2.アイゼンのアジトへ
二階の空室に移動し、さきほどカレンさんから受け取ったお金をアイリスがテーブルへ並べた。
金についての知識も、だんだんと理解が進んできている。
この国の硬貨は、全部で七種類ある。
全部色がついていて、白、赤、青、黄、緑、茶、黒の順番で価値が上がっていく。
そう、時計の順番と同じだ。
ちなみに単位はちょっと複雑で、白、赤、青がビー。
それ以上をカラーと呼ぶ。
たぶんだが、俺の世界でいうと、1カラーがだいたい二百円くらいの価値だと思われる。
で、今回俺たちがゲットしたお金は……。
「一万Cね」
ってことは、えーっと?
二百万円? 二週間で?
まじで?
「半分をパーティ資金にして、あとは四分割するわよ。……よかった、カレンさん、分配しやすいように最初から両替してくれてるわ」
アイリスが素早くお金を分けていった。
一人、1250C。
つまり……えっと……二十五万?
「ふ、ふふ、ふふふ」
やばい。変な笑いが出る。
「どうしたの? リュートくん」
「見ろよ。大金だぞ」
「……スケッチブックと絵の具、買える?」
「余裕で買えるぞ」
「クッキーは?」
「毎日食べても大丈夫だ」
「……ふ、ふふ」
シャルロッテも変な笑い方をしはじめた。
Fランク冒険者でこれなのだ。ランクが上がったら、もっと稼げるのか?
上級冒険者にならなくても、これならかなりいい暮らしができる。
……やばい、楽しくなってきた!
「それじゃあアイゼンさん……だっけ? のとこに行ってみましょうか」
「え? 行くのか?」
「……そりゃあ行くでしょう。先輩に呼ばれてるのに、無視するわけにいかないじゃない」
「…………」
やれやれ。憂鬱だ。
さっさと行って、終わらせてこよう。うん、それがいい。
俺たちはお金をしまうと、部屋を出た。
* * * * *
「おい、リュート」
一階へ戻ってすぐ、猫っぽい顔の男に声をかけられた。
後ろにモヒカン巨漢と鉢巻き美男子もいる。
こいつらはたしか、黒の団。
たしか『猫』と『弱』と『男』だっけ? 今日は黒い衣装をかぶっていない。あの変人の『団長』もいないようだ。
「ん? こ、この銀髪の綺麗なお姉さんは、ま、まさか貴様のパーティ仲間か?」
と『猫』。
「……そうだけど」
「…………」
げし! とすねを蹴られた。
いた……くはないがむかつく。
「おい、どうして蹴る。怒るぞ」
「黙れぇぇぇ! なんで貴様ばかり……くそ! くそぉぉぉ!」
なぜか向こうが怒りだした。っていうか泣きそうだぞ。
「リュート、その人たちは?」
「あぁ、こいつらは黒ング――!」
黒の団、と言おうとした途中で『猫』に口を抑えられた。
「クロング?」
「俺たち、『ホワイトファング』ってパーティなんだ。へ、へへ」
そういえば、黒の団のことは内緒にしろと言われたんだった。
「……そして我が名はノイヴィー。俺は、勇者……………………だ」
と妙な口調で彼はそう続けた。
うん? っていうか今こいつ自分のことを――。
「勇者ですって?」
フィーネが肉食獣のような目で『猫』あらためノイヴィーを睨みつけた。
「……ひっ! な、なんだよ」
「おい、てめー、今、なんて言いました? 勇者って言いましたか? あぁ!?」
フィーネが怒り狂って形相で、ノイヴィーの胸倉をつかむと、片手で持ち上げた。
勇者という単語に反応して怒りの感情に火がついてしまったようだ。フィーネにも犀川の話をしたからな。あの時もなだめるのが大変だったのだ。
「……勇者に将来なる予定の男だって言ったんですー! っていうかなんで怒ってるんすかー!? ひいー放してくれぇー!」
ノイヴィーは持ち上げられたまま、じたばたと足を動かした。
「それにてめー、さっきリュートさんの足を蹴りやがりましたよねぇ? 蹴ったってことは、蹴られる覚悟はできているんでしょうねぇー!? はぁ……はぁ……! いいですか? いいですね? 今から、あんたの足、折っちゃいますよぉー! ふぅ……ふぅ……!」
この迫力。たぶん、フィーネも『脅嚇』のスキルを持っているな。
「ひいっ! お助けぇー!」
って冷静に見てる場合か! 本当に折りそうだ!
「フィ、フィーネ? 放してやってくれないか?」
「はいっ! リュートさんがそうおっしゃるなら!」
フィーネがぱっと手を放し、ノイヴィーがどすんと尻もちをついた。
俺は申し訳ない気持ちになって、彼に手を差し伸べた。
「うちのフィーネがすまん」
「……い、いや。俺こそさっきは貴様のすねを蹴ってしまって悪かった。……ただの美人だと誤解してしまっていたのだ」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「ひいッ!」
ノイヴィーは怯えた表情でフィーネから距離を取った。
「す、すみません。この子、ちょっとおかしいです。許してください」
とアイリスが頭を下げた。
「お、おう……」
ノイヴィーの目が泳いでいる。さては、アイリスの美少女っぷりにやられたな。分かるぞ、その気持ち。
「私はアイリスです」
「私、シャルロッテ! よろしくね」
アイリスとシャルロッテが自己紹介をした。
「俺は、ハルだ」
今度は向こうのターン。最初にそう言ったのは『男』の金髪美青年。
「僕、ジャックです。よ、よろしくお願いします」
次は『弱』のモヒカン巨漢がそう言った。
モヒカンは臆病そうな目で俺たちの顔を順番に見た。
「…………ひゃ!」
「ひいいいい!」
シャルロッテが悲鳴をあげ、次にモヒカンが叫んだ。なぜおまえがビビる。
しかしモンスターにもビビらないシャルロッテに悲鳴をあげさせるとは、なかなかやるな。この顔だけ見ると、極悪マフィアみたいな顔をしているからな。
「ご、ごめんね。ジャックくん。私、あなたみたいな人とお話したことなくて、ちょっとびっくりしちゃっただけなの。本当にごめんなさい」
「う、ううん。こっちこそ恐い顔でごめんねぇ」
ぺこぺこと頭を下げあっている。
ふとアイリスを見ると、彼女はハルの顔をじっと見ていた。
「んー?」
「……なんだよ。じろじろ見んじゃねーよ」
「……んー? んー? どういうこと?」
「は、はあ? 何がだよ」
「…………ま、いいけどね」
「な、何を勝手に納得してんだ! 余計なことを考えるんじゃねーぜ!」
「……余計なことって?」
「…………よ、余計なことは余計なことだよ!」
「ふうん……」
なんだか意味深なやり取りをしている。
「おい猫。団長はどうしたんだ?」
「あ、あほう! 今はコードネームで呼ぶんじゃあねえ!」
駄目なのか。
「団長じゃなくてグリコだ。あと、俺は猫じゃなくてノイヴィーな」
「そうか。で、グリコはどうしたんだ? ノイヴィー」
「知らん。『黒い風が、また泣きはじめた……』とか言って、どっか行ってしまった」
団長のくせに、自分勝手なんだな。
「リュートたちはこれからダンジョンか?」
「あ、いや、アイゼンって人に呼ばれてるんだ」
俺がそう言うとノイヴィーは驚いた顔をした。
「ほう、奇遇だな。俺たちもアイゼンさんに呼ばれてて、これからアジトへ行こうとしてたところだ」
「……お、お前らも何かやっちまったのか?」
「は?」
……うん? 違うのか?
俺はてっきり、こいつらも怒られるようなことをしたのかと思ったけど。
「なあ、せっかくだし、これから一緒に行こうぜ」
と言ってみた。リーゼントの人に怒られるにしても、人数が多い方が気も楽だ。
ノイヴィーはちらちらとフィーネとシャルロッテとアイリスを順番に見て、
「…………分かった」
と、そう答えた。
たぶん、フィーネの恐ろしさとシャルロッテとアイリスの可憐さを比べて、一緒に行く方を選んだのだろう。
「よかった。よーし。んじゃあ行こうぜ!」
そういうわけで、俺たちは黒の団……じゃなかった、ホワイトファングのノイヴィー、ハル、ジャックとともに、アイゼンさんとやらのアジトへ向かうことにした。
* * * * *
アイゼンのアジトは、街の南側の、少し外れた場所にあるそうだ。
俺たちはバスで途中まで移動して、そこからは徒歩で向かうことにした。
このあたりは田園の風景が広がっていて、民家が少ない。ところどころに風車が建っていて、ゆったりとした時間が流れていた。
のどかな風景だ。歩くだけでも気が安らぐ。
アイゼンのアジトはこの先にあるようだ。
しばらく進むと、徐々に田園ではなくただの荒れた土地に風景が変わってきた。建物もほとんど立っていない。
寂れた風景を見ながら歩いていくと、やがてアイゼンのアジトの敷地が見えてきた。
かなり広い敷地を鉄柵で囲ってあって、立派な門がある。
「すげえ」
あの人、あんな髪型のくせに、もしかして金持ちなのか?」
「アイゼンさんはCランク冒険者だからな。新人の俺たちとは稼ぎが違うだろうぜ」
とノイヴィー。
冒険者は、やっぱり儲かるのだろうか?
ちなみに『ホワイトファング』も今年の試験で合格した新米らしく、俺たちとは同期ということになる。
門のところにインターフォンがあった。アイリスが代表してチャイムを鳴らした。
――はい、どちら様でしょうか?
と、女性の声が返ってきた。
「私たち、新人冒険者です。『ハイファミリア』のカレンさんからの伝言で、アイゼンさんにお呼ばれされていると聞いて、やってきました」
――そうでしたか。遠い所ご足労いただき恐れ入ります。アイゼンに確認を取りますので、少々お待ちください。門が開いたら、そのまま入っていただいて構いません。
「はい、お願いします」
プツン、とノイズが入って通信が切れた。
しばらくすると。機械的な音とともに自動的に門が開きはじめた。
すごい。俺の通ってた学校の校門よりも、ずっとハイテクだ。
「じゃあ行きましょうか」
アイリスのその言葉を合図に、俺たちは敷地内へ入っていった。
すみません。書き溜めができておらず、二日に一度程度の更新となりそうです。。。