8.黒の団
二階の個室に案内された。
黒づくめの連中がさっきの男を含めて全部で四人いる。他には誰もいない。
狭い部屋で、なんかハーブみたいな匂いがする。
ん、よく見ると窓際に灰皿がある。
この世界にも煙草があるのか? でも嫌な臭いじゃあないな。
「団長、素質のありそうなやつを連れてきました。……『鍵』、かもしれません」
「……でかしたぞ、『猫』!」
女の声だった。
そいつの頭巾の額の部分には、『団長』と書かれている。
なんなんだ……この謎の連中は。
団長は腕組しながら俺を見ている。
「君、名前を名乗りたまえ」
「……リュートです」
「ほう! 奇遇だな。私の名前もリュートなんだ」
「えっ!?」
まじで?
「……まあ嘘なんだが」
「嘘かよ!」
なんだこいつ。
「ようこそ、我が黒の団へ。私は『団長』だ。よろしく」
「……黒の団?」
「うむ。そして、君にはコードネーム『仮の鍵』を授ける」
「は?」
「では、これを着たまえ。我が黒の団の証である」
団長はごそごそと服の中で動いで、にゅっと袖の下から黒い服を取りだした。
「ま、待ってくれ。おれは黒の団とやらには入らんぞ。この『猫』の人が意味深なことを言っていたからついてきただけだ」
「いいからいいから。私の仲間になれば、月に一回バーベキューに連れて行ってやる。美味しいし、楽しいぞ。甘くて香ばしいトウモロコシはお好きかね?」
「な、なんなんだ、そのちょっとだけ魅力的な提案は。でも、断るぞ。わけがわからん」
俺がそう言うと、黒い服を着てたうちの一人――やけにガタイのいいやつが一歩前に出た。この人の額には『弱』と書いてある。
「ね、ねえ。やめようよ。迷惑してるよ、その人」
がばっ! とその人は黒い服を脱いだ。
めちゃくちゃイカつい顔をしたモヒカンの男が出てきた。
どこが『弱』なんだ? その両腕を出した黒いジャケットのせいもあって、海外のメタルバンドマンみたいだぞ。どうみても見た目は『強』だろ。
「あ、おい。ジャック。脱ぐんじゃねーよ……ったくよぉー。ま、いいや。俺も、もう飽きたぜ」
続けて今度は『男』と書かれたやつが服を脱いだ。
金髪の美青年が登場した。中性的な顔立ちで、額に鉢巻きを巻いている。彼は鎧を着て、背中にでかい剣を背負っていた。頭の後ろに手を組んで、不機嫌そうにしている。
にしても、すごい綺麗な顔の男だな。
「じ、じろじろ見んじゃねーよ。ぶっ飛ばすぞ」
怒られた。
「ふむ……。では次は私の番だな」
ば! と団長が服を脱いだ。
「見たまえ! これが私の本体だ! ハローワールド!」
髪の長い白衣の女性が出てきた。眼鏡をしている。なんだか頭のよさそうな人だ。寝不足なのか、くまがくっきりと目の下に浮かんでいる。
「どうした? 美人すぎて言葉を失ったのかね?」
たしかに美人ではある。でも絶対変人だ。っていうかすごい早脱ぎテクニックだな。慣れてるんだろうか。
「でも、私は男なんだ。惚れるなよ?」
「え!?」
女にしか見えん。
「……まあ嘘なんだが」
「………」
「きれいなおねえさんは、お好きかな?」
俺、この人、苦手だ!
「だ、団長まで! ……くそったれぇ! 我が真の姿! とくと見よ! うおおおお!」
最後に猫が服を脱いだ。
俺と同じくらいの歳の男が出てきた。なるほど。釣り目であごが小さくて、『猫』っぽい顔をしている。だから『猫』か。
ずいぶん前振りが長かったけど……。
「最後のお前は普通なのかよ!」
「……え?」
みるみるうちに青ざめた顔に変わってしまった。
落ち込ませてしまったかもしれない。
「で、あんたら何なんだ? さっきの『使えるのか?』とか『カタストロフィ』とか『鍵』とか、一体何を言っていたんだ?」
「…………ふふ、仲間じゃないやつには教えられんな。君は『鍵』じゃあなかった。それだけのこと」
団長は胸ポケットから煙草を取り出し、口にくわえ、シュボッ! とライターで火をつけた。
モクモクと白い煙があがりはじめた。
……ハーブの匂いだ。
「ふ、ふざけてるだけなんだよ。ご、ごめんよぉリュートくん」
モヒカン大男『弱』が慌てた口ぶりでそう言った。イカつい顔のくせに、ずいぶんと弱気な顔をしている。だから『弱』なのか?
「ふざけてるだけ?」
「そう、ごっこ遊びだ。そういうことだと思っていれば、君はそれでいいのだ」
「ま、またそうやって……。ダメだよグリコ! 迷惑かけないっていうから、これ、一緒にやってあげてるのにぃ!」
グリコというのが『団長』の本当の名前か?
……くそ、よく分からんが、気になる。
「おい、黒の団に入れば、色々と教えてくれるのか」
「君が『鍵』であればね」
「……」
「……ちなみに黒の団に入ると、たまにカニが食える。私の実家が漁師なんだ」
「……。黒の団に加入しよう……」
と俺は思わず言ってしまった。
……しまった、食い物につられてしまった。
「よろしい。ではこれを着たまえ」
団長が俺に黒の衣装を渡してきた。
「ま、待ってくれ。今日は忙しいからまた今度にしてくれ」
シャルロッテとアイリスも置いてきてしまったし。
「よろしい。だが、くれぐれも黒の団に加入したなどと他言するなよ。……最悪、死ぬぞ?」
……何があるんだよ。
「だいたい私たちはここへいるから、また来い」
そんなこんなで俺は黒の団に加入し、とりあえず部屋を出るのだった。
…………。
……。
* * * * *
アイリスがギルドでの各種手続きを進めた。
どういうものかというと、手紙などの郵送物を代理で受け取ってもらう手続きや、ギルドの所有するレンタル倉庫を借りるための手続きなどだ。
拠点のない新米パーティは、こういうサービスを受けることができるらしい。
アイリスはさっそく、離れて暮らす家族に手紙を出したようだった。
レンタル倉庫はもちろん有料だが、自分たちだけでレンタルするよりもずいぶんと安いらしい。
ボリュームディスカウントがどうとかいう説明を聞いたが、よく分からなかった。
それらが終わってから、俺たちは拠点を出て、いよいよダンジョン『人形館』を目指すことにした。
バスに乗った後は、だいたい六時間くらいかけてダンジョンのそばに行くらしい。
まだバスの時刻まで少し時間があったので、適当に街をぶらついて、途中で昼をとりながら、のんびりとバス乗り場まで向かっていった。
歩きながら、俺はふとこんなことを聞いてみた。
「つかぬことを聞くけど、この世界には携帯電話はないのか?」
「携帯電話? どういうもの?」
「持ち運べる電話だよ」
「どうやって持ち運ぶの? 詳しく知らないけど、電話って、線でつながってるんでしょう?」
「携帯電話には線がないんだ」
「……? じゃあ繋がらないじゃない? どういうこと?」
うーむ。この異世界には携帯電話はないようだ。
「はぐれたらどうやって連絡を取り合えばいいんだ? ほら、昨日だって歓迎会の会場で一時的にはぐれちゃっただろ?」
「『ハイファミリア』の拠点で待ち合わせにしましょうか。伝言も預かってくれるし」
「なるほど、いい案だ」
携帯電話はないのか。電子機器とかも見ないし、その分野は、俺の世界の方が進んでいるのかもな。
「もう少しランクがあがれば、ギルド内での連絡手段を使わせてくれるみたいなんだけどね」
「ふうん」
携帯電話じゃないのなら、なんなんだろう。
魔法的なあれか?
そんな会話をしながら歩いていくと、やがてバス乗り場に到着した。
フィーネは、やっぱりいないみたいだ。
別の方法ですでに現地に向かっているのだろう。
さて、ダンジョン『人形館』か。
いったいどんなところやら……。今回は何もなければいいが。
…………。
……。
* * * * *
……。
…………。
バスによる長い移動を終え、ダンジョン付近の停留所に到着した。
今回は乗客が俺たち以外にいなかったので、俺はバスの中で眠るようにした。
アイリスとシャルロッテは昨夜の睡眠時間が長かったせいか、あまり眠たくなかったらしく、ガールズトークに花を咲かせていたとのことだ。
ここまで起伏のある山道を走ってきた。周囲は竹藪に囲まれており鬱蒼としている。
すでに日は沈んでいる。
この山道をさらに登った先に、その『人形館』はあるらしい。
降りてすぐ、フィーネの姿を見つけることができた。彼女の周囲がライトアップされていて、めちゃくちゃ目立っていたのだ。
うん? なんだあれは?
フィーネの立つ横に何か大きな箱が置いてある。箱には赤い布がかかっているようだ。
「リュートさーん、みなさーん! こっちですよー!」
道化師の仮面をつけたフィーネが手を振りながら俺たちを呼んでいる。彼女は昨日と同様、黒いドレスを着ていた。
俺たちはフィーネの方へ近づいた。
「ごめんね、待った?」
「いいえ、私もさっき着いたばかりです」
とりあえず、この箱が気になるぞ。
ビチャ。
と、そんな音が箱の中から聞こえた。
なんだ? 何か生き物が入っているのか?
「フィ、フィーネ? この箱はなんなんだ?」
ビチャ、ビチャビチャ。
「はいっ! これはですね――」
フィーネはばっと布を取り外した。