3.呼び出しの理由
広い庭を道なりに進んでいくと、建物の玄関の前に人が立っているのが見えた。
金髪のリーゼントにピンク色の襟足。それから白い特攻服。
歓迎会の時に最初に喋っていた男、アイゼンだ。
彼は仁王立ちで腕組をして、俺たちを待っているようだった。
さっきまで隣を歩いていたノイヴィーが、突然歩くペースを落とした。
「どうした?」
「…………」
ノイヴィーが返事をしない。聞こえているはずなのに。
「お、おい……」
「…………」
このままだと俺が先頭になってしまう。
それは嫌だ! なので、俺もペースを落としてみた。
が、なぜか先頭はいつまで経っても俺のまま。
ふと見ると、ホワイトファングの連中はみんな同じようにゆっくりと歩いていた。
シャルロッテはナチュラルに歩くのが遅いし、フィーネは俺の真後ろにぴったりと歩いているし、アイリスは先頭を行けと無言で俺に訴えていた。
……ちくしょう。いつの間にか先頭の譲り合いレースがはじまっていて、俺は出遅れたのだ。
結局、俺は何もできないまま先頭に居座り、そのままアイゼンの前に到着してしまった。
アイゼンは腕組をしたまま、俺たちを一瞥した。
近くで見ると、結構迫力があるな……。
「ぶっこんでくんで夜露死苦ゥゥ!」
「…………よ、よろしくぅー!」
謎の圧力を俺は感じて、そう言っておいた。
「……おう。俺は、パーティ『射陣回天』のリーダー、アイゼンってもんだ。アフゥー。てめーらは、『マジック・ヘイズ』と『ホワイトファング』だな」
彼はぎろりと俺を睨んだ。
……う。やっぱりアモンを倒してしまった件で怒られるのかな?
とりあえず「そうです」とだけ答えておいた。
どきどきして待っていると、アイゼンが口を開いた。
「こんな辺鄙な場所まで来させちまって悪かったなァ。面白そうな新人には声をかけることにしてんだが、おめーらは連絡先が分からねーから、ギルドで伝言を頼んでおいたのさ」
そうなのか?
――いや、逃げられないようにそう言ってるだけかもしれないぞ。警戒しなければ。
「とりあえず、中へ入ってくれねーか」
アイゼンはくいっとあごを使って屋敷を示すと、特攻服をばさりとはためかせて、玄関の方へ歩いていった。
彼についていき、俺たちは屋敷へ入る。
外観と同じく、中も高級感のあふれる内装だった。
大理石のような質感の綺麗な石が敷いてあって、壁や天井は白を基調とした色合いで統一されている。
俺はてっきり、強面の人たちが俺に焼きを入れるため、大人数で待ち構えているのだと思っていたが、中にいたのは、メイド服を着た女性が一人だけだった。
彼女は俺たちに一礼した。その動作は洗練されていて、とても上品なものに思えた。プロの使用人というやつだろうか?
アイゼンが彼女に何か指示を伝えたようだ。彼女は「かしこまりした」と言って、通路の奥へ向かっていった。
「こっちだ。ついてきてくれ」
アイゼンが彼女が消えた方とは違う通路へ進んだ。
彼についていくと、広い部屋に案内された。
中央に白い大きなテーブルがあり、壁一面が窓になっている。さっぱりとした綺麗な部屋だ。
――ん、あれは?
ふと外の景色に違和感があって、そちらに目を向けた。
これって――。
「よし。んじゃあ、好きなところに座れ」
アイゼンがそう言ったので、俺は外の景色のことはいったん置いておくことにして、テーブルの前の椅子へ着席した。
「おいおい、おめーら、そう固くならなくたっていいんだぜェ。別に説教しようってんじゃねーんだからよ。今、飲み物を用意させてるから、ちょっと待ってろ」
……そう言っておいて、今まさにアイゼンの仲間が俺たちを取り囲んでいるんじゃないだろうな?
俺は警戒を続けたが、懸念したようなこと特に起きず、彼の言ったとおり、さっきのメイド服の女性がワゴンを押しながらやってきた。
俺たちの前にティーカップとカステラが用意されていく。
やばい、めっちゃうまそう。
ふと隣を見ると、シャルロッテがおあずけを食らった犬みたいに、じーっとカステラを見つめていた。
ちなみにフィーネの口はもう膨らんでいた。さっそくカステラを食べてしまったようだ。
そんなフィーネの隣で、アイリスが「あんたねぇー」と小声で言った。恥ずかしそうに周りをちらちらと伺っている。
全員分の用意をすべて終えると、メイド服の女性は一礼して退室した。
「とりあえず、おめーらを呼んだ理由を話すぜェ。飲み食いしながらでいいから、聞いてろ」
俺はカステラを食べながら聞くことにした。……てか、このカステラうまっ!
「おめーらを呼んだのは、なんつーか、ただの俺の気まぐれだ。気まぐれに、おめーらを支援してやろうかと思ってな」
なんだそりゃ?
「まず、この屋敷だが、おめーらがFランクのうちは好きに使っていいぜェ。あと数日は俺もここにいるが、普段は滅多にここへは来ないから、別に気をつかう必要もねえ。あとで鍵を渡してやる。必要なかったら、カレンかミアに鍵を渡しといてくれればいい」
な、なに?
「ただし、俺がいない間は使用人もいねーから、掃除や飯は自分らでどうにかしろ。――それから、ダンジョン用のアイテムをしまってある倉庫もある。気に入ったものがあれば、それも好きに使っていい」
「あ、あの! どうして私たちにそこまでしてくれるんですか?」
とアイリス。当然の疑問だ。
「さっき言ったとおり、ただの気まぐれさ。アフゥー」
…………。
いきなりそんな親切にするやつがいるか?
何か裏があるんじゃないか、と思ってしまう。
「あとで何か頼まれたって、俺たちは言うこと聞かねーぜ。いいのかよ」
と美青年ハルが言った。
「んなもんいらねーよ。別に見返りを求めてるわけじゃあねェからなァ」
とアイゼン。
俺を含め、何人かが戸惑いの目を浮かべている。
そんな俺たちの様子を見たからなのか、アイゼンが補足をはじめた。
「――実は、俺も若い頃に、先輩冒険者によくしてもらったことがあってよォ。俺は返すと言ったんだが、その人は頑なに受け取らなくってな。『俺はいいから、若いもんに何かしてやれ』と、そんなことをその人は言ったのさ」
アイゼンは何かを思いだすような遠い目をした。
「……ま、俺がおめーらを支援したいってのは、そういう理由だ。アフゥー。俺の支援を受ける、受けないはおめーらに任せるが、もし恩を感じてくれたなら、おめーらが大人になってから、若いもんに同じことをしてやってくれ」
アイゼン――いや、アイゼンさんの表情も声色もさっきから変わっていないが、俺は彼は優しい人物なのだと、なんとなくそう思った。
「おし、そんじゃー順番が前後しちまったが、自己紹介してくれねーか」
アイゼンさんはそう言って、一番端に座っていたノイヴィーに目を向けた。
ノイヴィーから始まり、ジャック、ハル、アイリス、フィーネ、シャルロッテと自己紹介をしていく。
最後は俺だ。
「リュートです。よろしくお願いします」
「……リュート? ユータじゃねーのか?」
「え? は、はい。リュートです」
「…………そうか。あ、いや悪い。こっちの話だ。それより、おめーがアモンを倒すところを見たぜェ」
「……あ、あれは」
「アモンを倒せるなんてすげぇーじゃねえか。レベルはいくつなんだ?」
「…………」
どうしよう。レベル1だと言ったら、突っ込まれるよな。
俺はアイリスの助けを求めたが、アイリスも困っているようだった。
「……ふ、なるほどな。言わねーのは、俺より高レベルの可能性があるからか。……おめーの歳で目上を立てられるってのは大したもんだぜ。えらいじゃあねえか、リュート」
何も言っていないのに、なんか褒めてもらえた。このまま黙っておこう。
「よーし、んじゃあ、この屋敷を案内してやる! アフゥー!」
…………。
……。
屋敷を順番に見ていった。
この屋敷は三階建ての建物のようだ。
三階はフロアを全部使った広い空間とテラス。
二階には客室が八部屋。
一階はキッチンや浴室、応接室などがあった。
倉庫は、こことは別の建物になっているらしく、俺たちはいったん外へ出て、建物の外周をぐるりと歩いていった。
外周を歩くとよく分かるが、敷地と比較すると、思ったよりも大きい建物ではない。
たぶんそれは、敷地の大部分をこれに使っているからだろう……。
「――で、ここが庭だ」
そう言って彼が指したのは――。