七話 第九王子との盟約
第九王子の存在なんて誰も認識していなかった。
王が老いてから出来た、側妃の子供だ。
美しくて儚い歌い手だった。
余興の一つで呼んだ楽団の歌姫が、王の手付きになったのだ。
良くある話だ。
意外性の欠片も無い。
老いの楽しみとして囲った側妃に王子が生まれた。
可哀想に。
何の後ろ盾も無く、守ってくれる母も産褥の苦しみで死んでしまった。
そう彼は。
何も無い王子だった。
誰からの関心も。
誰も彼を愛していない。
存在していないのと同じこと。
息が詰まるような、権謀術数の王宮で、彼は辛うじて息をしていた。
リオが王子に会ったのは彼が七歳の頃だった。
いつも本を読んでいるような。
いつも小鳥と歌うような、そんな王子だったと思う。
ーーけれど
無色透明な王子は。
無色透明が故に。
第一王子の目に留まるようになる。
第一王子という人は、何故か真っ当に育たなかった。
どこで履き違えたか分からないが、他者に慈悲ある人格者とは程遠く、リオは契約の対象として端から外していた。
そう。
次期王太子の地位は、リオに決定権があるのだ。
何故ならそれは、リオが次期筆頭魔導師と決定されているからだ。
オルコット王国に、ルビウスの瞳を受け継いだ魔導師は二人しかいない。
一人は王の宰相であるリオの実父。
そしてもう一人はルビウス家の長男であるリオ。
ルヒウスの瞳を持って生まれし者は、王族より余程価値がある。
圧倒的な魔力と魔法展開を有するのだから。
王国の盾であり矛である。
そんなリオは、次期王太子となる王子の選定を望まれていた。
決定時期すらリオが持っている訳だが、自分の生涯を掛ける王子だからな、慎重に選ばないと。
そんな日常の中で。
第一王子の余興だったのだろう。
第九王子に毒を盛った杯を勧めたのだ。
建国祭の最中。
賑わう王宮で。
兄弟の杯を交わそうと。
第一王子が第九王子に杯を渡した。
第一王子は馬鹿なのか?
それとも逃げ道を用意してあるのか?
アレが毒杯だと。
リオは知っていた。
親の無い、孤児を引き取ってはそういう遊びに興じている。
そんな噂がある王子だった。
とうとう第九王子にも手が伸びたんだな。
アレが毒杯だと、周りの者も知っている筈だ。
何故なら第一王子の遊びは有名だからな。
第一王子を誰も諫める事が出来ない。
王族だから。
見ていて気分の良いものではない。
人が自分の目の前で死ぬのだから。
第九王子か。
母親が妖精姫といわれていただけあって、儚くて脆そうだ。
ちょっと見たことがないくらいの美少年な訳だが、それが第一王子の鼻に付いたんだう。
要は羨ましいのだ。
人間なんて、言葉の表皮を剥いてみれば意外にシンプルな感情が蠢いているものだ。
羨ましい。羨ましい。
美麗な容姿が羨ましい。
有能さが羨ましい。
運動能力が羨ましい。
羨ましい。
羨ましい。
寵愛が羨ましい。
第九王子の取り柄など、あの容姿くらいな訳だが。
醜い容姿で生まれ付いた者には、喉から手が出る程、欲しい物らしい。
別に第一王子には第一王子の長所があるだろうに。
周りが彼の長所を寄って集って潰したのだろう。
有りがちだ。
有りがち過ぎて虫唾が走る。
だがしかしーー
リオは見て見ぬ振りを決め込んでいた。
面倒くさい。
第一王子に睨まれるのも。
第九王子に恩を売るのも。
それが本音だった。
けれどーー
第九王子の薄紫色の瞳と目が合った瞬間ーー
体内の魔力が暴発した。
放とうと意識した訳ではない。
魔法陣を組んだ訳でもない。
負の怒りのような感情が、無詠唱で暴発したのだ。
つまりアレだな。
力があるのに使わないリオへの神からの怒り。
力を授けたのに、使わない憤り。
シャンデリアの光が一瞬で消え、硝子が次々に割れた破片となって、その場に降り注いだ。
魔力が暴発した瞬間、第一王子と第九王子はリオを見た。
そうだ。
こんな事を出来るのはリオしかいない。
リオは結界の魔術を行使し、第九王子を背に庇い第一王子の前に跪く。
第九王子が持っていたワイングラスを受け取り、毒を無効化する解毒魔法を展開した。
そしてワインを一気に煽ったのだ。
「これはこれは、南部スコット地方の名産マルコーですね。新しいものだが、華やかで飲みやすい」
九歳児が何を言ってるんだという感じだが、毒と一緒にアルコールも抜いてあるので大丈夫だろう。
その間に、復元魔法でシャンデリアを元の形状に戻す。
再度光を灯す瞬間に、余興のように光の雨を降らせた。
場がドッと盛り上がる。
良い仕事するだろ?
「これはこれはルビウス家のリオ殿ではないか? 相変わらずの凄腕だな」
「ありがとうございます。建国祭への贈り物にございます」
リオは微笑みながら第一王子に答える。
「素晴らしい贈り物だ」
「恐れ入ります」
贈り物であるわけはないのだが、場を纏めるために、そういう事にしておく。
贈り物でシャンデリアを壊す馬鹿はいないだろ。
「ところでリオ殿」
「何でしょうか第一王子殿下」
「契約の王子を宣言してもらいたいのだが」
焦れた調子で王子が要望する。
別に今宣言する義務などないので、躱しても良いのだが、どうするかな?
リオは自分が飲み干した杯を第一王子殿下に差し出す。
そして真っ赤な液体を魔力で注いだ。
先程、抽出した神経毒だ。
飲めば廃人確定。
孤児を殺した罪がこれで賄えるとも思えないが、一応の弔いにはなるだろう。
「どうぞ。リオからの杯にございます」
身分的には臣下の杯を王子が取るなんてことはないのだが、まあリオは次期筆頭魔導師なのでありっちゃあありだ。
第一王子は口角を上げて、興奮している。
馬鹿な男。
古今東西、罪なき人間を殺した人間がルビウスの魔導師に認められる訳がない。
身分に胡坐を掻き、驕慢で心を満たした醜悪な人形。
お前を神が裁けとお命じになった。
恨んでくれるなよ?
一気に煽った王子はそのまま泡を吹いて倒れた。
「第一王子殿下は、自ら用意した杯によってお倒れになった。衛兵、医務室に運ぶように」
静まった広間に、リオの声だけが響いた。
この世で、リオに逆らう者はいないだろう。
誰もが恐れて近寄っては来ない。
「リオ・ソルジャー・ルビウスは第九王子と契約を取り交わす。儀式の用意を急げよ」
リオは高らかに宣言したのだった。