第十四話 鉱山ロード
「はい。実はトーマスの死体が発見されました」
話がいきなりトーマスの消息に変わってしまったが、生死はともかく見つかったならそれに越したことはない。手形も戻るだろうから、鉱夫たちへの給金も無事に支払われることになるはずだ。
ところが優弥がそう言うと、沈痛な面持ちでラモスは否定した。
「いえ、どうやら彼は獣か魔物にやられたようなのですが、付近には手形も金も見当たらなかったそうです」
「は? 獣か魔物とやらが持ち去ったとでも?」
「分かりませんが、その可能性は低いと思います」
「どういうことだ?」
「警備隊はそう見せかけた殺人ではないかと睨んでいるようです」
「その犯人が手形なんかを奪っていったのか」
「あくまで可能性の一つですが」
換金されたかどうかの調査はまだ終わっていないそうだ。
「手形が不正に換金された、例えばそれが職業紹介所でのことであれば、不正を見抜けなかった紹介所が補償することになります」
「だからこの金で補償する必要はないってことか」
「王国のメンツにも関わることですので」
いくら鉱夫たちが困っているからと言って、個人がそれをやると王国が何もしなかったことになってしまう。
実際何もしていないのだから間違いではないのだが、事実を事実と出来ないのは封建制の悩ましいところだ。
「ま、一人に金貨五枚ずつ配っても二十人分しかないしな。持ち去られた手形は三百枚以上らしいからどうしようもないか。この金はありがたく受け取っておくよ」
「そうして頂けるとこちらも助かります。このままお持ち帰りになりますか? それとも口座をお持ちなら入金の手続きを致しますよ」
「口座か、持ってないけどすぐ作れるのか?」
「はい。ハセミ様は週明けからグルールで働かれるとお聞きしておりますので、口座をお作りになれば給金をそちらに振り込ませることも可能です」
「手形が不要になると?」
「いえ、手形は必要ですが換金時に振り込みのみとなります。そのため万が一手形を奪われても金を持ち逃げされることはありません。振り込みの場合は手形の再発行も容易となります」
「え? なら皆そうしておけばよかったんじゃ……」
「口座を開くには、最初に最低でも金貨百枚の預け入れが必要となりますので」
要するに少額を扱うために、口座を開いたり維持したりといった手間をかけられないということだ。しかし貨幣とは言え、日本円にして一枚十万円の価値がある金貨が百枚、つまり一千万円である。
新居に置いておいて、家にソフィアしかいない時に強盗にでも入られたら目も当てられない。口座開設の手数料として小金貨一枚が必要とのことだが、それで安全が買えるなら安い物である。
「そうか。ならひとまず口座の開設を頼む」
「かしこまりました。それでは身分証をお出し下さい。こちらの金貨は口座に入金するためにお預かり致します」
優弥から身分証を預かったラモスは奥に行き、しばらくして『預金証』と刻印された千円札ほどの大きさの金属プレートを持って戻ってきた。プレートの色は味気ない銀色だ。
「それではハセミ様、こちらの預金証にこの水晶棒でサインして下さい」
「サイン?」
渡されたのは割り箸の片割れのような細い透明の棒だった。
「口座への入金時には不要ですが、出金時には同様にサインして頂くことになります。その際には水晶棒ではなく普通のペンを使用しますが、サインの文字はお忘れにならないように」
「ふむ。文字は何でも?」
「家名をお持ちとのことですので、家名だけでもお名前だけでも両方でも構いませんよ」
「例えばサインを盗み見たヤツにこれを奪われて、ソイツが真似してサインしたらどうなる?」
「ご心配なく。この水晶棒には魔力が込められておりますので、なりすましは出来ません」
個人も完全に判別するとのことなので、文字さえ違わなければ判で押したようにきっちり同じでなくても問題ないらしい。
それならば漢字で『長谷見優弥』とサインすればいいだろう。
ところが驚いたことに、彼がサインを済ませるとプレートの色が鮮やかな光沢を放つ青い色に変わったのである。ラモス曰く、預金証の持ち主が確定した証とのことだった。
「これで手続きは終わりです。ハセミ様も手形を発行出来るようになりましたので、口座間決済などにもご利用頂けます。手形の書式はこちらです。後で何枚かお渡し致しましょう」
「口座間決済?」
「大きなお買い物などをされた場合、金貨を持ち歩きたくはないでしょう?」
「まあ確かに」
「取り引き相手が口座を持っていれば、手形で指定するだけで口座間の資金移動も可能になるのです。なお、手形への署名も今なさったサインと同じものを書いて下さい。参考までに、口座間決済の手数料は一律に金貨一枚となっております」
「たっか! まあ、実際面倒なんだろうな」
オンラインシステムがないのだから、手間がかかるのも肯けるというものだ。
「ご理解頂けて何よりです。では、試しにもう一度預金証にサインを」
「おお、金貨百枚、小金貨0枚、銀貨0枚……」
預金証の盤面に小さく文字が浮かび上がった。現在の預金状況だそうだ。金貨の上には大金貨という項目もある。もちろん0枚表示ではあったが。
「この大金貨ってのは金貨だと何枚なんだ?」
「百枚ですが、重さも百倍ですので流通には適しておりません。主に貴族様がお力を示すために持たれたりされますね」
「要は自慢の種ってことか」
「ははは。あまりそのようなことは言われませんように。私も聞かなかったことに致します」
「気を遣わせてしまったようだ。すまん」
「いえいえ、それとこちらを」
「うん?」
今度はA4サイズの表彰状のようなものを出してきた。
「この度の功績に対し、我々鉱山管理局員の満場一致により、ハセミ様に『鉱山ロード』の称号を授けることとなりました。これはその証です」
「鉱山ロードぉ?」
「私の知る限りでは、現在この称号を持つ方はおられません。そして管理局の歴史の中でも、授与された人数はハセミ様を含めて三人のみです」
「何か意味とか特典とかあったりするのか?」
「鉱山で働く者にとっては大変な名誉です」
「腹は膨れない、と」
「いえ、半年ごとに金貨一枚が支給されますよ」
「お! 多少腹が膨れるじゃないか!」
「本当はもっと差し上げたいところなのですが、王国の制度ではありませんので……」
「管理局独自ルールってことか。それなら半年に金貨一枚でも大出血じゃないか」
「そう言って頂けると助かります」
彼はその半年に一度支給される一枚の金貨の方が、王国からの百枚よりも価値があると思った。それは支給の理由が制度によるものではなく、局員満場一致と聞いたからである。
言ってみればボーナスだ。半年ごとにソフィアやポーラと何か美味い物を食べるとか、ちょっとした贅沢をしてもいいのではないだろうか。
そう考えてから、彼はふと我に返った。
ソフィアの同居は足が治るまでで、働けるようになれば出ていってしまうだろう。そういう約束なのだから仕方がない。もちろんその後も一緒に暮らすというなら追い出すつもりはないが、あまり先の未来を今から考えても虚しくなるだけだ。
(ソフィアが出ていく時は手形が見つかっても見つからなくても、報奨金の半分を持たせることにしよう。それだけあれば何かあっても困らないだろうからな)
彼はそう結論づけた。
(よし、明日からはいよいよ新居での生活の始まりだ!)
そして気持ちを新たに、ロレール亭への帰路に就く。身分証の肩書きは『冒険家』から『鉱山ロード』に書き換えられていた。