般市民にも解放する。まだまだ内風呂の普及率は低く、公衆浴場のニーズが十分にあるからだ。むろん、生徒以外は有料である。


「小部屋は三畳一間と布団と衣類が入る程度の収納。手洗いは共同で一階と二階に。男女とも同時に四人が用を足せるようにしてくれ」

「それだけの規模の建物となると建材の仕入れだけでかなり時間がかかるぞ」


「心配ない。魔法国の森を開拓した木材がある。乾燥も十分なはずだから、運んでくればすぐに使えるだろう」


「材料があるなら問題ねえか。念のために現地視察してから図面作成するんで少し日数もらうぞ」

「一カ月くらいか?」


「いやいや、そんなには待たせねえよ。そうだな、二週間もらっとくか」

「そんなもんでいいのか?」


「お陰さまで人も増えてるしよ。もちろんお国の仕事だからベテランを揃えるぜ」

「よろしく頼む」

「任せとけって!」


 ここでもその後はしばしの雑談を交わし、優弥とランドンは城に戻るのだった。

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