5.ぴきぴき対決②
「先に三週した方が勝ちだ。先に言っておくがァ、マシンの性能は同じだぜ」
「ふふ、いいんですか? そんなこと言っちゃって。言い訳できなくなりますよ?」
「ふん、練習させてやろーかと思ってたが、やっぱなしだ。てめーに言い訳の余地を残しておいてやらァ」
「いりませんよ。それより負けたときの言葉を考えておいてくださいね」
ぴき、ぴきぴき。
バイクに跨ったまま睨み合っている。
フィーネ、君はなぜそんな攻撃的な性格なのか……。
「――ふ、口の減らねえ女だ。まあ"暴走"ろうぜ。そうすりゃあ全部分かる」
うーん。でもアイゼンさんが楽しそうに見えるのは、俺の気のせいだろうか? それほど悪い雰囲気じゃあない。
「で、リュート。なんでおめーはコースに立ってんだ。ギャグか?」
「いえ、俺も走ろうかと。こいつで」
ぼわん。
俺は緑色の煙をバイクの形に変えた。これが俺のマシンだ。本気を出せばバイクよりも速いはず。これで後ろをついていこうと思う。
フィーネが暴走しそうで心配だからだ。
「ひゅう! イカすじゃあねえか! や、やべえ、テンションあがってきたぜコラァァァ!」
……こわ。血管の浮き上がった顔面で大声を出さないでほしい。
「じゃ、じゃあいいですかー? いきますよー?」
ノイヴィーが左手で耳を塞ぎながら、スターターを右手で掲げた。
ウオン! ウオン!
二人とも、エンジンの回転数を上げている。
――パン! と発砲音がした。
と同時に。
アイゼンさんとフィーネが猛烈な速度で発進した。
第一カーブを曲がり、その後、長い直線でバイクがさらに加速した。
はやっ!
バイクってこんな速度が出るんだな。時速何キロくらいだろう? 200キロくらいか?
こんな速度でヘルメットもつけずに……。
冒険者のステータスなら、転んでも平気なんだろうか?
直線を終えると今度は左カーブ。全く同じタイミングで二人の車体がシフトダウンのエンジン音を奏でた。
アイゼンさんもフィーネも、車体を思いっきり傾ける。見てるこちらが倒れてしまうんじゃないかと心配になるような角度だ。
再び左カーブ、短いスパンで今度は右カーブだ。
再び直線。バイクが加速する。
その先でヘアピンカーブ。
うわ、危ない!
と思ったが、二人とも華麗にカーブを曲がりきった。……心臓に悪い。
緩やかな左右のカーブが続き、また長い直線。
この先はスタートした場所だ。これで一周か。
わずかにアイゼンさんの方が前へ出ている。
速度はほぼ同じだが、コース取りで差がついたようだ。
「どうした、フィーネ! 口だけかァ!?」
「…………」
フィーネはアイゼンさんの車体の真後ろにぴったりと張り付いた。
わずかにフィーネのバイクの速度が上がったように見える。
なぜだ……同じマシンの性能のはずなのに。
二週目の第一カーブ。
フィーネがアウトからアイゼンさんを抜いた。
単純に速度に差がついていたように見える。
「アフゥー! やるじゃあねーかッ!」
ウオン! ウオオオン!
エンジンを唸らせながらマシンが疾走していく。
一度はフィーネが抜いたが、またすぐにアイゼンさんに追い抜かれた。
そして二週目の最後の直線へ。一週目よりもさらに差がついた。
ぎりっ……ぎり、ぎり……。
フィーネが鬼のような形相でアイゼンさんの背中を見つめていた。めちゃくちゃ嫌な予感がするぞ。
三週目へ突入する。
再びアイゼンさんの後ろへつくフィーネ。
観察していた分かったが、後ろへつくことで空気抵抗を抑えて速度を上げているようだ。
そしてカーブへ。
「………ひひ」
加速したフィーネが強引にインから突っ込んだ。衝突寸前までバイクが接近する。
フィーネは鋭角にカーブを曲がった。素人目には転倒寸前に見える。
「……い、イカレてんのかテメェ!」
「ひゃはははは!」
フィーネが前へ躍り出る。しかも、かなりの差がついた。三週目でこれはフィーネが優勢か?
――いや。
徐々にアイゼンさんが距離をつめている。普通に走れば、彼の方が速いのだ。
「へ、なかなかやるじゃあねーか。だが、俺の勝ちだ!」
最後のカーブ。
アイゼンさんが華麗にフィーネを追い抜いた。
そして最後の直線へ。マシンの性能は同じ。これは勝負がついたか?
ぎりっ……ぎり、ぎり……。
フィーネが走りながら、道化師の仮面を装着した。
まだ持ってたのか、それ。
でも、なぜ今?
銀色の波動がフィーネの体から閃光のように放たれた。
なッ!
彼女の背中に戦闘機のようなデザインの銀色の六枚の翼が出現した。
銀の光を放ちながら、とんでもない速度でフィーネが加速する。最初に200キロくらい出てると思ったけど、今はその倍は飛ばしている。
あっという間にアイゼンさんの隣へ。ゴールまでまだ少し距離がある。これならばフィーネが抜く。
「くひゃひゃひゃひゃ! 私の勝ちぃ!」
「アフゥー! フィーネ! 悪く思うなよ! 先に使ったのはおめェだからな!」
その時だ。
アイゼンさんの体から、緑色の光が放たれた。
「――【韋駄天】」
フィーネをさらに上回る速度でアイゼンさんが加速した。
う、嘘だろ? なんという速度ッ!
バイクの速度じゃあないぞ。たぶん、俺の緑の煙でも追いつけない。
「ウアアアアア――」
フィーネが叫んだ。まだ加速できるのか?
と思ったら、
「――ア?」
ふと声が止まった。
ばきん!
フィーネのマシンが軋んで――。
ぼん!
――弾けた。
バイクが爆発したように分解され飛散する。フィーネも空中へ回転しながら放り出された。
ぼわん!
俺はすかさずフィーネを煙で包んだ。
大破したバイクが激しい音を立てながらコース外にぶっ飛んでいく。
あ、あぶねぇー! ついてきておいてよかった! さすがのフィーネも、この速度で転倒しては大怪我していただろう。
停止してからフィーネを煙から解放した。
「リュートさん、ありがとうございます」
「うん、無事か?」
「はい。……でも、負けてしまいました」
仮面をつけていて表情は分からないが、心底悔しそうな声だ。
フィーネは負けず嫌いなんだな。
「おい! 大丈夫かァ!?」
ウオオオオン!
アイゼンさんがゴールラインの向こう側からこっちへ走ってきて、俺たちのそばに停車した。
「すみません、バイクを破壊してしまいました……」
負けてしまったのがショックだったのか、フィーネはさっきまでの勢いを潜め、今はしゅんとしていた。
「いや、無事ならよかった。リュートのおかげか? すげえ男だぜ、てめーは」
「バイクの件、すみませんでした。ちゃんと弁償するので」
俺は頭を下げた。
「は! んなもんいらねーよ。走りで壊れちまったんだ。こっちの責任だ。むしろ強度が足りなかったことを詫びるぜ。――それよりフィーネ。おめぇー、クレイジーな走りをするじゃあねえか。おめーを侮っていたこと、認めるぜ」
「……私も、まさか負けると思っていませんでした。無礼の数々、本当に申し訳ありませんでした」
「ふ、いいってことよ。久しぶりにマジになれて楽しかったぜェ。また勝負してくれや。今度は、おめえも自分のマシンで挑んでこい」
「……はいっ! ふふ、次は負けませんよ」
「上等だぜ。アフゥー」
レースを通じていい方向に転じたようだ。
どうなるかと思ったが、変なことにならないでよかった。
「……しかし、まさかバイクがあんな風に壊れちまうとはな。初心者用とはいえ、もう少し強度試験をしておけばよかったぜ」
「アイゼンさんとフィーネが乗ってたバイク、初心者用なんですか?」
「あぁ。ありゃ素人に練習させるために用意したものだからな。そうだ。あとで俺の本命マシンを見せてやる。あの一番左のガレージにあるのさ。……ま、とりあえずあいつらが心配してるだろうし、いったん戻ろうぜェ」
アイゼンさんがそう言ったので、俺たちはいったん彼らの待っている場所へ戻ることにした。
俺たちが戻ると、シャルロッテとアイリスがすぐに駆け寄ってきた。
「フィーネちゃん? 大丈夫?」
「はい。リュートさんに助けてもらいましたから!」
と言って俺の腕に絡みついた。胸を押しつけるのをやめてくれ……。
「あー! またそうやって! 心配して損した! っていうかその仮面は?」
「えぇ、ちょっと魔法を使ってしまったので」
フィーネは仮面の表面を指でなぞるようにした。
そうか。魔法を使いすぎると、タトゥーが現れてしまうんだったな。だから仮面をつけたのか。
「おし、じゃあこのまま最後のガレージをオープンするぜ。自慢の愛車だ。悪いが、こいつには乗せてやらねェぞ」
アイゼンさんがガレージのシャッターの開閉スイッチを押した。
モーターが駆動する音とともに、徐々にシャッターがあがっていく。
――え?
こ、これ……。
「どうした? ふふ、シブすぎて言葉が出ねェか? 」
「あ、いや……」
俺はガレージの中を指した。
「あ?」
アイゼンさんが開閉スイッチから指を離し、ガレージの中を覗き込んだ。
「……あぁ? ……おい、俺の愛車はどうした? なんでねーんだ」
アイゼンさんがガレージへ入る。
俺たちもあとへ続いた。
「……どういうことだ、コラ」
アイゼンさんも、この状況に覚えがないようだ。
そう。ガレージにバイクはなかった。代わりに工具やパーツが散らかっている。
それに――。
「どういうことだコラァァ!」
ガレージの奥の壁が破壊され、向こう側の景色が見えた。
何者かに侵入されてガレージが荒らされたのだと、誰が見ても一目瞭然の様子だった。
…………。
……。