第四話 スオンジー村の薪不足
「雪土竜がどうしたって?」
優弥が尋ねると、ダン青年は悔しそうに唇を噛みながら答えた。
「村人が食い殺されました。ですからどうか、どうか雪土竜をやっつけて下さい!」
「村長、本当なのか?」
「はい。ですがダンは未来ある若者です。首を刎ねるならこの老いぼれの首でお願い致します」
「だめだ、村長! ご領主様、お願いしたのは俺です! 俺の首を刎ねて下さい!」
「いや、だから待てって。雪土竜をやっつけろってのがどうして首を刎ねる話になるんだよ?」
「ご領主様への直訴は死罪と聞いております」
「またそれか、下らん」
わざと面倒臭そうに言い放ってから、彼は言葉を続けた。
「前のクソ大公がどうだったかは知らんが、俺は直訴してきた者の首を刎ねるような真似はしない」
それまで俯いて悲しみを堪えていた面々が、何が起きているのか分からないという表情で一斉に彼に顔を向ける。
「そもそも俺は困ったことがあったらいつでも城に来いと言ってるんだぞ。なのになんだよ、直訴は死罪とか意味分からん」
「で、ですが……」
「それで? 雪土竜は何匹いるんだ?」
「おそらくはぐれが一匹かと」
「はぐれ?」
「旦那様、はぐれとは群から出たか追い出された個体のことです」
「ベンはよく知ってるな」
「以前討伐隊に加わったことがございますので」
「なるほど」
(じゃ、やっぱり目が潰れていたのは仲間割れのせいだったんだろう)
「一匹ならここに来る前に倒してきたぞ」
「「「「えっ!?」」」」
「何だよ、信じないのか?」
「そういうわけでは……その、倒されたという雪土竜の右目に傷はありましたか?」
「ああ、潰れてたように見えたな」
「ヤツだ!」
「ご領主様! 本当にヤツを!?」
「連れのベンとボビーも見ている」
「確かに旦那様は雪土竜を……消し去られた」
「俺もあれは消し去られたと言うのが正しいと思う」
「消し去られた、ですか?」
「旦那様は石を投げつけたと仰られていたがな」
「とにかく倒したのは間違いないから安心しろ」
「ヤツがご領主様に倒された!?」
「「「「うおーっ!!」」」」
「「「「ありがとうございます!」」」」
「これで食い殺された者たちも浮かばれる!」
「竜殺し……すごい!」
「あれはドラゴンとは別物って聞いたぞ」
「はい。ですが竜は竜、私たちではどうすることも出来ませんでしたから」
憂いがなくなった後の宴会は大変な盛り上がりだった。よくよく聞いてみると結婚した二人を祝う宴会の後、村長が雪土竜の件で領都に旅立つ予定だったそうだ。ダンは村長に代わって自分が行くつもりだったらしい。
いずれにしても、もし優弥たちが訪れていなかったら、領都に向かう途中であの魔物に遭遇していたかも知れない。そういう意味ではここを通るきっかけとなったスオンジー村にも感謝すべきだろう。
「ご領主様が来られた理由はそういうことだったんですね」
「薪なら少しは蓄えがあります。スオンジー村の役に立つなら使って下さい!」
「ありがとう。その時は改めてお願いするよ」
「カールとルーシーの結婚に雪土竜の退治、今日はいいことだらけだ!」
「ご領主様、バンザイ!」
「「「「バンザーイ!!」」」」
この日、ソロフル村の宴会は深夜まで及び、翌日帰りにも立ち寄ると言って優弥が村を出たのは昼近くになってからだった。
◆◇◆◇
出発が遅れたせいで、スオンジー村に到着した時はすっかり陽が落ちていた。幸い晴天だったため、月明かりに照らされて道を外れずに済んだが、村は人の営みが感じられないほどに静まり返っている。
もっともいくつかの家からは灯りが漏れているので、前情報通り薪の節約のために複数の家族が集まっているのだろう。優弥はその中でも一番大きな家の前に馬橇を停めさせ、ベンとボビーに戸を叩かせた。
「だんれだぁ? こんな時間にぃ」
顔を出したのは意外にも少女だった。翻訳されたのは方言のようだったが、どてらを着た姿が何とも愛らしい。
「うー、さぶ……ひぃっ! だ、だれ!?」
その彼女、訪れたのはおそらく村の誰かだと思ったのだろう。ところが戸を開けたら見知らぬ大男が二人も立っていたため、一瞬で青ざめて後ずさる。
「怪しい者ではない。村の窮状を聞いたご領主をお連れした。村長はいるか?」
「へ!? ちょ、ちょっと待って下せえ!」
村長と叫びながら少女は慌てて奥に消えた。どうやら優弥の予想通り、村長はこの一番大きな家にいるようだ。
ほどなくして人のよさそうな初老の男性が、二人の若者を従えて出てきた。彼らの手には鍬が握られているため警戒されているのだろう。
ちらりとそれに目をやったベンとボビーだったが、この村はロング伯爵領のリンカン村と諍いを抱えている。だから優弥はあらかじめ二人に、こんなことがあってもすぐに剣を抜かないようにと言い聞かせてあった。
村長と話を終えたベンが彼を呼びに来たので、キャビンから降りて家に入ると、十数人いる全てが部屋の両サイドで平伏していた。その間を通って上座に案内され、すぐに村長も平伏す。
「ご領主様、遠いところをわざわざお越し頂きありがとうございます。私はスオンジー村の村長、ヘイデンと申します」
「ハセミ領領主、ユウヤ・アルタミール・ハセミだ。皆、顔を上げて楽にしてくれ」
「「「「ははーっ!」」」」
(おいおい、俺は時代劇の殿様じゃねえぞ)
「俺がここに来たのは他でもない。村が燃料不足に困っていると聞いて、どのくらい必要なのか確かめるためだ」
「「「「おぉ!」」」」
「あのお布令ぇは本当だったんだぁ!」
「これでぇ村が救われっぞ!」
村人たちが口々に安堵の言葉を漏らしている中、先ほど戸を開けた少女がお茶を盆に乗せてやってきた。
「さっきはぁ、失礼しますただ。なんもねえけんど、お茶でごぜます」
「頂こう」
「娘のマヤにごさいます」
「村長の娘さんだったのか。そう言えば村長」
「はい、なんでしょう?」
「村長には訛りがないように聞こえるのだが」
「ああ、私は長いこと領都におりましたので」
ヘイデンが村長になったのはほんの二年前で、それまで村長だった彼の父親が亡くなったため村に戻ってきたそうだ。領都には単身で滞在し、目的は村の現金収入だったと言う。
「村には行商人に高く買ってもらえるような物はありませんので」
「なるほど。それで本題だが、越冬出来ないほど薪が足りないんだな?」
「はい。と申しますか、越冬だけではなくこの先もずっとなんです」
「ん? どういう意味だ?」
薪が足りないのは冬だけではないと聞いて、彼は言われた意味が理解出来なかった。




