86話
少し話しが有るかと思ったが随分とアッサリしたやり取りの後、「皆、ご苦労だった。ゆっくり休む様に。」と、サラ以外は人払いで下がる様に言われ、それぞれが「お疲れ」と言いながら別れた。本当にアッサリしている。家が近い者は家へ、遠い者や、面倒だと言う者は城の宿舎や王都の宿に泊まるようだ。
サラと、リリー先生、リチャードと妹と俺は城に部屋を用意して有ると案内された。
今日は休ませてもらう。
この部屋のバスルームも凄かった。侍女が説明をしようとしたが、前日に泊まった場所の名を言うと「失礼いたしました。ご入浴の間に、お夜食をご用意いたします。」と言って下がって行った。言葉通り、バスルームから出ると暖かい食事が用意されていた。食事をしながら考えた。呼ばれたのには訳があるはずだ。リチャードと俺。リチャードは偶然、巻き込まれたのかも知れない。だが、俺は違う。何としてでもアークランドに呼び寄せる必要が有ったのだろう。
考えても仕方ない。
食事を済ませて、歯を磨き、ベッドに横になるとすぐに眠ってしまった。
夜中に目覚めた。右手に残る、短剣を肩峰に突き刺した肉のズブッとした感触。人は死ぬ瞬間ほんの少し軽くなる。どう説明すれば良いのか分からないが、その一瞬を感じる。その感覚が俺を苦しめる。命を摘むとはそう言う事だ。今回は殺すしか無かった。だが、明日も心からそう思えるのかと問われたら、俺はどう答えるだろうか。
今夜は夜が長くなりそうだ。
息を止めている事に気付き深く息を吸って吐き出した。サラは俺の罪を知ったうえで、抱いて欲しいと言ってきた。何だか、どこに向かって動き出しているのか検討もつかないが、余りにも動きが早すぎる気がする。何か見落としている様で気味が悪い。確か、テーブルに赤ワインが置いて有ったはずだ。ベッドから出て窓の側のナイトテーブルへ近づく、その時、楽しそうな「キャッ」とか「イヤ」とか笑い声がドアの外から聞こえたので何事かとドアを開けるとサラが走って来ている。その後ろをイチコ妃殿下が追っかけていた。サラは俺に気付くと、そのまま俺を突き出して後ろに隠れた。何の意味が有るのかとイチコ妃殿下を見るといきなりサラごとムチでぐるぐる巻きにされて取手を巻の部分に差し込んだ。イチコ妃殿下はナイトガウンから大きな棒付きの渦巻きキャンディーを取り出し、袋から出すとサラの口に咥えさせた。
「コレは?一体…?」
「飴とムチ。サラのお土産!こんなん買うから拉致られんねん!」信じられへん。とクスクス笑いながら俺達を放置してそのままスタスタ歩いて行った。侍女が助けに来てくれた。
本当に仲が良いのは分かった。
サラは、俺の部屋で眠った。
翌朝、俺の部屋には二人分の朝食が用意された。食事を済ませて、身支度をしていると従者が「執務室へご案内いたします。」と、言ってきた。部屋へ案内されるとアルベルト殿下と高官が一名、リチャードも居た。「朝から呼び立ててすまない。」早速、本題だがと、報告書を見せてくれた。俺が殺めた侍女の報告書の一部だった。そこには、彼女の母親が犯人不明の殺人事件の被害者であり、その後、逃げる様にアークランドに来て、彼女自身も殺害され、彼女の父親が俺に殺せと命じた本人で有る事が書かれていた。実父だ。その男も、脱獄し懲りずにアークランドに密入国したのち拘束されて自国で処刑されたと書いてあった。「アシェル。君は罪を償った。あの時の君には命令を遂行する以外の道は無かった。今回、サラやリリーやアンを救うために戦ってくれたのと同じ様に、あの時、君はアンのために従うしか無かったんだ。ミリアは、もし君が手にかけていなくても、必ず誰かに殺害されていた。彼女に生き延びる術はなかった。彼女の墓に行ってみるかい?」と言われた。謝罪する許可をもらった。何年も経つがどの墓も綺麗に整備されていた。花束を添え心から謝罪した。犯した罪は消えない。だが、ここに来れた事で確実に何かが変わった。
「アークランで暮らしてみないか?」との話しにも理由が有った。金使いの荒いディラン。もうじき、横領と収賄、背任行為で告訴される。非営利団体の会計係の職に就いていたが片っ端から金に手をつけて使い切ってしまったようだ。本部の金、全てとその傘下の組織の金と全て、更に女性団体は解散させて上層部と山分けし、その金を家族ぐるみで随分と羽振りの良い生活をする為に使っていた様で、使い込み以外に夫婦で借金までつくっていた。夫婦揃って色素沈着も見られる様で薬物使用の疑いも出ている。横領がバレると自己破産し証拠隠滅を図って、今わかっているだけでも実質損害の三分の一しか認めていない。アイツは死ぬまで変わらないだろう。「今月か年内には公になるだろう。公になれば、ある程度の騒ぎになる。君とは一切関わり無いが、その様な男は何を言い出すかわからない。巻き込まれないために、こちらで暮らしてみる事も考えて欲しい。」との事だった。「アンの学舎も二人の住む家も、なんならお世話になっていたアンのご家族も一緒で構わない。この休みの間にゆっくり答えを出して欲しい。」との事だった。それで急いでいたのか。休みの間、こちらに来ていればアンの耳に入ることは無い。
「ご配慮、ありがとうございます。」と、礼を述べた。
「嫌、こちらこそサラの件に巻き込んでしまって申し訳無かった。」と言ってくれた。