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第十一話 庭付き風呂付き一戸建て

 グランダールに戻ってダニエルと合流したが、トーマスを見つけることは出来なかったそうだ。ただ、職業紹介所で手形の換金停止の手配は無事に済んだとのこと。しかし王国内の全ての公共機関に通達が回るまでには、すでに換金されているかどうかの確認も含めて数日かかるらしい。


 むろん、ソフィアを含めて鉱夫たちへの給金支払いは、手形が取り戻されない限り不可能というのは変わらなかった。


 それは分かっていたので仕方がない。

 問題は――


(まだ夕刻前なのに、まさかもう部屋が埋まってしまったとは……)


 運の悪いことに、その日のロレール亭は満室だった。優弥(ゆうや)は十日分の宿泊費を前払いしているので一室は確保出来ているが、このままでは連れ帰ったソフィアと同室になってしまう。


 女将のシモンは彼女がかつて家族と利用したことと、事情を考慮して今夜は食事しても追加料金は不要と言った。布団も一組用意してくれるそうだ。翌日には部屋が空くので、今日一日だけのことではあるのだが。


「私は構いませんよ」

「しかしなあ……」


「明日からも同じでいいです。同室なら食事代だけ追加でいいと言ってくれましたし、お返しするお金は少ない方が私も後々楽ですから」


 彼女はどうやら働けるようになったら、宿代その他を返すつもりでいるようだった。優弥もそれで気が済むならと敢えて否定はしなかったのである。


 ちなみに追加の食事代は銀貨二枚、日本円換算で二千円だから朝夕の二食なら妥当な額だ。しかもこの宿の食事は美味いので、むしろ安価とも言える。


「それにこの足ですから、同じ部屋に居てくれた方が色々と助かります」

「そこまで言うならそうするけど」


 彼女の左足は骨折しており、医者の見立てでは全治二カ月から三カ月とのことだった。ただ、やはりその間ずっと宿屋暮らしでは不経済である。


 さらに数日ならこの美少女と同室でも何とか理性は保てるだろうが、さすがに二、三カ月ともなると彼には自信がなかった。亡くなった妻と娘には申し訳ないが、男として正常である以上こればかりはどうしようもないのだ。


 早々に別々に休める間取りの借家を見つけるべきだろう。


 それにしても彼女の怪我が単純骨折だったのは不幸中の幸いだった。もっとも添え木で固定されているところから、この世界の医療技術はあまり進んでいないと言える。見た目も痛々しい。


「ま、なるべく早く家を借りようとは思ってるからさ」

「そんな! 私のために……?」


「いやいや、最初からそのつもりだったんだよ。ここの宿代は俺だけだったとしても、二食付きだと十日で小金貨五枚だからね」

「そんなに……」


「そういうわけで家を借りた方が得なんだ」

「分かりました。でしたらお返しするお金が少なくなりますので私も賛成です」


 宿にいれば食事は部屋まで運んでもらえるメリットがある。これは骨折で歩行が困難なソフィアには都合がいい。しかし王都でも郊外なら、いわゆる2DKで風呂付き物件の家賃が小金貨七枚前後からあるとのことだから、借家に住む方が圧倒的に安上がりなのである。


「その足だと不自由にはなるけど、治って働けるようになるまではちゃんと面倒見るから」


「私もなるべく家事とかをがんばりますね」

「ありがたいけど無理は禁物だよ」

「何もしないでいると太っちゃいますから」


 そんな風に冗談ぽく言った彼女はしかし、顔では笑っていてもその瞳には光が宿っていないように見えた。


「それじゃ夕食までの間、物件探しに行ってくるね」

「はい。行ってらっしゃい」


 本当は一緒にいた方がいいのだろうかと彼は悩んだが、一人になって泣く時間も必要ではないかと思ったのだ。実際、彼女は救出されてから今の今まで、誰かしらが傍についていた。


 最初こそ泣き叫んでいたものの、それ以降は泣いている姿を見ていない。周囲に気を遣うのは性格的なものだと思われる。だから会って間もない彼の突拍子もない申し出に応じたのも、心配をかけまいとする気持ちの表れだったのではないだろうか。


 あのまま誰の世話にもならないと言ったら周りは自殺するのではと勘ぐるし、そうでなくても収入がない少女が生きていく術は限られている。それなら結果的に彼が鬼畜野郎だったとしても、その庇護下に入る方が安心されるはずだ。


 しかも優弥は命の恩人である。身寄りのない少女が身を寄せる理由としては十分だろう。


「なあ、女将さん」

「どうしたんだい?」


「家を借りたいんだが、どこに行けばいいかな?」

「アンタ、アタシに商売敵を紹介しろってのかい?」

「あ、そうか、すまない」


「はっはっはっ! 冗談だよ。どんな家を借りたいのさ?」

「部屋は二つ以上で風呂付きがいい」

「ふーん、あの子と一緒に住むのかい?」


「怪我が治るまでだよ。放っておけないだろ?」

「それもそうだね。場所は?」


「王都か、グルール鉱山に近いと……あ、でも彼女の通院もあるからやっぱり王都かな。郊外でも構わない」

「ふーん、予算は?」


「安ければいいけど雨漏りやすきま風ビュウビュウってのは勘弁だね。出来れば家賃は毎月小金貨五枚。無理なら七枚か八枚までなら出せるよ」


「ここから歩いて二分。築五年の平屋建てで部屋は三つ。上下水道完備、風呂付き庭付きで家賃は小金貨八枚」

「は?」

「貸してやるって言ってんだよ」

「マジか……!?」


「最低でも金貨二枚は取れる物件さね。あのソフィアって子に免じてってことさ」

「もしかして彼女が出ていったら……」


「泣いて出ていくなら家賃は遡って金貨二枚! 泣かさず笑って出ていくなら据え置きでいいよ」


 その家は地方貴族に見初められたシモンの娘が住んでいたものだった。嫁いだ先が貴族なのでそうそう里帰りはしないらしい。それに誰かが住まないと建物が廃れていくので、破格の安さでも住人がいた方が都合がいいと言う。


 これは彼にとっても棚からぼた餅のような話だった。


「泣かさない! 泣かさないから是非!」

「汚したり壊したりするんじゃないよ。宿代は十日分もらっちまってるけど、すぐに移るなら差額は返してやる。どうする?」


「いや、出来るだけ彼女を安静にしておきたいからギリギリまで泊まらせてもらうよ。移るのは週末になるかな」


「そうかい、好きにしな。鍵は後で部屋に届けてやるからさ」

「ありがとう」


 後に彼は知ることになるのだが、ロレール亭は実は不動産業も営んでいたのである。


 いずれにしても最短で目的を達成することが出来てしまった。しかしすぐに部屋に戻ってもソフィアの一人の時間を奪うだけなので、ひとまず職業紹介所に行くことにする。グルール鉱山に採用されたのはいいが、詳細を聞いていなかったからだ。


(給料、いいといいな)


 そんなことを考えながら、軽い足取りで彼は紹介所へと向かうのだった。

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