2.カレンの観察眼
カレンは本日三本目となる『竜殺し』の瓶の蓋を開けた。
脳がとろけそうなくらい甘く強烈な香りが鼻腔を刺激する。
この酒はカレンが愛用しているもので、仕事中は、基本的にこの酒を飲んでいるのだ。
カレンは一日に三本までと決めている。なので、三本目のこれは、ゆっくり飲まないといけない。
まったく、もう少し稼ぎがよければ、一日に四本まで行けるのに……。今の給料でそれをやると、月末に酒が切れてヤバいことになる。
まあでも文句は言うまい。酒を飲みながらできる仕事なんて、ここくらいなものだ。
悪いのは、アモンだ。
ついさっき、久しぶりにギルド内で戦闘があって、カレンは興奮して、いつもよりずっと速いペースで酒を飲んでしまったのである。
「アモンめ……ひぃっく……すぐに負けおって。だらしない」
興奮を返してほしい。手に汗握るバトルを私は見たかったのに。
こうなったら酒を飲んで発散するしかあるまいな……うん。
ごく、ごく、ごく……。
「プハア-! うめえッ!」
カレンは口元を拭った。
この体に悪そうなアルコール度数! この甘さ!
「たまらん!」
「カレン。今日はちょっと飲みすぎだと思う」
隣に立っている同僚のミアが言った。
彼女は主に夜を担当している事務員で、カレンとは夕方の少しの時間だけ一緒に仕事をすることが多い。
たまに休日が重なれば、一緒に出掛けたりすることもある。
「だってぇ……ういっく。アモンがすぐ負けるんだもん」
「あんまり飲むと、体に悪い」
ミアは表情を変えずに言った。
こう見えて、彼女は心配してくれているのだ。付き合いが長くなれば、この表情の微妙な違いが分かるようになる。
「それに、彼は強者にしか挑まないから戦績は悪い。カレンも知ってるはず」
「たしかに。勝率は三割くらいかしら?」
……でも、さっきの戦闘はあまりにもあっけなさすぎた。
あの銀髪の美少女。とんでもない戦闘力だったと思う。
あれは誰だろう。
「ねえ、ミア。さっきの子って、うちの子?」
ミアは首を横へ振った。知らないみたいだ。
「ってことは、うちの子じゃないか。私もミアも見たことがない子なんて、いないもんねぇー」
でも彼女と一緒にいた他の三人は最近『ハイファミリア』に加入した新人だ。
あの子たち――名前、なんだっけ。
素面の時に仕事をしてしまったので、あまり覚えていない。
金髪サイドアップの子は……たしか、アイリス。
うん、合っていそう。
亜麻色の髪の子は……なんだっけ……ナントカロッテだったと思った。
んー。ルが入っていた気がする。
ルイーゼロッテ、だっけ? なんかしっくりこないけど、たしかそんな感じの名前。
それからあの鎧の男の子は――。
カレンは額を人差し指で軽く叩いた。思いだそうとする時のカレンの癖だ。
ユート? なんか違うな。
ルータ? だっけ。
リート? うーん。
忘れた。
でも、あの子たちのパーティ名はマジック・ヘイズ。これは間違いない。
あれだけの実力者がパーティ仲間になりたいと言ったくらいだから、あの新人たちも実は高レベルだったりするのだろうか。
……あ。
ちょうどいいことに、彼らが階段から降りてきた。
「んー気になる。少し話をしてみようかしら」
ということで呼んでみよう。
「おーい! マジック・ヘイズー! ちょっとこっちに来なさい」
カレンがそういうと、彼ら四人組がやってきた。
こうしてみると、あの三人の女子は、やっぱりめちゃくちゃ可愛い。『百花繚乱』のエヴァ―ガーデン三姉妹にも匹敵する華やかさがある。
うん、これはたぶんそのうち名前が知れ渡るな。美少女冒険者の宿命というやつだ。
でもこの目つきの悪い少年。よくこんな美少女ばかりとパーティを組めたものだ。
ぱっとしない顔のくせに、モテるんだろうか。
「こんにちは。あの、何か御用でしょうか?」
金髪サイドアップ美少女アイリスがそう聞いた。
よし、少し観察するか。
カレンは酒をぐいっと飲んでから、じっとアイリスを見つめた。
「……ひっく。そうね。よくいる新人冒険者って感じね。レベルが高い感じはしないわ」
「……は?」
「でも何か信念のようなものを感じるわ。将来性もある……。この子はきっと、強くなるわね」
「カレン。思ったことが全部口に出てる」
続けて亜麻色のふわったとした髪の女の子、ルイーゼロッテを観察する。
「うーん。この子は、そうねぇ」
「わ、私? で、ですか?」
ルイーゼロッテがびくっと震えた。
「むう、この子もレベルが高い感じがしない……でも不思議な子ね。一見おどおどして見えるけど、何か絶対的な自信のようなものを感じるわ。それに恐怖を乗り越えたもの特有の顔つきをしている」
「……は。はあ。あ、ありがとうございます?」
カレンは追加で酒を飲んだ。飲めば飲むほど、勘が冴えわたっていくのだ。
よし、次はアモンを倒した銀髪の子。彼女は分析するまでもない。さっき実力は見た。
「ひっく。ねえ、あなたも『ハイ・ファミリア』に加入するのかしら?」
「……いいえ。私は何者にも所属したくないので。私が所属したいのはこの世界でただ一つ。このマジック・ヘイズだけですわ」
と言って彼女は鎧の少年に抱きついた。
「うっ。や、やめろよフィーネ……」
そうか。フィーネという子なのか。覚えておこう。
「しかしこの子はなんとなく混沌としたものを感じるわね。……刹那的というか。冒険者らしいといえば冒険者らしいけど」
「はい?」
まあパーティの過半数がギルドメンバーだったら、加入しててもしてなくても実質的には変わらない。彼女の好きにさせておこう。
で、最後にこの目つきの悪い少年か。
この子が一番よく分からない。レベルが高い気もするし、低い気もする。
アモンに目をつけられたということは、実力者なのだろうと思うけど……。
なんというか、長年の識別眼が効かない。これだけ酒を飲んでいるのに。
こんなことは初めてかもしれない。
「そうねぇ。ルータくん、アモンと戦いなさい」
「え? なんでですか? あとルータじゃなくて、リュートです」
「ちょっと誰かー! アモンを起こしてきて!」
カレンがそう言うと、冒険者の何人かに反応があった。『治癒』持ちの冒険者だろう。
そのうちの一人がぶっ倒れているアモンに近付くと、魔法をかけた。
のそのそとアモンが立ち上がった。
「カ、カレンさん。あなたはなんてことを……」
「ういっく……、あいつは際限なくリートくんを追うわよ? ここで倒しちゃいなさいな」
「なんで俺が……っていうかリュートですって!」
アモンがこちらに気がついたようだ。
どすどすと足音を立ててアモンがやってきた。
「小僧ッ! 勝負じゃあッ!」
「……断る!」
「どうか頼むッ! 一度でいいんじゃ! 頼むぅッ!」
アモンはその場で膝をついて懇願しだした。
「……う! わ、分かったよ! 分かったからでかい声をだすな。目立つだろ……」
「恩に着るッ! はは、ははははッ! 血が躍るのぉッ!」
「んじゃあ外に出てくれ」
「レートくん。ごめんね。中でやってくれない? 外だと見つかったら大変だから。私、怒られちゃう」
「え? ま、まじですか……。く、くそ。あとリュートですからね?」
そう言ってホールの中央へ彼らは向かっていった。
よし、この勝負を見て見極める。
あ、ついでに酒を飲もう。
「勝負じゃあ!」
周りがざわざわとし始めた。
さっきと同じように観客が集まりはじめているが、さっきほど注目は集めていないようだ。
たぶん、少年の方に覇気というか闘気が感じられないからだろう。アモンが一人で盛り上がっているようにしか見えないのだ。
あの子は、本当に実力者なのだろうか?
「ぬうんッ!」
先にアモンがしかけた。
「…………」
なんなく少年がかわす。
「うおらぁああ!」
「…………」
少年がかわしている。
アモンは連続攻撃を繰り出しているが、当たらない。
回避は得意なようだが、全然攻撃をしようとしない。
と思ったら。
「……ガハッ」
アモンが白目を剥いて、その場に仰向けに倒れた。
今、攻撃したのだろうか? ……見えなかった。
何をしたか分からないが、アモンを倒したのは間違いない。やっぱり、実力者だったのだ。
――おい。またアモンが一瞬で負けたぞ!
――あいつら、何者なんだ?
さすがに注目を集めている。
っていうか、またいい勝負が見られなかった。
「アモンッ! だらしないわよ! 日に二度敗れるバカがいるかッ!」
そう言ってみたが、聞こえていない様子だ。もう動けそうにない。
「お、俺たち、また夜来ますから! さようなら!」
逃げるようにマジック・ヘイズの面々が逃げていってしまった。
「あー! 待ってよぉー! ……って、行っちゃった」
なんなのよ……。
あーあ。これは酒を飲まなければ。
「カレン。新人さんたちがかわいそう。ちゃんと埋め合わせしてあげて」
「分かったわよ」
今度、酒でもおごってやろうかしら。
「おい、ミア、カレン。久しぶりだな」
そう声がした。そちらを見ると、
「アイゼンじゃない。珍しい。どうしたの?」
金髪リーゼント頭のアイゼンがいた。
「歓迎会のダメージがようやく抜けたからなァ。たまには顔でも出そうと思ってなァ。で、さっきの連中は新人か?」
「そうよ。……ひっく。マジック・ヘイズってパーティ」
「あの鎧の男はなんて名前だ?」
「ユータよ」
アイゼンは腕組をしながら、彼らの出ていった扉を見つめている。
「アフゥー。面白そうなやつじゃあねえか。今度会ったら、あいつのパーティに俺のアジトへ来いって言っといてくれ」
「うん。その代わり、お酒おごってくれない?」
「……しょうがねえ女だなァ、お前は。いいぜ、好きなだけ飲め」
アイゼンはそう言って、懐から紙幣を二枚取り出した。
「やったぁー!」
「半分はミアの分だ。おまえはたしか酒は飲まないだったな。アフゥー。これで、なんかうまいもんでも食え」
「……アイゼン、ありがとう」
ミアの声がうわずっている。それに、嬉しそうだ。
アイゼンは気づいていないようだけど……私には分かる。
「いいってことよ。おめーらにはいつも世話になってるからなァ。それより、他に面白そうなやつがいたら、俺のとこへ来いって伝えておいてくれ」
しかしアイゼンに一目置かれた彼らは、やっぱり普通の初心者冒険者じゃないのだろう。
――マジック・ヘイズか。
ギルド事務員としてとても興味深い。
彼らには、注目しておこうかな。
カレンはそんなことを思いながら、三本目のボトルを飲み干したのだった。