恥ずかしいはなし
こんな小説もたまにはどうですか?
その日は帰りが遅くなった。
社屋を出てすでに二〇時を過ぎており、結局ボロアパートに鞄を降ろせたのは二一時だった。
寝間着に着替えゆっくりしようと腰を下ろし時計をみて、そういえばこの時間は…と思い出す。
この時間になると隣の部屋から決まって、けたたましくも豪快な音が鳴り出す。
特段ロックやヘヴィ・メタル、ひいては音楽が嫌いなわけではない。
が時間が時間だ。これではただの騒音と違わない。だが壁を叩けど殴れど気付かぬようで、轟音は増すばかりである。
今日こそはと思い、寝間着であることを忘れ隣の部屋の前で待機する。
しかし待てども待てども「あの」轟音はやってこない。
はて? 部屋の時計がずれていただろうかと思い腕時計を見て、携帯も覗く。だがいつもの時間より既に一〇分は経っており、流石に楽器の持ち上げる音や機材同士が擦れる音、もしくは生活音が聞こえればいいのだがそれすらなく、人がいるかも怪しく思えてきた。
だが昨日まで決まって流れた音がいきなり消える事があるだろうか。
実はここで人が死んでおり、その怨念が今まで夜の演奏会、いや若者のマネでライブをしていたとオカルト的に思考を巡らせてみた。
あるいは今はまさに引っ越しの準備をしており、機材は片付けて起きる理由もなくもう床に付いているかも知れない。
どちらにせよ、まるでチケットを買ったというのに「おまえに見せる演奏はない!」と言われた客のようで腹が立ち、思い切りドアを叩こうと振りかぶって思いとどまる。
ドアの向こうの主は少なくとも今は死者のごとく静かだ。ここでドアを殴り付けようものなら騒音でうるさいと言われるのは間違いなく私だ。このボロアパートでトラブルも起こさず過ごしてきた私としてはそれは避けたい。
ゆっくりと拳を下ろし人が来ていない、見ていないことを確認し「命拾いしたな」と小さく捨て台詞を吐く。
しかし困った。外に出たのは良いがやることがなくなってしまった。
いますぐ部屋に戻り微睡みの海へ沈むのも悪くは無いがせっかく外にいるのだ。少し買い物をしたところで罰は当たらないだろう。
そういえば携帯に少しばかり金があったハズだ。それを使って少しアイスでも買おうか。
寝間着であることに気付くが、既に歩くつもりの気分と足はゆっくりとコンビニへと動いていた。
夜になって文字通り出〝歩く〟のはこちらへ来てすぐ以来であり、こう見ると町も変わるものだと感心していた。
無論、通勤路として使っていたため変化に気付かない訳ではなかったが改めて見ると驚くこともあるのだ。
昔の家屋をそのまま店にしたような古本屋は、取り壊されていたものだと思っていたが、今らしい建物に姿を変え同じ名前で古本を売り出しているらしい。もっとも、今は深夜なのでシャッターは下りていたが。
だがその隣に居を構えていた居酒屋の方はいつの間にか潰れていたようだ。経営不振が原因か、はたまた体調か気分か。いずれにせよ自ら足を運ぶ場所でもなかったのでそれ以上の興味は湧かなかった。
歩道に並ぶ街路樹は銀杏の木であり、芳ばしい香りが街を包む。毎年のささやかな楽しみで、受動的な生きがいともいえる。そうでなくても夏に見る若々しい青は朝の眠気を忘れさせる元気な色だ。
目に見えたモノに思いを移しているうちにコンビニに着いた。
一昔前なら不良の溜まり場になっていただろうが、最近はそんな話も聞かない。もちろん私の目の前には不良の溜まり場はなく、あるのは清潔感のある眩しい玄関である。
「いらっしゃいませー」
深夜近くなるにも関わらず、気持ちの良いハキハキとした店員の声が店内に響く。
もう秋も中頃だと言うのにアイスクリームは売れているようで、所々に穴が空いていた。
私はバニラのアイスに手を伸ばしレジに向かおうとするのだが、これだけを持って並ぶことに何かむず痒いものを感じたものだから一緒にジュースも買うことにした。
「レジ袋は一枚三円となっております。お付けしますか?」
「いいえ、このまま」
なんとも不便になったものである。
右手にアイス、左手にジュースを持って帰路に就く。両手が塞がっているため、道中で飲食もできず仕方なく持って歩いていた。こうなるのならばレジ袋を買うべきだったと少しだけ肩を落としとぼとぼと足を進める。
ボロアパートに近づくと背後から自転車の走る音が聞こえ、そして追い越していった。
黒いコートに身を包み、背中にはギターケースを背負っている。清潔感のある少年だった。
突然、今の自分の格好がなんとも恥ずかしくなってしまった私は、まるで何かから逃げるように、部屋の中へと飛び込むのであった。
始めて文学っぽい作品を書きました
言うならばショート・ショートでしょうか
オチをオチらしく書くのは始めてで
頷くところがあったら嬉しいなぁとか思ってみたり