見世物小屋で僕は人魚に恋をした
少し気が向いただけだった。
三年前の火事のせいで焼けた僕の顔は、通り過ぎる人が全て顔を顰める。
だから、僕の三年前から外出をひどく拒んでいた。
今回、珍しく僕が外出することになったのは、親友が誘ってきたからだ。いつもであれば、僕が拒めばすぐに引き下がる彼が今回だけは引き下がらなかった。外出する時間が夜ということもあり、しばらくして僕が折れたのだ。
親友は「夜の間だけ開催しているサーカスがあるんだ」と僕に言った。
月も雲で顔を隠すような暗い夜。
少し端が破れたテントの入口をくぐると、煙たい空気が身を包む。この狭いテントの中で巻き煙草なんて物を吸っている客に嫌気がさす。
僕は煙草が一等嫌いだ。
布に燃え移って火事になったらどうしてくれるのだ。
ワックスと巻き煙草の臭いが混じり、鼻を刺激する。空いている席に二つの席に親友と共に座ると、客席を
照らしていたライトが消えた。それと同時に少し騒がしかった客席の喋り声が止む。毛虫が這う音さえしない。自分の手の輪郭さえも見えず、深い沼の底にいるようだった。
ふと、ベッドの頭にある小さなライトのような薄暗い光が天井からステージを照らした。ステージの中央には灰色のペストマスクを被った長身の男が立っており、何も言わずに一礼するとステージの奥へと去って行ってしまった。
子供時分に訪れたサーカスは明るく、騒がしく、わくわくしたものであったが、ここの雰囲気はそれとは真逆のものであった。
ペストマスクの男と入れ違いで、ステージに女性が現れる。
くすんだ色の服はロリータをイメージしているのが分かったが、注目すべきはそこではなく、短く膨らんだフリルのスカートから出ている八本の足だった。
警戒な音楽が流れだすと、彼女は自分の八本のつま先を伸ばし、ステージの上で飛んだり跳ねたりを繰り返した。
全身が緑色で鱗で覆われた蛇使い。
手が両手を合わせて十本ある大男のナイフ投げ。
ナイフがあたっても血が一滴も流れない人形女。
演目が進んでいくにつれ、僕の眉間の皺が深まる。
何故、親友はこんな所に僕を連れてきたのか。醜い僕への皮肉のつもりか。文句の一つでも言おうと隣の親友に顔を向けようとした時だった。
僕の耳に人魚の歌声が届いた。
ステージ上には、子供用の小さなプールと、プールの中に置かれた椅子に座り、目を瞑り、喉から星の欠片のように美しい声を紡ぐ女性がいた。彼女の両足は別れるkとおを拒むかのようにくっついていた。
僕は親友に対する怒りを忘れ、女性の歌声に魅了されていた。この心の安らぎは、この三年間、僕になかったものだ。
この不気味な暗闇の中で、僕は人魚に恋をしたのだ。