第八話 決戦
「皆の者! 陛下はご無事だ!」
「「「「「おおっ!!」」」」」
優弥の頭上に矢の雨が降り注ぐのを見て顔面蒼白となり、慌てて駆け寄ってきた辺境伯に散々心配されたが、優弥が全くの無傷と知った彼は混乱している兵たちに向かって叫んだ。
「さすがにこちらに逃げてくる敵はおりませんな」
「前に出るなと言ったはずだが?」
「お許し下さい。これでも走り出そうとする兵を宥めて参ったのですから」
「こうなることは予想していたさ。それで俺の力の一端でも見せつけてやれば、犠牲が少なくて済むだろうからな」
「しかしあれだけの矢を受けて無傷であらせられるとは……」
「言った通り、女神の加護ということにしておけ」
そして宣告した一時間が経過した頃、敵軍は大きくその数を減らしていた。
「逃げたのは二千くらいか?」
「いえ、五千は減りました。おそらく大半は強制徴募された者たちと思われます」
「懸命な判断だ」
「元から戦争など望んでいなかったのでしょう。無傷のこちらに対してあちらは何も出来ずに約三分の一の兵力を失ったことになります。士気もかなり落ちていると見て間違いありません」
「元々そんなに高そうに見えなかったしな。さて、そろそろ行ってくるか」
「次は何をなさるおつもりで?」
「さらに兵力を削ってやるのさ」
そう言って彼は再び敵軍に向かって歩き出した。それを見た彼らが響めく。
「約束の一時間だ! 死にたくない者は武器を捨ててこちらに来い!」
「バカを申すな! あの国王を討ち取れば我らの勝利である。総員、突撃!!」
初めに押し出されてきたのは強制徴募された者たちなのだろう。遠見のスキルを使わなくても、恐怖に歪んだ彼らの表情がありありと見て取れた。彼は足下の小石を拾い、トンプソン将軍に狙いを定める。
再びの爆音は、進軍する敵兵たちの足を止めるのに十分過ぎる効果があった。そして、馬上の将軍が額を射抜かれて転げ落ちたのを見ると、多くの者たちが一斉に武器を捨てて走り出してきたのである。
「ハセミ陛下! お助け下さい! 敵対する意思はありません!」
「このまま進んで我が軍に投降せよ!」
「はいっ!!」
駆けてくる敵兵は口々にそう叫び、眼前に張った敵対結界を通り抜けていく。皆ボロ布のような物を纏っているので、貧しさに耐えきれず徴募に応じた者もいるのだろう。
直後、背後から矢を受けて倒れる者が出てきた。ビネイア軍が逃げた彼らに矢を射かけたのである。彼は敵対結界をさらに前方にも展開した。この結界内に辿り着けば彼らの命を守ることが出来る。
「自国の民に矢を射るか!!」
「戦場で敵軍に寝返るような者たちは我がビネイア王国の民ではない!!」
それからも矢は射続けられ、多くの者が命を落とす結果となった。
「将軍を討ったのだぞ! 潔く負けを認めよ!」
「うるさい! まだこれだけの兵がいる! 全軍、将軍閣下の弔いだ! 進めぇっ!!」
残った敵は当初の半分ほどになっていた。だが彼らは正規兵か、家族を人質に取られたりして逃げたくても逃げられない者たちなのだろう。
彼は正規兵以外には極力被害を出したくないと考えていたが、逃げてくる猶予は十分に与えた。この戦が終われば辺境伯軍と共にビネイア王国に入り、軟禁されていると思われる強制徴募兵の家族や村人などを救う手筈になっている。
つまり優弥の言葉を信じて投降さえしていれば、自身はおろか人質まで救われた可能性があるのだ。その勝ち馬に乗れなかった彼らは、残念ながら運がなかったとしか言いようがない。
彼は巨大な完全結界で駆けてくる敵軍を囲った。最前列の者たちがその結界に弾き飛ばされ、後ろから来た者に踏み潰されていく。結界内は大混乱に陥っているが、彼の耳に届くのは壁のない天井部分から漏れるわずかな声だけだった。
おそらく背後の辺境伯軍や逃げてきた者たちには、それすらも聞こえないだろう。そして無限クローゼットから直径五十センチほどの岩を取り出し、結界の向こう側に向けて投げ上げる。
空気を揺さぶる爆音を轟かせて岩は上空で反転し、敵軍の背後に突き進んでいった。おそらく下敷きになる者もいるだろうが、いずれにしてもこれで結界内にいる者の命はない。
地面が大きく揺れ、結界の壁に血と砂埃が飛び散って中の様子が見えなくなった。
「ルーカス卿!」
「はっ!」
呼ばれた辺境伯が彼の許に駆け寄って跪く。
「投降してきた者たちに水と食料を与えてやれ」
「御意」
「おい、聞いたか!? 敵だった俺たちに水とメシさくれるだってよ」
「聞いた聞いた! こっちの王様が民に優しいってのはホントだったんだなや」
「王様!」
「「「「「王様!」」」」」
「「「「「ありがとごぜえやす!」」」」」
「敵対さえしなければお前たちの身の安全は保障してやる。ひとまず休んでいろ。次に余がこの地に戻った時、お前たちは我が国の民となっているだろう」
「「「「「へへーっ!」」」」」
数千人が一斉に平伏す光景は圧巻の一言だった。それを見た辺境伯軍の兵士たちまでもが跪いている。
「ビネイアに入る兵の人選は済んでいるな?」
「はっ! 私以下、五十名の精鋭がお供致します」
「なんだ、ルーカス卿も来るのか。領は大丈夫か?」
「ご心配なく。我が息子がすでに任せられるほどに育っております故」
「頼もしい限りだ。ではその者たちを集めよ。すぐに出発する」
「ははっ!!」
それから間もなくして馬車が到着し、これより五日かけてビネイア王国の王都ハイールへと向かう。そのため食料などの物資を積んだ輸送馬車も三台同行し、合計で四台の馬車を辺境伯軍の騎兵が護衛する隊列となる。
また、彼の乗る馬車にはルーカス辺境伯と、世話係としてメイド姿の女性が乗り込んでいたが彼女はよく知る人物だった。
「ロッティか。聞いてなかったぞ」
「申し訳ありません、お館様。辺境伯閣下にお願いして急遽決まりましたので」
「構わないが、お前が来たということは何かあったのか?」
「略奪が行われた村がございます」
「何だと!?」
強制徴募によって成人男性がいなくなった村を監視する兵が、あろうことかそこで略奪や強姦を行っているという。
「ルーカス卿、すぐに兵を向かわせろ!」
「いえお館様。その必要はございません」
「うん?」
「すでに私の配下が監視者を捕らえてございます。お館様にはその者の処刑を許可頂きたく」
「許可しよう」
「村人による石打ちでも構いませんか?」
「それを村人が望んでいるのなら構わん」
「他にもそのような村があるかも知れません」
「見つけ次第監視者を捕らえて処刑を命じる。必要ならルーカス卿の兵を使え。処刑方法は任せる」
ロッティは一つ頷くと、馬車の窓から外にサインを送った。彼女の配下がついてきていたのだろう。
「石打ちとはまた残酷だな、ロッティ殿」
「身を穢された女の恨みはそれほどに深いものなのです、閣下。お館様は強姦を魂の殺人だと仰いました」
「魂の殺人……なるほど」
「ではお館様、辺境伯閣下、お茶に致しましょう」
馬車の壁から跳ね上げ式のテーブルを出し、彼女がカップに茶を注ぐ。物騒な話の後にも関わらず、そこにはまるでピクニックにでも行くような空気が流れていた。




