六話 悩める魔導師
婚姻初夜。
昨日まで補佐官。
今日は妻。
王子は豚にならずに、盟約の魔導師が女になった。
別にさ。
今更緊張とかする仲じゃないけどさ。
先触れが来て、そのあと王子がリオの自室にやって来て、二人でベッドに寝転んでいる所だ。
「おい、王子」
「なんだい、我が妃」
「俺に手を出すなよ」
「王子の義務は子を成すこと」
「今まで婚姻を避けていたくせに、随分と積極的だな」
「皆が期待しているんでね」
「はぁーーー……」
リオは溜息を付きながらゴロンゴロンと寝転がる。
あああーー……。
「いいじゃないかリオ。ここは潔く割り切ろう」
そう言って、リオの髪を一房取ると、そっと口づけする王子。
はああああーー……。
本気でなんなんだ、コレ。
リオは自分の髪を引っ張り王子の手からするりと取り返した。
「お前も遊んでんじゃねーよ。解決策を考えろよ」
「解決策ね。成るようにしか成らないと思うが」
「却下だ」
「お堅い」
「お前は軽い」
「どうしようもない事を悩むのは無駄だって、教えてくれたのはリオだろう?」
「どうしようもない事を悩むのは無駄だが、どうしようもある事を悩むのは意味がある」
「後ろ向きだ」
「前向きだと言ってくれ」
「しかし、王子である僕が今日から三夜通うのは決まり事。そして僕も健全な男児、美女を目の前に手を出さないとは誓えない」
「俺は魔導師だ。焼かれたくなければ手を出さない事だ」
「リオは僕を殺さないし殺せない。きっと無理矢理押し倒しても、僕を傷付ける事はない」
「凄い自信だな」
「それくらいの自信はあるさ」
実際リオがアシュリーを傷つけることはないだろう。
ただ、感情の高ぶりによる魔力暴発というものがある。
結構危険なんだぞ。
「アシュリーが女を無理矢理組み敷くとは思えないな」
「信頼してるんだね」
「それくらいはな」
「でも、残念。そんな紳士じゃないよ」
そう言って、アシュリーはリオの両手を取りベッドに縫い付けにした。
「今のリオは女だ。魅力には贖えない」
「……お前、昼間の誓約もそうだけど、よくそういう事、平気で出来るね。ある意味尊敬するわ」
「それほどでも」
「別に褒めてねー」
「いいじゃない、ちょっと試してみようよ。女の体でそういう行為初めてでしょ? 興味あるんじゃない?」
「……もちろん。初めてだな……色々と」
興味がないとは言い切れない。
しかし、リオは潔癖症だ。
男の頃から、おいそれとそういう行為はしない。
「運命に贖うよりは、受け入れた方がずっと楽しいって。そう教えてくれたのもリオだよ」
まあ、そうだな。
もう贖うのやめちゃう?
女の自分を受け入れる?
豚の世話をするのよりは良いのでは?
『豚の宰相』という汚名が、『王妃の宰相』に変わっただけ?
豚の宰相より幾分増しな気がするな……。
だがしかしーー
男の時に粋がっていただけに、女としてしおらしく生きるのは恥ずかしい。
拷問だな。
別に女でもしおらしく生きる必要はないのか?
魔力はそのままな訳だし。
今でも王国一の魔導師だし。
女として粋がって生きるか?
しかしだなー。
こいつの嫁っていうのがな。
魔導師リオは毎晩毎晩王子に抱かれてる。
と他人に思われるのがなー。
プライドが許さないというか。
あるだろそういう気持ち。
ただ。
既に誓約の時点で公衆の面前でキスしている。
恥ずかしがるのも今さら感が拭えないな。
「おい、そろそろ手を離せよ」
「もう少しこのままで」
こうしていると手を繋いでいるみたいだな。
しかも、男同士で。
いや。
絵的には男女か?
「どうせ、死ぬ時も生きる時も一緒なのだから。今更関係の一つに男女の婚姻が入ったところで問題無いのでは?」
「王子様は状況の受け入れが早いですねー」
「リオこそ遅すぎる。いつもはそんな強い拘りみせないじゃないか」
性別くらい拘るだろう。
そこをそんなにフランクにいかれてもな。
「お前、俺のこと全然有りなの?」
「それなりに。守備範囲は広いからね」
ふーん。
随分と言い切ったな。
怖いくらいアッサリと。
躊躇もなく言い切った。
リオはアメジスト色の透き通る瞳を見つめる。
硝子みたいなんだよな。
こいつの目って。
寂しそうだし、無機質だし。
十年前と変わらない。
あの時から、こいつはこんな感じだったかな。