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15話

スタッフと呼ばれる、凄い数の男と女が溢れかえっていた。

見知らぬ女に、服を脱がされそうになった。

ふざけるな。人前で脱ぐのか?と、周りを見ると、細く長身な女達も肌を露わにして、平気で自ら脱いで、着替えては、何処かに消えていく。

イチコは一体、何の仕事をしてるんだ?

他の隊員達も、既に着替え終わっている。

引き受けたからには、脱ぐしかない。

着替えるのが遅かったので、「痛むのでしょう?それ以上は着替えなくて良いそうよ。」とユリアが訳して教えてくれた。

そうでは無いのだが、どうやら話しすら、聞いて貰え無いようだ。

イチコに髪を切られ、顔に何かを塗られ、とびっきりの笑顔で何か言われた。

ユリアが「『上出来』と言ったのよ。」と教えてくれた。

大きな音楽が鳴り響き、黄色と白の、光の中を

「無表情で、あの端まで歩いて、止まらずに戻って来て。」と、ユリアが訳して、指示の内容を教えてくれた。

それぞれの、歩く人間の「時間」を調整しているのだそうだ。

理解した。

緻密(ちみつ)に、順番を決めているようだ。

レクサスは、腕のギブスで着替えに時間がかかり、俺は先程の着替えが遅かったので、使えないと判定を受けたようで、一度だけ歩く事に決まった。

違うと伝えたいが、誰もそんな事は気にかけてくれない。

必要無いのだ。

要求された事をその時に出来なければ、チャンスは二度と与えては貰えない。

俺と隊員達の、大きな違いを思い知らされた。

覚悟が違うのだ。

勿論、命を賭ける場面は何度か有ったし、その時は腹を決めて行動してきた。

だが、隊員達は、これまでの人生で「二度目は無い。」事を

俺よりも多く経験してきて、知っていたのだ。

だからこそ、躊躇なく人前でも服を脱ぎ、求められた事を確実にこなす。

俺、直属の精鋭部隊。今迄そう思っていた。

それは俺の思い上がりだった。彼等は「国」の精鋭部隊だ。

今の俺に、それに見合うだけの価値は、あるのだろうか。

イチコに思い知らされた気がする。




誰一人武器を持っていないが、討伐時と変わらないと思った。それ程までに、この場所は張り詰めていた。

そして、それは始まった。

でかい音。見た事が無いほどの大衆と歓声。

無表情を貫いて歩くこと。

他の隊員もやり切った。

身体に響くほどの歓声と拍手。

落雷の様な大きな音に、キラキラした物が宙を舞う。

凄い光景だ。

どうやら成功したようだ。



イチコは、他の男と、幸せそうに笑っていた。

イチコ….君は、そんな顔で笑うのか。

男がイチコの肩に手を置いた。

やめてくれ。気安く触れさせるな。






本来ならこの後、打ち上げをするところやけど、今回ばかりはこの後、どんどん天気が悪くなり、三時間後には、電車も止まると各社が既にホームページで案内を出していたので、打ち上げは後日に仕切り直す事にした。

百合さんと雪さんのお言葉に甘えて、今日は、このまま波留の実家で、身内だけのお疲れ様をする事に。

他のスタッフ達が口を揃えて「後は自分達に任せて男達を送って行ってくれ」と、「搬出は、前から決まっている通り、明日の午後からですし。皆んなも(あと)、十分後ぐらいには出ます。電車、途中で止まると不味いので。」と、言うので、それもそうだと、波留と一緒に出る事にした。

波留にも、波留の家族にも、何より今回お世話になった、頼もしい男性達とも、このまま別れたくなかった。

タクシー三台と波留の弟、(ヒカル)くんの車に分かれて波留の実家へ移動した。

百合さんの、ちらし寿司と筑前煮と、生姜醤油の唐揚げと、波留がどーしても「気分的にピザ」と言うので、デリバリーを頼む事にした。帰りにケンタで、チキンとポテトをテイクアウトして、後はトマトにサラダ。色々なお酒で打ち上げ。

彼等はトマトが大好きなんだそうだ。

後、キンキンに冷えたビール。

楽しかった。こんな気持ちになったのは、いつぶりだろう。

皆んな面白い人達であの時、私が勘違いしていた事を教えてくれた。酔っ払っては、いなかったらしい。

「酷いよ。」と逆に笑われてしまった。

「確かに酷いよね。」と一緒にお腹を抱えて笑った。

ひとしきり笑いが収まって、ヴォルフガングが

「初めて会った日、一子(いちこ)は俺達に何で『生きてますか?』と、言って走り回ってたんだ?」と聞いてきた。

「波留が 『息が有るかを最初に確認してから、意識確認して』って、言ったからやけど?」と答えたら、

「死んでいたら返事は無理だ。」とか、

「息をしてたら、生きてるだろう。」とか、

「そこは大丈夫ですか?とかじゃないのか?」とか、散々言われ笑われた。

百合さんも通訳しながら、途中で何度も笑っていた。

納得でけへん。

それでも「『生きてますか?』と言われて『生きている』と実感した。」と口々に言ってくれた。

放射能を怖がって、レントゲンを撮らせなかった男、アルベルト。彼らのリーダーだそうだ。

結局、あの後、レクサスが話して、レントゲンを撮ったらしい。普通に聞いてしまった。

「じゃぁ何で、骨折するほどの怪我をして、あそこで寝ていたんですか?」

空気が変わってしまった。

百合さんが、静かに頷いて少しずつ話してくれた。

一生懸命、波留と一緒に頷いて、頑張って聞いてたのに、内容は全く覚えていない。

ちなみに波留も、全く覚えていなかった。

「何やった?」

「何やったっけ?」うーーん。

多分、おとぎ話しだった気がする。

覚えているのは百合さんが

「信じられないでしょ?」と言い、私の手を優しく取り

アルの手に合わせ「何が話してみて。」と言ってきたこと。

何かって言われても。とりあえず今、一番伝えたい言葉。

「今日はありがとうございました。本当に助かりました。」と話した。

アルは優しい顔で「こちらこそ、ありがとう。」と言ってくれた。

「いつの間に日本語を勉強したの?」

「言葉、覚えるの早すぎ。魔法みたい。」

「すっごーい。」テンションが爆上がりで、波留と一緒に、全員に握手しに行って、バカみたいに「今晩は。」とか

「ありがとう」とか、キャッキャはしゃいでしまった。

お酒でバカになったタダの酔っ払い女二人組だった。

音楽をかけて踊ったり、ウォーキングで注意された時の、モノマネして大笑いしたり、この歌めっちゃ好きーとか言って、波留と二人で、歌ったりもした気がする。

先に波留と一緒にお風呂に入るように促され、浴室でシャンプーを出そうとして、力の加減が分からず、ガッコーンと、こかしてはゲラゲラ笑い、波留も「もおー何やってんのぉー?」と言いながらベロンベロンで、シャワーを落とすから、シャワーヘッドがバシャバシャと動いて「生きてるわ。」とかテッパンをかましてきて、笑いが止まらなかった。

「お風呂に入るのが、難しすぎる。」とか

「永遠に、お風呂から、上がれる気がしない。」とか言って

大笑いして

「お腹が千切れそう。」

「ちょ、一旦落ち着こう。」

「うん。落ち着こう。」と笑いながらも、髪と体を何とか洗って、お風呂から出てこれた。

皆んなに「お風呂、お先でしたー。」って言って

多分、自分の足で波留と一緒に、

昔、波留が使っていた部屋に行ったと思う。

そうであってほしい。

部屋にどうやって行ったか覚えていない。

でも、朝になったら、波留の部屋で、ちゃんと寝てた。

波留も記憶が飛んでいて、私より覚えていない。

うっすらと、誰かに「お風呂にも、ちゃんと入ったから、ここで良いです。ここで寝まーす。」とか言った様な気がしないでも無い。

それが脱衣所か、廊下か、食事した部屋かは、覚えていない。波留が横で「本当にちゃんと洗いましたよー。洗った所、見ますー?」

「セクハラーー」

「皆様にお見せ出来ないのが残念でーーーす」

「重い?重いですか?」

「足、ニ本も付いてるのにねぇー。」

「お水、飲ませてください。優しくしてくださーーーい。」

とか言って、波留とゲラゲラ笑ってた様な気がする。

最悪。

思い出したい。

だけど怖くて思い出したく無い。

誰かに、抱きかかえられて、運ばれた気がするし

誰かの腕の中で、お水を飲ませてもらったよーな気もする。

朝、目が覚めて波留に聞いても、波留は「大丈夫。私らは、命の恩人。気にする必要は無い。忘れよー。」って言って、また寝てしまった。

少なくとも、私は彼らの命を救ってない。

手当てをしたのは、波留と波留の家族だ。

穴が有ったら入りたい。

太陽の光が痛い。

スズメの声さえ、頭が痛い。

何か、頭 割れそう。

二日酔いだ。ノロノロと起きて歯を磨く。

口をゆすいで、顔を洗いタオルで顔を拭き、鏡を見ると

アルが後ろに立っていた。

「おはよう」と日本語で言って、(くち)にチュッって、キスしてきた。

は?

イヤイヤイヤイヤおかしいやろ。

コイツーーーーー。

キスだけして、ふふーんって、ご機嫌さんに、どっかに去って行った。

何しに来たん?

最悪。

帰ろっ。

次、顔を見たらキレそう。

波留に「搬出、有るから行くねー。ありがとー。」と、

改めてお礼を言って、一旦 着替えにマンションに帰った。

取り敢えず、さっきのキスは忘れよう。

それよりも、何か大切な事を忘れてる気がする。

何だったかな?

メールをチェックする。スタッフから「昨日のステージの搬出は、予定通り今日の十三時から始めます」。と、ステージに立ってくれた十二名の勇敢な男達のステージ料の支払いと、今回限定のコラボ時計を記念に是非渡したいと主催者側から言われているとの、内容だった。

二日酔いで死にそうだけど、頑張れ私。

とりあえずコンビニでキャベジンとペプシを買って飲んだ。

一時間ほどで搬出も終わり、荷物を置きに皆んなで店に戻った。

昨日、出来なかった打ち上げをしようとなり、そのまま仲間と居酒屋へ行った。流石に辛い。ビールを見るだけで吐きそう。

側からでも、わかるほど体調不良だった様で、暫くしてから先に上がらせてもらった。

月が綺麗で、まだ五時で明るいので、駅から歩いて帰っていた。

波留から、電話がかかってきた。

「搬出、終わった?」

「終わったよー。」とか

「昨日はありがとうねー。」

「こちらこそー。」とか、

「お互い二日酔いがエグかったよねー。」とか。

「昨夜お風呂上がりに、廊下で寝ると二人で愚図(ぐず)っていたみたいで、オルガとヴォルフガングに、それぞれお姫様抱っこで、部屋に運んでもらった、みたいだよー。」とか、

私はアルに、ヨイショって抱き起こしてもらって、お水を飲ませてもらったとか……。

ひぇー。それでキスしてきたのかも。最悪。

「めっちゃ迷惑かけたから謝りたい。」って言ったら、波留は「旅の恥はかき捨てって言うし、気にしなくて大丈夫。皆んなも楽しんでたしぃ。」と言われた。

「嫌、旅人はウチらちゃうし。」

「あははは。ホンマやー。」とか、あとは主催者から波留達のお車代と、通訳して貰った分の費用と彼等のステージ料とコラボ時計のプレゼントも、したい旨の話しもして、

「伝えとくねー。今どこらへん?」

「今、あの河川敷を歩いて帰ってるよ。まだ、明るくて月が綺麗だよ。」とか話しながら歩いてた。




誰かが、後ろをついて来る。近くない?何か嫌な感じがする。

気がつけば、余り人通りが無い。

少し早足で家路を急ぐ。気のせいなんかじゃ無い。後ろの男も早足になった。

スマホから波留が「どうしたん?一子(いちこ)?」と聞いてくれている。

「わからへん…ちょっと待って。」と言ってスマホを握る。

気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

走った方がいいのか、怖くなって鼓動が早くなる。

そんな時に、前から人が歩いて来るのがわかった。

身に覚えのある雰囲気。アルだ。

思わず走って「アル!」と呼びながら、駆け出してしまった。

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