第一話 ヴォルコフ大公の陰謀
「竜殺しのユウヤ・アルタミール・ハセミ殿、まずは婚礼式典へのお招き感謝する」
「ようこそアルタミール領へ。ヴォルコフ大公殿下」
「我が名はヴラディスラフと申す。気軽にヴラドと呼んでくれたまえ」
アルタミール領主邸の玄関ホールに長テーブルを置き、異国からやってきた元王族を招き入れた。従者はエイバディーンの宿で待機だが、大公と三人の姫の後ろにはそれぞれ侍女が一人ずつ控えている。
しかし彼女たちがただの侍女でないことは所作から一目瞭然だった。
彼らのアルタミラ魔法国領への入領に際しては、大公本人も含め全ての者の武装解除を条件としていた。剣と柄は赤い紐で封印し、紐を切った場合は反逆の意ありとされ、たとえ大公であろうと殺されても文句は言えないのである。
この条件に対する返答が、領主邸に同行するのは四人の侍女のみということだった。ただし大公と三人の姫は封印されているとは言え帯剣している。
侍女については前もって報告を受けていたため、万一に備えてこの場にソフィアとポーラは同席させていない。従って大公たちの相手をしているのは優弥とウォーレンの二人だけである。
さらに念のため彼はDEFを最大に上げていた。
それにしても、父と並んだ三人の姫たちは聞きしに勝る美女と言っていい。柔らかな微笑みをたたえる口元は艶っぽく、目元も涼やかで優しげな上に潤んでいる。
この世界で彼が目にした一番の美人はソフィアとポーラという認識は変わらないが、三人ともそれに匹敵するほどの美しさだった。もし婚約者二人に先に出会っていなかったとしたら、思わず一目惚れしていたかも知れない。
その彼女たちが、これまた鈴の鳴るような耳に心地よい声で自己紹介を始めた。
「長女のエカチェリーナですわ。ユウヤ様とお呼びしてもよろしくて?」
「え? あ、ああ。よろしく、エカチェリーナさん」
「次女のラリーサと申します。よろしくお願い致します」
「よろしく」
「三女のオルガなの。竜殺し様、ドラゴンの鱗を見せてなの」
「は?」
「オルガ、失礼ですわよ。ユウヤ様、どうぞお気になさらないで下さい」
「ああ、いや、見せるだけなら構いませんよ」
言うと彼はウォーレンに目配せし、こんな時のためにあらかじめ無限クローゼットから出しておいた鱗を持ってこさせた。彼を使ったのは、特に許しがない限り使用人が鱗に触れることを禁じていたからである。
「ほう、これが噂の!」
「なんと神々しいことでしょう!」
「競売ではこの一枚に金貨五百枚以上の値がついたと聞きましたが、本当ですか?」
「一番の高値は金貨六百二十七枚でしたね」
「そんなに!?」
「ツルツルピカピカなのー」
どうも三女のオルガは喋り方が幼いように思える。これが素なのか演技なのか、彼には判断がつかなかった。そう考えてみると、長女のエカチェリーナはお嬢様っぽい口調で大人の色気も感じられる。次女のラリーサは極々普通の女の子だ。
つまり、演技だとすれば色んなタイプを揃えてきたと言える。
「竜殺し殿、これを欲しいと言ったらいくらで売ってくれるかね?」
「申し訳ありませんが今は個人的には売れません。またそのうち競売に出すかも知れませんので」
「そうか、残念だ」
「竜殺し様ぁ、オルガこれ欲しいなのー」
「オルガ、無理を申してはいけませんわよ」
「えー、どうしてもだめなのー?」
「オルガさん、悪いがあげるわけにはいかないんだ」
「ぶー、竜殺し様ケチなのー」
「オルガ!」
「そう言われてもなあ……」
「ユウヤ様、どうぞお気になさらずに。オルガ、後でお説教よ」
「えー、やだなのー」
直前に一瞬ふわっと甘い香りが漂ってきたが、若い女性が三人もいるのだから特に不思議には思わなかった。
その後の晩餐では、二日前に先触れがあったお陰で食材の仕入れに支障はなく、ヴォルコフ大公家の面々は大変に満足したようだった。侍女たちが毒見役を兼ねていたことに驚かされたのを除けば、終始和やかな雰囲気だったと言えるだろう。
大公と三人の姫は大浴場で温泉を堪能した後、それぞれの侍女と共に客間へと消えていった。
◆◇◆◇
「魅了、効かなかった」
「オルガ、やっぱり?」
「あんな男初めて」
二階の客間の一室では、大公家の姫三人が額を突き合わせて声を潜めていた。結界魔法で声は外には漏れないが、彼女たちにとってここは敵地と言える。どこに何が潜んでいるか分からない以上、用心するに越したことはないだろう。
父であるヴラディスラフからの密命は、竜殺したる優弥を色仕掛けで籠絡すること。つまり三人のうち誰でもいいから、彼に抱かれて既成事実を作って逃げ道をなくすことだった。
そして最終的には二人の婚約者、あるいは結婚後なら妻となるわけだが、彼女らを暗殺して正室の座を奪い取るのが目的だった。皇帝の虎の子とも言えた海軍を殲滅し、軍事工場を完膚なきまでに破壊し尽くした恐るべき力の持ち主たる竜殺し、ユウヤ・アルタミール・ハセミ。
その彼を手に入れれば、ヴォルコフ王国の復活どころかエスリシア大陸全土に覇を唱えることすら夢ではないのだ。
あの憎き皇帝は自分たちの美貌に眉一つ動かすことがなかった。大陸一の美女を自負する身として、これ以上の屈辱があるだろうか。さらに帝国城に張り巡らされた魔法結界により魅了すら使えず、彼女たちの皇帝に対する怒りは頂点に達していた。
しかし竜殺しさえこちら側に引き込めば、大帝国の立場がそのままヴォルコフ家のものになる。そしてレイブンクローが成し得なかった魔法国アルタミラの降伏を実現し、やがてはゼノアス大陸も統一して一大国家を築き上げるのだ。
これが父、ヴラディスラフの野望だった。
「オルガの魅了が効かないんじゃ、私たちに出来ることは少ないとしか言いようがありませんわね」
「それに婚約者の二人、悔しいけどあれだけの美人だと私たちが目立てないわ」
「鱗くれなかった。あの竜殺しは私がほしい。私に貢がせたい」
「でもどうして魅了が効かなかったのかしら」
「結界はなかったのよね?」
「なかった。だからもらったと思ったのに!」
「シッ! 大きな声は出さないの!」
「平気。ちゃんと結界魔法がかかってる」
「それでもよ! 何か変な気配を感じるの」
「お化け?」
「オルガ!」
「ラリーサ姉様の声も大きい」
「うっ……悪かったわよ」
「ん、分かればいい」
「とにかく魅了が効かないなら仕方ありませんわね」
「手荒な真似はしたくなかったけど」
「ん、婚約者殺す」
「婚約者二人が殺されて傷心のところを突けば、彼は私たちのものになりますわね」
「ダメ! 竜殺しは私の!」
「シッ! やっぱり何か変だわ」
「誰もいませんわよ。さ、そうと決まったら侍女たちに計画を伝えましよう」
その時微かにカーテンが揺らいだのだが、三人がそれに気づくことはなかった。




