1話
01
「はぁ……はぁ……」
追っ手に見つからないように迷宮のような森林に逃げ込んでから早三日が経った。サバイバル技術の知識がない僕は水しか口に入れておらず、視界が定まらない中で森を歩いていたがもう限界だった。足に力が入らず、僕は地面に倒れた。父親に女の子より可愛いからという理由で地元の権力者である変態オヤジに売られた。僕と同じような境遇の子供たちが奴に行う奉仕を目の当たりにして必死に逃げ出したツケがこれなのか。……眠たくもないのに瞼は次第に重くなり、僕の意識は深い水の底へと落ちていった。
02
鼻の中に香辛料の匂いが入ってくる。その匂いは嗅いでいるだけで空腹にさせ、僕は意識を浮上させた。やはり空腹には勝てないのだ。目を覚ますと見知らぬ木の天井があった、だいぶ年季がいってるようで所々ヒビがあった。僕は一瞬、あのオヤジの元に連れ戻されたかと思ったが奴の屋敷はもう少し肌色が良かったことを思い出す。一体ここは……
「……ようやく目覚めたのかい」
扉が開いた音がしたので身構えると、炎のように明るい色の髪を束ねた少女が僕を見つめていた。腰の高さまである髪を靡かせ、僕が横たわっているベッドまで近づいてきた。
「私が森に散歩に行かなかったら君は死んでいたんだよ。……何があったの」
言える筈がなかった、実の親に売られて奴隷にさせられたなんてことは。下を向いて黙っていると、少女はいきなり僕の頬っぺたを掴んだ。
「君が言いたくなかったら別にいいよ。……さっきカレーを作ったばかりだが食べるかい?」
何故頬っぺたを掴む必要があるのか分からなかったが、カレーと聞いて僕は目を輝かせて頷いた。
「それと服が汚れていたみたいだから着替えさせてもらったよ。……私のお古だが気にしないで」
ふと下に目をやると、泥で汚れていた服が真っ白なワンピースに切り替わっていた。同時に下半身を見られた恥ずかしさで、顔が熱を帯びたのがわかった。何でこの人は恥ずかしくないのだろう。
「本当に……男の子なんだね」
彼女が出してくれたカレーを僕が飢えた狼のように食べていると、彼女は目を丸くして驚いていた。
「す、すみません……」
「子供なんだから遠慮なんてしないで」
子供と呼ばれ、僕は不思議に思った。目の前にいる彼女は大人と言うよりも僕とあまり歳が変わらない気がする。疑いの目を向けたのがわかったのか、信じられないことを口にした。
「私は魔女だから魔法の副作用で姿形も子供のままなんだ」
「ま、魔女?」
童話の中での存在でしかない魔女が今目の前にいる? そんなまさかと思ったがルーシィと名乗った彼女は僕に魔法を見せた。杖で黒いモヤを発生させ、まるで絵画を描くように屋内に星空を映し出した。
「……僕は愛してくれる家族も帰る家もないんです。だからどうかこのままいさせてください」
星空の美しさに魅せられたからなのか、僕はルーシィに隠していたことをつい話してしまった。追い出されると思い、身構えていたが彼女は何も言わずに僕を抱きしめてくれた。背丈はそこまで変わらないのに母のような温かさを感じられた。
「……私は傷ついてる人間を放っておいたりはしないよ。君が飽きるまでここにいるといい」
この日から僕は魔女 ルーシィの使用人として働くようになった。