1話
雨上がりの帰宅途中、清々しい青空を見上げたその瞬間、遠くで雷の音がした。アスファルトから雨の香りがする。
せっかく止んだのに。
また、降るの?少し帰路を急ぐ。
え?
突然、見たことのない街並みが目の前にうっすらと現れた。
流れるようなその数秒、思わず足を止めてしまった。
知らない街並み。栗毛の馬に騎乗して誰かが、こちらにゆったりと向かってくる。
鼓動が脳内でドクッドクッと暴れている。蒸せるような突風が一瞬、体を圧す。
雷鳴にハッとして、後ろの空を見上げた。
視線を前に戻すと先程の街並みは消えていた。
怖ッ。とにかく、早く帰ろう。
マンションまでは後三〜四分ほどで着く。
ほんの少し足下がふらついて、とりあえずマンションに
帰ってきた。
玄関の鍵を開けて中に入ると、すかさず鍵とドアガードをかけ、間違えなく閉まっているか、ガチャガチャとドアノブを確認した。肩にかけている鞄を下ろしてマスクを外し、ハンドソープで手を洗った。水道水は、暑さのせいでお湯になっていた。冷蔵庫で冷やしておいたポット浄水器からグラスに水をそそぎ冷えた水を飲む。雫が喉を伝ってシャツの中へ入った。スーツのスカートが、じっとりと張り付いて気持ち悪い。服を脱ぎTシャツに着替えて下は下着だけでベットにゴロンと寝そべった。髪を束ねていたゴムを外す。
シャワーを浴びるべきだけど、頭に心臓が有るみたいにドクドクして、痛くて動けない。
まるでマンションに帰るのを待っていたかのように
外で雨がザーザーと降り出した。
激しい雨と雷。
このマンションの窓はとても厚く、閉め切ってしまえば外の音はほとんど聞こえない。
それでも、こんな大雨の日は雨音と共に外で車が通る音も聞こえる。雨のせいで道路が鳴っている。
まだ、5月の初めだというのに
頭が暑い。エアコンを二十五度の「しずか」で点け、TVの音量は10にした。外の雨音とちょうど良いぐらいに微かにしか聞こえない音量。安心してうたた寝できる。ちょうどいい。そう。ちょうどいい感じ。少し眠ろう。
敷地周辺を馬の散歩を兼ねて見回りをしていた。修復が必要な柵を確認し終え、急に降り出した雨の中を家へと戻った。
まずはラガーだ。濡れたままで愛馬が体調を崩しでもすれば可哀想だ。
丁寧に雨に濡れた輝く馬体を拭いてやり毛並みの手入れをしていると、漆黒の大きな瞳が満足げに見つめているのがわかる。馬体から薄く白い湯気が上がる。
鼻先で甘えるように、此方の体を押してくる。
新しい干草と新鮮な水と餌を入れラガーが美味しそうに食事をしているのを見つめる。
「俺も着替えるとしよう。」ぽんと馬体に手をあて
足速に家へと戻った。
王都周辺のこの地区までは温泉を引いているので蛇口を捻ると温かい源泉が出る。
そのままで熱すぎる時は水で温度を調整しているが基本は、かけ流しだ。外は雷雨だ。シャワーで身綺麗にした後、少し横になろうとキングサイズのベッドへ向かった。ベッドカバーと毛布を一緒に掴みザッと捲ると長い黒髪の女が横向きに丸くなって眠っていた。捲るまでは人が寝ているような盛り上がりは無かった。凝視したまま固まってしまった。ほぼ半裸の女。なんとも破廉恥なその姿とは反対に子供のように、無防備にスヤスヤと眠っている。
俺のベッドで。
落ち着け。
一体いつの間に入り込んだんだ?
何故、寝ている?
急な雨でこの家を見つけて入って来たのか?
無いな。こんな姿で外を歩く奴はいない。
俺は捲った手もそのままに
今、目の前で眠っている黒髪の女を
そう、見知らぬ女をただ目つめている。
なぜなら、これは俺のベッドだからだ。
で?どうする?
「うーん」少し寒い。でも眠い。瞼を閉じたまま
手探りで上掛けを引っ張り自分の体にかける。
気持ち良い。
洗濯して部屋干しをしないといけないのに
眠くて眠くて仕方ない。
どうにも瞼が開きそうにない。
雨の音と雷の音もしているので、やはり洗濯は明日の日曜日にしよう。とにかく起きれそうには無い。スーっと息をした後、また深い眠りについた。
女が動いた。まるで自分の物のように手慣れた感じで毛布を引ったくり体を覆うと満足そうに大きく息をし眠っている。
俺のベッドで。
とにかく、雨に濡れたせいで疲れている。
急に考えることが馬鹿らしくなって空いているベッドの反対側にグルリと回りゆっくりと「俺のベッド」に入り寝ることにした。
どう見ても無害そうな女の横で。
女が目覚めてから聞けば良い。
なぜ、半裸の状態で此処にいるのか。
どれくらい眠ったのか、しばらくして目が覚めた。
外は寝入った時より更に酷くザーザーとバケツをひっくり返したように雨が降っている。外が白く光ると同時にバリバリと体に響くほどの音がした。落雷か。
何か乗っている。あぁ女か。思い出した。
あまりに気持ち良さそうに無防備で寝ているので
寝かせたままにしていたのだ。
その結果、横向きで女の手が俺の腹に乗っている。少し肌寒く暖をとっているのか体を寄せている。俺の体の上で少し手が動く。
フッと笑って顔にかかった漆黒の髪をそっと耳にかけてやった。その瞬間、するすると指先から黒髪がこぼれ落ち
フワッと女が薄くなったと思った瞬間に消えた。
は?