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第九話 ローガンたちの行方

「俺はターナー男爵を訪ねてきたんだが」

「そうでしたか。もうお分かりだったんですね?」

「さすがです!」


「ん? 何がだ?」

「ターナー男爵当主はバリトン・ターナー、お探しの人物ということですよ。そして人骨廃棄事件の容疑者でもあります」


「何だと!? それじゃバリトン夫妻ってのは……」

「ターナー男爵と奥方のことです」


 これはマズいことになった。もし男爵が人骨廃棄事件の犯人だった場合、エビィリンが無事である確率など皆無に等しいではないか。彼は悠長に構えていたこの数日間が悔やまれてならなかった。


 最初からローガンたちに任せたりせず、自分が乗り込んできてさえいれば四人を危険に晒すこともなかったはずである。


「ジェラルドと言ったな」

「はい」


「ここにヴアラモ孤児院から引き取られたエビィリンという少女がいるはずだが」


「はて、当家の主人は多くの貧しい子供たちを引き取って育てておられる聖人君子のようなお方ですが、私ども使用人は彼らの名をいちいち覚えてはいないんです」

「そうか。では男爵が無理なら奥方に会わせてもらおう」


「申し訳ございません。バリトン閣下は大変に嫉妬深いお方ですので、奥方様がご自身のいないところで使用人以外の男性に会われるのを禁じておられるのです」

「なるほど、そうくるか」


 優弥がトニーとチェスターに目配せすると、二人は黙って頷いた。


「我らは王国騎士団所属の騎士である。これよりターナー男爵邸を人骨廃棄の疑いにより家宅捜索を行う」


「たとえ王国騎士団と言えども、国王陛下より爵位を(たまわ)った当家にあらぬ疑いをかけるなど許されませんよ。どうしてもと仰るなら証拠をお見せ下さい」

「後ろめたいことがないなら彼らを受け入れたらどうだ? それで何もなければ国王に訴えればいいじゃないか」


「鉱山ロード様とは言えやはり平民。貴族家が家宅捜索を受けることが恥となることなどお分かりにならないのでしょう」

「社交界で後ろ指を差されるってやつか?」


「ええ。その辺りの知識がおありでしたら、どうぞ今日のところはお帰り頂ければよろしいかと」


「出来んな。ならこういうのはどうだ? 俺は魔法国アルタミラの魔王ティベリア陛下より伯爵位を賜った貴族だ」

「は?」


「他国の貴族、それも伯爵家の当主がバリトン男爵家の王国騎士による家宅捜索見学を強く希望している」

「見学?」


「そうだ。何故なら俺は男爵の身の潔白を信じており、家宅捜索に立ち合ってそれを証明したいってところだ」

「き、詭弁です!」


「拒むなら拒んでも構わんぞ。モノトリスの国王に魔王陛下を通じて苦情を申し立てるだけだからな」

(もっともこれで拒んだら黒確定だから、力ずくで乗り込むけどな)


「そんな……そんなことをされたら当家は……」

「最低でも蟄居(ちっきょ)閉門(へいもん)でしょうね」


 この国の法律に疎い優弥に代わって、トニーが応えた。蟄居閉門について、まず閉門は門を開けられないように固定し、窓という窓を全て塞いで邸の出入りを禁止される。むろん使用人は追い出されて邸に入ることは許されない。


 次に蟄居だが、邸の一室から出ることを禁じられる。つまり邸内ですら自由に歩くことが出来ないというものだ。食事は家族が部屋に運び、トイレだけは例外として認められている。風呂には行けない。


「ということだから、社交界を気にする必要はなさそうだがどうする?」

「す、少しお待ち下さい。主人に伺って参ります」


「五分だ」

「はい?」

「五分で戻らなければ強制的に立ち入るから、早く行って聞いてこい」


 それを聞いた門兵がいきなり剣を抜いて襲いかかってきたが、チェスターが素早く受けて首を()ねた。


「王国騎士の前で理由なく剣を抜いた罰だ。我々に剣を向けるは陛下に剣を向けると同じ。この者の行いがターナー家の総意とあらば反逆罪で召し捕ることになるが?」


「ち、違います! その門兵の独断です!」

「ならば早く行け! 時間がないぞ!」

「ひっ、ひぃぃぃっ!」


 だが、五分が十分になってもジェラルドは戻ってこない。そこでこれ以上は待てないと三人が門の中に入った時だった。私兵と思われる十人以上の男たちを従え、家令がニヤついて現れたのである。


「どういうことだ!」

「どういうことも何も、こういうことですよ」


 すかさずトニーとチェスターが剣を抜く。それを待っていたかのように、私兵たちの間から四人の男が蹴り出された。


「ローガン!?」

「やはり、この者たちの仲間でしたか。彼らの命を救いたければ大人しく投降して下さい」


 私兵四人がうつ伏せに倒れたままのローガンたちの髪を引っ張り、顎を上げさせてそれぞれの首に剣を当てる。四人とも拷問されて全身血だらけの上に意識がなかったが、辛うじて生きてはいるようだ。それを見た優弥が小声でトニーに囁いた。


「なあトニー」

「はい」


「この状況なら奴らを殺しても?」

「我々王国騎士を脅したのですから明確な反逆罪です。問題ありません」


「なら二人とも、剣を戻して両手を挙げるフリしながら耳を塞げ」

「耳を、ですか?」


「早くしろ。でないと鼓膜が破れるぞ」

「「分かりました」」


「相談は終わりましたかな?」

「ああ、待たせた」


 二人は言われた通りに剣を鞘に戻して両手を挙げ、腕で耳を塞いだ。


「すみませんが騎士様は剣を捨てて頂けませ……」


 ジェラルドの言葉を遮ったのは、辺りに轟いた四度の爆音(ゆえ)だった。次の瞬間、ローガンたちの首に剣を当てていた私兵四人の額には穴が空いており、スローモーションのように膝から崩れ落ちていく。


 家令と他の私兵たちは耳を押さえてもがき、中には尻もちをついた者までいた。


(この至近距離だから頭が吹っ飛ぶかと思ったけど、きれいに穴だけ空けられたな)


 トニーとチェスターも驚いていたがすぐに正気を取り戻し、唖然として呆けていた私兵たちの首を容赦なく斬り落としていく。


 人数が人数だけに全員を縛り上げている時間はなかったし、どの道彼らは死罪を免れないのだから問題ないと考えたのだろう。それでも最後に残った二人だけは殺さずに、太腿だけ突いて自由を奪って拘束していた。


 なお、家令のジェラルドは優弥に胸ぐらを掴まれてガタガタと震えている。


「こっちは三人だし人質もいるからと安心してたんだろ。鉱山ロードを舐めるな!」


 彼はジェラルドを突き飛ばすと、男爵邸の扉をぶち壊して中へ入っていくのだった。

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