30話
城に着いてすぐレクサスから一子の家族と私の兄弟が来たこと、レクサスを迎えに行った時の怒号のやりとり、馬車での会話を日記の様な形でも良いので書き記しておいて欲しいと言われた。
レクサスは、一語一句、ほぼ正確に修一さんの言葉を私に書ける様に復唱してくれた。関西弁では無かったが。その分かなり厳しい言葉だった。
書き出すと知らない筈の此方の世界の文字で書いている。
何とも変な感覚だ。
馬車での身内の会話。アレは標準語には出来そうに無い。
読む人に、この記述がどの様な言葉に変換されるのかはわからない。ありのまま書いておこう。
今日も取り調べの明細をレクサスのお陰で何とか書き終えた。
そろそろ寝ようかと二人でベッドに行こうとしたその時、かなり激しく雷が鳴りだした。
部屋の外が慌ただしい。
一子の家族と弟の光が消えたと次々に報告が入ってきた。
「波留ちゃん…俺ら仲良く居残り君や。」
真守さんだけが残っていた。
笑ってしまった。
一子が消えた時とは明らかに違う。四人が来た事を皆んなが覚えている。そして三人が消えた事を認識している。
もし街の人達も覚えていたら、その話しで持ちきりになるだろう。
そうなると、たぶん隣国の実行犯も覚えているだろう。
アル達はこの騒動をどう治める気なのか。
心にフタをしていた。
一子だけが移動した時、泣きそうなくらい嫌だった気持ちに。心細くて。
修一さんや真守さん。一子のお父さんまで、来てくれた。
口では「顎で使われてる」と、冗談を言ってたけど、皆んなが来てくれた時、本当は泣きたいくらい心が叫び出しそうだった。一子らしい。辛い時、悲しみが半分に。幸せな時、喜びが倍に。二度と一子と言葉を交わせなくても一子の心を感じる。心友だ。もちろん光が来てくれたのは嬉しい。でも、それとは違う別の「全力で一緒にいてるよ。」みたいな、一子の想いを受け取った。
一子。一子はやっぱりアルベルトともう一度、逢うべきだ。きっと長い夜を独りで過ごしてる。
私達が何でこんな状況に放り込まれたのかは知らない。意味なんか、きっと何も無いかもしれない。それでも意味が有ったんだと思えるように生きたい。
「ジタバタしてもしゃーないやろ。寝さしてもらうで。」
背中をポリポリ掻きながら真守さんは部屋へ戻って行こうとした。
この世界の人達は大切な親友の一子の事は皆んな直ぐに忘れた癖に。この世界は一子の存在を根こそぎ消した癖に。「何で、何で。何、慌ててんの、、、」悔しくて泣き出してしまった。
真守さんが引き返して来てくれて胸を貸してくれた。
どうやっても涙を止める事が出来なかった。「一子のこと、すぐ忘れた癖に。」悔しくて、とっても悔しくて泣いた。
「波留ちゃん。戻りたいか?」ハッとして顔を上げると真守さんが優しい顔で微笑んでくれていた。戻れるんですか?「多分やけどな。」ポケットから何かキラキラ光るネックレスを出して私の腕にグルグルと雑に巻いた。
「おまじないや。」レクサスと目が合ったその瞬間、凄まじい光と地震の様な地響きバリバリバリと大きな落雷が起きた。レクサスが厳しい表情で駆け寄り私の腕を掴んだ。一瞬で自分のマンションの部屋に戻っていた。レクサスと共に。
外は凄い雷が鳴っている。レクサスの腕の中で呆然としてしまった。
「俺以外の男の胸で泣くな。」返事をする間も無く乱暴にキスをされた。「波留のマンションだな。」と言うと靴を脱ぎ二人の靴を玄関へ放り投げ、真守さんが巻いてくれた手首のネックレスをはずされた。「俺以外の男から受け取った物を身に付けたりしないでくれ。」初めて荒々しく感じた。いつも抱かれている時は大きくて暖かくて優しい気持ちを感じるのに今日は全く違った。
待って、実家と一子に電話をしたい。と言っても
「こっちが優先だ。」と離してくれなかった。
この時、先に一子に連絡しなかった事を翌朝、死ぬほど後悔する事になる。
俺の帰る手段、無くしてもーたかも知れんな。
しゃーない。
周りの奴らは目が点になってるし。
寝よ。
サッサと自分のあてがってもらってる部屋に戻った。
黒髪の方達が現れ来た時と同様に突如消えたと
城内では侍従や侍女が騒ついている。
ハルさんの泣いている姿を初めて目にした。
きっと私が思っている以上にずっと気を張って頑張っていてこの世界では無い同じ世界の人の胸だからこそ、あそこまで無防備に泣いてしまったんだと思う。
黒髪の男性は優しく微笑みハルさんの手首に素敵な装飾品を手早く巻き付けた。刹那。こんなに、こんなにもハルさんは儚く見えて、黒髪の男性は騎士の様に見えた。
その姿を目の当たりにしたレクサス様は厳しい表情で駆け寄り、そして今まさに落雷が起き、続けてレクサス様とハルさんが消えてしまわれた。残る黒髪の男性はスタスタとお部屋にお戻りになられた。傷ついているようには見えない。でも、見えないだけかも知れない。
ヨハンや他の騎士達はアルベルト様と別室へ向かわれた。
今日は遅番で明け方まで、このお城に居るので、そのまま侍女の控室に戻り休む様に指示された。
黒髪の男性は寂しい思いをしておられるのでは。
一人取り残されて。
その思いが頭から離れない。
何か御用が無いか、声をかけてから下がろう。
温かいジンジャーティーをお持ちしよう。夜は冷える。
ドアをノックする。何か一言、聞こえる。多分、入っても良さそう。
「失礼します。」カチャリとドアを開けるとランプの小さい光の中、上半身は裸で寝具のズボンのみを身につけて少し開けた窓際で口から白い煙を吐きながら葡萄酒の瓶を手に立っていた。目を奪われてしまった。
あぁ私は、来るべきでは無かった。