第九話 ビネイア王国の滅亡
「同盟を結んで我が国の威を借りようなどとせず、素直に助けを求めればよかったものを」
「スタンノ共和国もお館様が援助していると知れば、易々と攻め込んだりは出来ないでしょうし」
「あちらに敗戦の報は届いているんだな?」
「はい。配下の者が見届けております」
「その答えがあれか」
前方に見えるビネイア王国の王都ハイールの城門前には、目算でおよそ二百の重装兵が待ち構えていた。彼らは優弥たち一行を見つけると武器を構え、臨戦態勢に入ったのである。
「ハセミガルド王国の一行とお見受けする! 武器を捨てて素直に縛に就け!」
「我ら戦勝国ぞ! 貴様らこそ武器を捨てろ! 我が国の国王陛下がお出ましと、敗戦国に対しては本来必要のない先触れをわざわざ出してやったはずだ!」
「その者ならビシャーラ国王陛下の命でこの通りだ!」
そう叫んだ敵兵の手には、首から下がない頭部が掲げられた。
「ルーカス卿、済まん。俺が余計な手間を省きたいと思ったばかりに、無駄に兵を死なせたようだ」
「いえ。陛下のせいではございません」
「遺族には十分な計らいを頼む。俺の名を出してくれて構わん」
「仰せの通りに」
「それと仇は討ったともな」
「お館様、あの者を御自ら手にかけるおつもりですか?」
「奴らが誰にケンカを売ったのか分からせてやらねばならんだろう。ロッティも配下の者も手を出すことは許さん」
「かしこまりました」
深く頭を下げた彼女を見てから彼は一歩踏み出し、敵兵の頭上に無限クローゼットを開く。そこから降り注ぐのは言わずと知れた大岩だ。
「な、なんだっ!? うぎゃーっ!!」
「げひっ!!」
「ぷぎゃぁっ!!」
突然のことに兵士たちは逃げる間もなく、わずか数秒後にはほぼ全員が押し潰されていた。
ただ、城門への通り道が岩で埋め尽くされないようにしたため、中央の数人は無傷で残っている。もっとも仲間が一瞬で壊滅させられた状況は、彼らを放心状態に陥らせていた。
「ルーカス卿、お前たちも耳を塞げ」
「陛下が投擲なさる。ご命令通りしっかりと耳を塞ぐのだ!」
「「「「はっ!!」」」」
連れてきた兵たちが耳を塞いだのを確認すると、彼は残った敵兵に追尾投擲で小石を投げつける。直後、先ほど先触れに向かった者の頭を掲げた一人を除いた全員が額を撃ち抜かれて倒れた。
「貴様が誇らしげに掴んでいたその頭の者には家族があった。貴様に家族はあるか?」
「ひっ! ひぃっ!!」
慌てて先触れの頭を投げ捨て、振り返って逃げ出そうとした男の膝から下を小石が撃ち抜いて吹き飛ばす。そして倒れ込んで痛みに悶えるその者を、ジェンキンス辺境伯軍の兵士たちが取り囲んだ。
「た、助け……」
「仲間の仇だ。余が許す。討て!」
「「「「はっ!!」」」」
「ま、待って……ぎゃーっ!!」
容赦なく全身に剣を突き立てられ、首を斬られて男は絶命した。それでも全員が剣を突き刺すまで終わらなかったのは、仲間を無残な姿にされたのが許せなかったからだろう。
「ビネイア王国の門兵に告ぐ! 見ていた通りだ! 死にたくなければ門を開けよ!」
辺境伯が叫ぶと一瞬の間があったものの、ゆっくりと門が開かれた。門兵は先ほどの様子を見ていたはずだが、まさか自分たちの味方がああもあっさりと全滅させられるとは思ってもいなかったのだろう。
目の前を通り過ぎる優弥と辺境伯軍の兵士を睨みつけてはいたものの、襲いかかってくる気配はなかった。
「これが王都か……?」
城門を抜けた一行は、ビネイア王国の王都ハイール中心部に到着。そこで彼らが目にした光景は、空襲を受けた直後の魔法国首都エブタリアほどではなかったものの、荒廃ぶりには近いものがあった。
十年前に大きな飢饉に襲われてからも、不作の年が続いたこの国は衰退の一途を辿っていたようだ。
「出迎えはなしか」
「お館様、ビネイア国王は徹底抗戦の構えのようです。城に兵を集め自身は玉座の間におります」
「民衆の避難は?」
「問題ありません」
「兵や使用人への勧告は?」
「終えました。ある程度の使用人は配下の者が保護しましたが、他は国王と共に戦うとのことでした」
「愚かなことだ」
ロッティの報告に、彼は思わず溜め息を漏らした。これから始まるのは戦いでも何でもない。単なる一方的な殺戮に過ぎないのだ。
「王弟のヌーフ公爵は六歳の第一王子、ヒューゴ殿下と共にお館様の慈悲に縋りたいと」
「ヌーフとはどんな男だ?」
「勤勉実直な方のようです。ヒューゴ殿下も父親よりも懐いているとのことでした」
「処遇は検討する。ひとまず保護してやれ」
「かしこまりました」
「よいのですか、陛下?」
「何がだ、ルーカス卿?」
「子供とはいえ敗戦国の王子です。生かしておいては厄介なことになるやも知れません」
「将来俺や俺の家族に危害を加える可能性があるってことだろ?」
「仰せの通りにございます」
「考えたが妙案が浮かんでな」
「どのような案かお聞きしても?」
「北の大陸にあるハセミ領に送るのさ」
ハセミ領を彼以外が訪れることはほとんどない。あの領地の寒さは別格で、どうしても必要な時以外はソフィアもポーラも子供たちも行きたがらないのである。それに行くとしても彼が必ず同行するし、ロッティや彼女の配下も影で護衛してくれる。
また、逆に家族が好んで訪れるアルタミール領が同じ大陸にあるとは言っても、二つの領地は遠く離れている。あの寒さの中を気づかれないように軽装備で旅しようものなら、それこそ比喩でも何でもなく自殺行為と言えるだろう。
「なるほど」
「家屋敷くらいは与えてやるが、後は自分たちで働いて生きてもらう。この十年であの領もかなり豊かになったから、選り好みしなければ仕事はいくらでも見つかるさ」
王子はまだ幼いが、本来なら戦争犯罪人の子として裁かれ命がないところなのだ。生かしておくだけでも十分すぎるほどの情けである。
だが彼が出来るのはそこまで。国が違えば元王族だろうと公爵だろうと関係ない。公爵家の使用人で望む者があれば共に送るので、彼らから平民として生きる術を学べばいい。
誰も望む者がおらず、そのせいで野垂れ死にするなら公爵に人望がなかったというだけの話だ。彼にはこれ以上手助けするつもりなどさらさらなかった。
「さて、それじゃ城を破壊するか。全員耳を塞げ!」
「「「「「はっ!!」」」」」
彼は無限クローゼットから直径一メートルほどの岩を取り出すと、城の上空へと投げ上げた。そしてある程度の高さまで行ったところで目標を城に定める。
すると岩は落下を始め、着弾の直前に城を完全結界で覆う。今回は隕石効果を持たせる必要はなかったため込めたSTRは控えめだったが、それでも城を粉砕するのだから衝撃波は相当なものである。そこで結界の出番というわけだ。
こうしてビネイア王国は王城崩壊と共に、その歴史に幕を下ろしたのだった。




