4.ぴきぴき対決①
「――で、ここが庭だ」
そう言って彼が指したのは――。
どこからどう見ても、サーキット場だった。
緑色の芝生の中を、灰色の道路がうねうねと走っている。
この景色を、さっきの部屋で俺は見たのだ。
灰色の道路をこちらの世界ではあまり見ないので、すごく違和感を感じたのだ。
「俺はバイクが好きでな。こいつを庭に作っちまったのよ」
「へえ……。趣味にこんなお金が使えて羨ましいっす!」
そう言ったノイヴィーを、アイゼンが睨みつけた。
「趣味? 趣味だと?」
!?
ぴき、ぴきぴきと顔面に血管が浮き上がっている。
「ひ、ひええッ!」
ノイヴィーがガタガタと震えだした。
さっきのフィーネの件といい、こいつは人の地雷を踏む体質なんだろうか。
「趣味なんかじゃあねえ。こいつは俺の"夢"だ。俺はこの道路で、全国を繋ぎてえ。今の世界じゃ、バイクで行ける場所が限られてるからなァ」
よく考えると、街の中は石畳の道路だし、街の外は土を踏み固めたような粗悪な道が多い。
この異世界に転生してから車やバイクは見たけれど、数は少なかった。
メインの移動手段は汽車なのかもしれない。
「ガレージは倉庫の隣だ。ついでだし、俺の単車を見せてやるぜ」
しばらく行くとシャッターのしまった建物が三つあった。
「一番右が倉庫で、左二つはガレージだ」
まず一番右の倉庫のシャッターをあけて、全員で中を見学した。
冒険者用の道具や装備だと思われるものがたくさん置いてある。
「うそ……これを全部使っていいの?」
アイリスが壁に掛けてある片手剣を見てそう言った。
「俺らのパーティじゃ使わねェからな」
「すごい……触ってみてもいいですか?」
「おう、危ねェから気をつけろよ」
アイリスが片手剣を手にとり、鞘を抜いた。
刀身が青白く輝く美しい剣だ。
「これ、たしか『アクエリアス』って名前の剣よ。Cランクダンジョンのドロップ品だわ」
「へえ……強いのか?」
「うん! Fランクじゃ手が出ないような金額設定がされていたと思う」
これを使っていいと言ってくれているのか。すごい太っ腹な人だ。
「リュートくん、みてみて」
「ん?」
ふとそちらを見ると、黒檀柄のでかい盾があった。
「どう? 似合う?」
盾の奥からシャルロッテの声がした。
似合うもなにも、
「あの、盾しか見えないんだが……」
そう言うと、盾の右からシャルロッテがぴょこっと顔を出した。
「フィーネちゃんに【戦士】が私には合ってるんじゃないか、って教えてもらったの。こんな盾を装備するんだって」
「へえ。っていうか、そんなでかいのよく持てるな。重くないのか?」
「……私が持ってますので」
フィーネが左からぴょこっと顔を出した。
「【戦士】のジョブにつけば、シャルロッテさんでも、これくらいは簡単に持てるようになりますよ」
「……【戦士】かぁー。かっこいい?」
「かっこいいですっ! 絶対なったほうがいいですっ!」
「うん……。私も、ダンジョンでもうちょっと役に立ちたいなぁー思ってたから。【戦士】かぁ。なってみようかなぁ」
たしか神殿に行って金を払うとジョブを与えてもらえるって、いつだかアイリスが言ってたな。
フィーネの口ぶりからすると【戦士】になることでステータスに補正がかかるような言い方だ。
であれば、無職でいるようにも何かジョブを持っていた方がいいのかもしれない。
でもシャルロッテみたいな癒し系が【戦士】とは。……ギャップがすごそうだ。
「あっちに【戦士】の装備がほかにもありましたよ。見てみませんか?」
「うん!」
シャルロッテとフィーネが向こうの方に行ってしまった。
俺もそちらへ行こうとした時、アイゼンさんが言った。
「よーし、ガレージを見たいやつは俺についてこい。興味ないやつは、ここで倉庫を見てて構わねェぞ」
ガレージか。
俺はアイテムよりもバイクに興味があったので、アイゼンさんについていくことにした。
やってきたのは俺の他に、ノイヴィー、ハルの三人だ。
アイゼンさんがシャッターを開ける。
すると、中に数台のバイクが納車されているのが見えた。
「……かっけー」
とノイヴィーが呟いた。
同感だ。
バイクはあまり詳しくないけど、レーサーとかが乗ってるような感じの形をしている。
ガレージの奥の窓を全開したアイゼンさんが戻って来て、一台のバイクにキーを差し込んだ。
かち、とスイッチの入った音がなり、すぐにぶううん、と低周波が聞こえた。
バイクのランプが点灯している。
「エンジンかけるぞ」
きゅるる、と少しだけ音がなり、エンジンが始動した。俺の世界と同じ排気音だ。
「す、すげー音だな。バイクってこんな音がすんのかよ」
とハル。
「走るときはもっと音が鳴るぜェ」
ウオン!
唸るような音が響いた。マフラーから緑色の光がバチバチと放たれている。
すごい迫力だ。
「ど、どんくらい速く走れるんすか?」
とノイヴィーが尋ねた。
「走ってるところを見てみるか? ちょっと外に出てろ」
アイゼンさんはそう言うとバイクにまたがった。
俺たちが全員外へ出ると、
「バリバリだぜェー! アフゥー!」
バイクがガレージからすごい勢いで発進した。
ウオオォォン、と高い音を立てながら、あっという間に向こうの方へ走り去っていく。
「す、すげえ! あんなに速く走れんのか? すげえな、ハル!」
ノイヴィーが興奮している。
スピードという点では俺は竜人の飛行速度に慣れてしまっているので憧れはないけれど、ただ、バイクには単純に乗ってみたいと思う。
そのうちアイゼンさんが戻ってきた。
「ヤベーっす! かっこいいっす!」
「ふ、ありがとな。――どうだ、ノイヴィーも乗ってみるか?」
「え? い、いいんすか?」
「おう。あぶねえから俺の言うとおりにしろよ」
「は、はい!」
……いいな、羨ましい。
とそんなことを思っていたら、
「おめーらはどうする?」
アイゼンさんはそう言ってくれた。
「乗ります!」
俺は即答した。やった……ふふふ。
「お、俺は……」
ハルが戸惑っている。
あんまり乗りたくなさそうだが……。
「どうしたんだよ、ハル。男なら一回くらいバイクに乗ってみたいと思うだろう?」
とノイヴィーが言った。
「……っ! ち、ちくしょー! 乗るぜ! くそったれ!」
挑発されたとでも思ったのか、ハルが怒りながらそう答えた。乗りたくないのなら、無理しなきゃいいのに……。
「おし、じゃあ準備するから、ちょっと待ってろ」
アイゼンさんが今乗ったバイクの他に、三台のバイクを持ってきてくれた。
「俺の言ったとおりにやれよ」
アイゼンさんに教えてもらいながら、バイクに跨った。
右手と右足でブレーキをかけながら、ニュートラルを確認し、エンジンを始動する。
尻に心地よい振動が伝わってきた。
「左手がクラッチだ。握れ」
俺の世界のバイクも、同じ仕組みなんだろうか? なんだか混乱してきた。大丈夫だろうか。
「ギアをこう入れろ」
アイゼンさんのお手本を真似て、同じようにする。
「あとはクラッチを少しづつ離せば発進する。俺の所まで来たらクラッチを握ってブレーキをゆっくりかけろ。停車したらニュートラルにしろ。それから、アクセルは回すなよ。動かすだけなら必要ねぇ」
なんだか難しそうだな……。
「おおー! すげえ!」
ふと見るとノイヴィーが発進していた。
「ほォ、やるじゃあねえか、ノイヴィー。初めてにしちゃあ上出来だぜ。センスあるかもな」
「へ、へへ」
アイゼンさんに褒められて嬉しそうにしている。たしかにスムーズにバイクを動かしていた。
俺も言われたとおりにやってみることにした。
バイクが動きだす。
お、お、おお!
動いた! そうか、こうやって乗るのか!
アイゼンさんの所までやってきた所で、俺は停車した。
とりあえず乗れたけど、これは練習しないとちゃんと運転できるようにはならないかもな……。
「…………左手を握ったままで右足と左足を変えてギアを変えて、えーっと? そしたらまた足を入れ替えて、今度は右足を踏んだままにして右手を放して……? なんだっけ?」
まだ最初の位置にいるハルが何かブツブツと呟いている。大丈夫か……?
ウオォン! とハルの乗るバイクのエンジンが唸った。
「う、うわあああ! 誰か止めてくれー!」
げッ!
バイクがこちらへ猛スピードで突っ込んできた。ハルはパニくっている様子だ。
やばい、このままだと俺たちとクラッシュして大惨事だ。
――煙の支配者。
俺は反射的にスキルを使用した。
ぼわりと煙が生まれ、ハルごとバイクを包みこんで空中へ持ち上げた。
「うわああん!」
ウオン! ウオオオン!
「おい! ハル! パニックになるな!」
ダメだ。聞こえてない。
しょうがないので、俺は煙を使ってハルの体をバイクから引きはがした。
次第にエンジンの回転が落ちていく。俺はブレーキをかけ、エンジンを切り、ゆっくりとバイクを着地させる。
ハルは隣に座らせておいた。っていうかこいつ、体重軽いな。
「……アフゥー。こいつは驚いた」
「おい、今のなんだ? どういうことなんだ?」
しまった。ついスキルを使ってしまったな。
……まあ、別にいっか。
「俺、ユニークスキルを持ってるんです。あんまり目立ちたくないんで、内緒にしておいてもらえませんか?」
「……オーケイ。男の約束だ。俺のバイクを傷をつけないでくれてありがとよ」
「ノイヴィーも黙っててくれないか?」
「お、おう。分かったけど……今のがユニークスキルか。初めて見た……」
「ハルも……って、おい。大丈夫か?」
「こわい……バイクこわい……」
ガタガタと震えている。まあこいつにはあとで言っておくか。気づいてない可能性の方が高いと思うけれど。
「ふ。まあ最初は誰だってそんなもんさ。練習すりゃーハルも乗れるようになる。またいつでも乗りに来い」
「……もういい。もう俺は乗りたくねー! う、う、うう!」
ハルが泣きそうだ。
「おいおい。男がそんなことでビビってどーする。何事も失敗して上達するもんだぜェ」
「……っ! ……わ、分かったよ。だけどまた今度な。今日はもういい」
ハルが立ち上がった。
「リュート。悪かったな。おかげで助かったぜ」
「おう、気にすんなよ」
「……うん。ありがと」
ぽりぽりと頭をかきながらハルは照れくさそうにした。
あ、あれ?
俺、今、こいつのことを可愛いと思ってしまった気がするぞ。
おかしい。俺、ノーマルだよな?
いまだかつてない不気味な感覚に恐怖していると、倉庫の方から残りのメンバーがやってきた。
「これがさっき言ってた単車ですか?」
とフィーネ。
「おう。どうだ? 乗ってみるか? 教えてやるぜ。バイク乗りが増えるのは、俺にとっても嬉しいことだからよ」
「いえ、私は運転したことありますから、教えていただかなくても大丈夫です。そ、それよりリュートさんが乗っていたのはどれですか? はぁ……はぁ……。そ、それに乗らしてください」
なぜそこで息遣いが荒くなるのだ……。
「リュートが乗ってたのは、そいつだ」
「これですね……ふふ、ふふふ」
フィーネはシートを右手で撫でまわしたあと、バイクに跨った。ドレスが邪魔で乗りにくそうだ。
「……さ、さっきリュートさんの股間があった場所に、今、私の股間があるのですね……これはもう〇〇しているのと同じ……はぁ……はぁ……」
「…………」
聞こえなかったことにしよう。
エンジンを始動すると、フィーネはごく普通に発進した。
ウオン!
エンジンが唸り、徐々にバイクがスピードを上げていく。
「――ひゃはははは!」
フィーネは笑い声をあげながら、大きな輪を描くようにぐるぐるとバイクを走らせた。
すごいな。様になっている。
しばらくしてからフィーネが戻ってきた。
「久しぶりに乗りましたが、やっぱり楽しい乗り物ですね。はぁ……はぁ……私、こういう音が大きい機械は大好きですっ!」
銃魔法も爆音だからな。
「おう、やるじゃねーか。フィーネならサーキットを走らせてやってもいいぜ」
「いいのですか?」
「あぁ。俺もレースの勝負相手がいなくてな。練習すりゃあ、そのうち、俺といい勝負ができるかもしれねェ」
ぴくりとフィーネの眉が動いた。
「……ああ、なーるほど。でも、私はそこそこ乗れると思いますよ? っていうか、たぶん貴方より速いですよ。私、命がけでバイクの練習しましたから」
「ふん。おめーがどうやってバイクを練習したが知らねえが、今はまだ俺がぶっちぎるに決まってらァ」
「はあ?」
!?
ぴき、ぴきぴきとフィーネの額に血管が浮いている。
ま、まずい。テンションがあがったせいか、今日は沸点が低そうだぞ。
「ずいぶん自信がおありなようですが、絶対に私に勝てると?」
「ったりめーよ。ガキに負けるわけねーだろうが。年季が違うぜ」
「ひひ、ひひひ。楽しみっ。貴方みたいな思い上がりは、叩きのめされるとどんな顔をするんでしょうねぇ!」
「…………んだとコラ」
ぴき、ぴきぴきとアイゼンさんの額にも血管が浮いている。
「フィ、フィーネ。なんてことを……」
「だってぇ、この人、自分が勝つって確信してるんですもん。上から目線でムカつくじゃないですか! 私の方が速いに決まってるのにっ!」
く、くそ。ダメだ!
「……す、すみません、アイゼンさん! 彼女はちょっと闘争本能がイカれてしまっているんですが、悪い子じゃあないんです! 許してやってください!」
「…………俺に勝てるだと? ふん、ギャグのセンスあるぜ……オメー……」
こっちもダメだ! 俺なんて眼中にない!
「…………よォし、これから勝負だ! ついてこい!」
ウオン! ウオンウオン!
アイゼンさんはサーキットの方へ走っていった。フィーネもあとに続く。
あぁ、行ってしまった。
俺は重たい溜息をついてから、彼らのあとを追うのだった。




