4話
クソッ。ほとんど眠れなかった。明け方に、やっと睡魔に襲われた。
重みを感じ目が覚めた。
今度はユイの上半身が少し乗っている。
昨日は髪を触ったら消えてしまった。
だから微動だにせず、この甘い拷問を受け入れている。
ユイが目覚めるまではベッドにいよう。
柔らかい胸が少し当たっているのはご褒美だ。
ユイはきっとすぐにでも、元の世界に戻りたいだろう。
だが、何故か手放したく無い。
そんな事を考えているとユイが俺の胸の上で小さく指を動かしている。
あぁ多分、自分の鼻を掻きたいのだろう。漆黒の美しい髪の毛が顔にかかっている。笑いは堪えても胸が動く
「んっ」っと言いながら徐々に目を覚ましてきた。
大丈夫、消えなさそうだ。
「おはよう」と声をかけながらユイの髪を耳にかけてやる。
え?シーツを掴み目を開けると
ウィルの笑顔があった。
しかも掴んでいるのはシーツでは無くてウィルのぼたんが付いた服だった。抱き枕代わりにしてしまってる。
いつも抱き枕を使って寝ているせいで、とんでも無い寝相になってる。
自分でも顔が赤くなるのが分かるほど熱くなって
とりあえず、そーーーと完全に離れて「おはようございます」と言ったら胸から離した手を掴まれてククッと笑いながら「おはよう」と言われた。
「どこか触れていないとやはり言葉は通じないようだな。
今のは結の国の言葉でおはようって言ってくれたんだろ?」って言われた。そっか、そーだった。案外、目が覚めたら戻れてたりするかなって勝手に思ったりしたけど戻って無かった。「先にバスルームを使うと良い。俺はまだ使えないから。」と言われた。ん?お言葉に甘えて、そそくさとバスルームに逃げた。
歯磨きやその他を済ませてさっさと出るとウィルはすでに着替えを済ませていた。
入れ替わりでバスルームに行って出てきたウィルが
当たり前のように抱きあげて、昨夜と同じく
そのままキッチンまで運んでくれた。
「そのままでは、とにかく不便なので、今日は街で結の服と靴を買ってくる。待っていて欲しい。」と、言ってくれた。「どうお返しすれば良いのか。何かお手伝いできる事があれば、言っていただけませんか?」と聞くとウィルは優しく微笑みながら「気にするな。」と言ってくれた。昨日と同じ鬼ほど美味しいチーズとパン、目玉焼きとベーコンを焼いてくれた。林檎ジュースも出してくれた。私の手を取り「食事の前と後に手を合わせて何を言ってるんだ?」と聞かれたので、食事は他の生き物の命をいただく行為なので、それと、食事として頂くまでに多くの人達の手がかかっているので「いただきます。」と感謝を口にしてから食べる習慣があります。食後は、同じ理由からご馳走を大変ありがたくいただきました。と言う意味で「ご馳走様でした。」と言っていると答えると。「なるほど。」と言ってウィルも「いただきます。」と言ってから食事をしてくれた。食後、二人でご馳走様でした。をした後、これまた昨日と同じウィルが洗い私がゆすぐ流れ作業で片付けた。
その後、「相棒を紹介する。」と、馬小屋に抱きかかえて連れていってくれた。
私の顔の高さ位の柵に座り柱を握る。
馬をこんなに間近で見たのは生まれて初めてで想像以上に大きくて美しかった。
栗毛で全ての足先が靴下を履いているように白い毛で
額にも白い毛が三日月のようにあって
なんと言うか、とにかく美しい馬で、
優しそうな漆黒の瞳がキラキラ輝いている。
ウィルがブラッシングをしていると馬が鼻の先を伸ばし首をグーと上げた。気持ちよさそう。
「ここは、いつも嫌がる。」とお腹の下をブラッシングすると首を左右に振り立髪が揺れる。その姿は何とも気高く美しかった。「優美です。とても。」とウィルの腕に触れ伝えた。
ラガーって名前の牡馬で馬の体温ってこんなに高いと初めて知った。ウィルに抱きかかえられながら少し触らせてもらったら毛がザワザワってブルってなって「わぁー」って思わず小声が出るくらい感動してしまった。ウィルもラガーも楽しそうだ。「とても優しくて美しい瞳ですね。宝石のジェットみたいです。」とラガーに話しかけた。ウィルは「どんな宝石かは知らないが、そこまで褒めてもらうのは初めてだ。」と、嬉しそうに笑っていた。ウィルは、とても手際良くラガーのお世話をしている。
一通り終わると、また私を抱き上げて家のベッドルームに運んでくれた。軽くシャワーをして着替えると、私の手に触れながら「では行ってくる。昼には戻る。」と笑顔で言って颯爽と出かけて行った。
勝手に人様の家をゴソゴソするのは良くないと思いつつ、とりあえず足の裏が汚れたら洗えば良いだけなので
キッチンに移動した。カゴに玉ねぎ人参じゃがいも。別のカゴには玉子が山盛り。
氷の入った冷蔵庫の様な木の箱にはベーコンやソーセージ、肉と大きな瓶に入ったミルクともう一つの大きな瓶は昨晩と今朝に出してくれた林檎ジュースが入っていた。
なるほど、だったらドイツの田舎料理ホッペルポッペル風にして上にトマトソースをかけよう。
トマトは確か外に実っている。
玄関を出ると扉の横の籠に大小の瓶が綺麗に洗って入っていた。
家の前の小さな畑にはさくらんぼの木が二本とナスやきゅうり、トマトが実っていた。栽培するくらいなのでウィルはトマトが好きなんだと思う。トマトを五個収穫し、小さな白い花とピンクの野花を摘み、玄関の籠の丸みのある可愛い小さな瓶を手に取りキッチンへ戻った。テーブルを拭き小瓶に水入れ花を挿し真ん中に置いた。炭でバーベキューは経験した事が有るけど薪で料理は初めて。とにかく、やってみよう。
じゃがいもは角切りにして玉ねぎは大きめのみじん切りにする。ソーセージも2本ほど使わせてもらおう。ソーセージは斜め輪切り。フライパンでバターを熱し、じゃがいもがこんがりするまで、あまり動かさないで焼く。じゃがいもに火が通ったら崩れないように一旦お皿に取り出す。同じフライパンにオリーブオイルをたして、玉ねぎとソーセージを炒めて塩とブラックペッパーを少々。火が通ったら先程のじゃがいもを戻し入れ、玉子三個をときほぐし弱火から中火になるようにフライパンの火からの距離を調整しながら焼く。裏返して両面焼いたら出来上がり、テーブルに置いて虫が来ないように綺麗な布巾で蓋をする。
湯むきしたトマトを潰しながら水分がかなり無くなるまで煮詰めて塩とブラックペッパーとオリーブ油で味付け。
ウィルが帰ってきたら卵料理とケチャップ代わりの煮詰めたトマトを弱火で温め直そう。
後、ベーコンと玉ねぎと人参のスープ。うん。
これで美味しいパンと鬼ほど美味しいチーズで、ランチにしよう。西洋人参は、あまり好きでは無い。何と言うか、あの独特の香りが苦手。でも細く切った人参だけのかき揚げは、自分で作るぐらい好き。あと、お正月の前から店頭に並ぶ味の濃い東洋人参で作る肉じゃがや筑前煮も好き。
もともと料理はそれほど得意ではない。
そしてこの家は絶望的に調味料が少な過ぎて、どうしようもない。
床の掃除とバスルームも洗った。もちろん足の裏も。
もともと、とても綺麗に住んでる感じだったけど
拭けばホコリが、ソコソコあった。それでも家全体は、とにかく綺麗だと思う。そう言えば時計が無い。「昼には戻る」ってやっぱり目安は太陽なんだろう。この世界でも太陽がある。と言う事は当然、星もあるはず。月もあれば良いなぁ。晴れた夜なら見れるかも知れない。今夜とか。
窓からの風が気持ち良い。ベッドに座ったまま揺れる木を眺めていた。なんだかとっても心地ち良い。小鳥も鳴いている。こんな訳のわからない状況なのに眠くなってきた。
のどかだ。