7.ようこそ『ハイファミリア』へ!
俺たちは冒険者ギルド『ハイファミリア』の拠点へやってきた。
扉には大きな船の梶が飾りとして設置してあって、その上に、翼と剣をモチーフにした紋章が大きく描かれている。
緊張しながら扉を開くと、一見、酒場の店内のような雰囲気のホールが広がっていた。
実際、酒場なのだろう。
さすがに午前中からお酒を飲んでいる人はいないようだが、カウンターの向こうに酒瓶がたくさん並んでいる。
店内には装備をした人たちが多くいて、活気にあふれている様子だった。
日本だったら、入店したら店員が案内してくれると思うけど、この店(?)にはそういったサービスはないようだ。
出入りする人たちの邪魔にならないように、俺たちはとりあえず壁際に避難した。
俺はきょろきょろと店内を探ってみた。
……よかった。昨日の格闘家はいないみたいだ。
その代わり、妙な四人組を見つけた。
頭のてっぺんからつま先まで、全身を黒い布ですっぽりと覆っている。目の付近は丸い穴が空いている。まるで怪しい教団のような風貌だ。
なんだ、あの人たちは……?
「ねえ、とりあえず、カウンターに行ってみましょうか」
アイリスがそう言ったので、いったん彼らのことは考えないようにして、カウンターへ行くことにした。
カウンターに女性が立っている。
俺たちが近づいていくと、その女性は愛想のいい笑顔を浮かべた。
「見ない顔ですね?」
「は、はい。そうです。あの、私たち『ハイファミリア』へ加入したいんですけど……」
アイリスは加入チケットを提出した。
「あら! 昨日の歓迎会に参加されたんですね。ようこそ『ハイファミリア』へ! 私は当ギルドの事務を担当しています、カレンといいます。よろしくお願いしますね」
「はい。よろしくお願いします。私はアイリスです」
「よろしく……お、お願いします。わ、わた、私、シャルロッテ……です」
ずいぶんたどたどしいぞ? ……あ、ひょっとして敬語が喋り慣れてないのか?
「リュートです」
ぺこりと頭を下げると、カレンさんはにこりと笑った。
よかった。ハイファミリアにも普通の人がいるのだな。
「早速ですが、こちらの用紙に記入して、冒険者ライセンスのカードと一緒に私へ提出していただけますか?」
カレンさんはカウンターの下から用紙とペンをとって、俺たちへ渡してくれた。
中を見ると、冒険者ライセンス番号、名前、所属するパーティ名を書く欄がある。
俺は文字を書くことができないので、アイリスに書いてもらうことにしよう。
……そのうち文字を覚えてみようかな。書けないと不便そうだし。
三人分の用紙を記載し、ライセンスカードと一緒に提出する。
番号、氏名、顔写真をたぶん確認しているのだろう。しばらくして、カードだけ返却された。
「それではギルドのシステムを説明しますね」
そう言って、カレンさんは説明を開始してくれた。
一、国へのダンジョン内アイテムの納品をギルドが代行してくれる。ただし手数料として報奨金の一部をギルドへ支払う必要がある。
二、Dランクまでの昇格試験を国に代わって執り行ってくれる。
三、希望すれば、ギルドから報奨金の出るミッションを紹介することができる。
四、ギルドからミッションの依頼をすることがある。強制ではないが、できればその時は協力してほしい。
大雑把に、上記四点がギルドのシステムのようだ。
ミッションの話が出たとき、
「やっぱり最初は薬草とかを集めたりするんですか?」
と、そんなことを聞いてみた。
俺のおぼろげな異世界知識では、冒険者ギルドとは、そんなことをする組織だった気がするのだ。
「……えっと、どういう意味でしょうか?」
カレンさんに苦笑いをされてしまった。そういうのではないようだ。
「んじゃあゴブリン退治とかですか?」
「それは……ごく稀にありますけど、そういうのは冒険者の仕事じゃなくて、紅蓮の騎士の仕事ですからね」
紅蓮の騎士……。そういえば、どっかで聞いたな。
えっと――。
そうだ、シャルロッテの屋敷のそばにあった迷彩カラーの建物で、あの男女が話していた気がする。
王国直属の戦闘部隊、みたいな言い方をしていたっけ。
そうか、モンスターを退治するのは紅蓮の騎士とかいう連中の仕事なんだな。
「あ、でも。ゼロ階層のモンスターが増えているダンジョンの攻略に、特別な報奨金が出ることはありますよ。お金を出すのはギルドじゃなくて国ですけどね」
「ゼロ階層?」
アイリスが小さな声で、
「ダンジョンの近くのモンスターが出現するエリアのことよ」
と教えてくれた。
そういえば最初にいたあの森もそうだったし、青の塔付近にもモンスターが出るって言ってたな。
ほう、ゼロ階層というのか。
「他には、懸賞金の出ている危険指定モンスターとかがいたりしますね。これもギルドのミッションじゃなくて、国からの特別報酬です」
「へえ」
「色々言いましたけど、やっぱりギルドのミッションは、特定のアイテムの入手が多いです。ドロップ品だったり、スペルカードだったり。冒険者の活動はダンジョン探索ですからね」
「そうなんですね」
それでお金がもらえるなら、積極的にチャレンジしてもいいかもしれない。
「以上で説明は終了しますけど、不明点があればいつでもご遠慮なく聞いてください。それでは、あらためまして! ようこそ『ハイファミリア』へ!」
どん!
カレンさんがカウンターの下から緑色の角瓶を取り出し、カウンターの上へ力強く置いた。
「あの、それは一体?」
「お酒ですよ? 新しい仲間が増えたお祝いですからね!」
指を器用に動かして、瓶のふたを開けた。甘ったるい強烈な匂いがする。
「あの、俺たち金をあまり持ってないんです」
「……? これは私のものですけど……? あ、飲みます? おごりますよ?」
「い、いえ……」
「かんぱーい! ひゃっはー!」
彼女はそのまま瓶に口をつけてラッパ飲みしはじめた。
そんなに一気に……だ、大丈夫か? 水みたいな勢いで中身の酒が減っているぞ。
半分ほど減ったところで、きゅぽん、と音を立てて口と瓶が離れた。
「ッパハァァァー! 昼間の祝い酒はたまんねえなぁ!」
……どういうことなんだ? 俺は今、何を見せられているのだろう。
俺は今、猛烈に困惑している。
「ういっく。……あんたたち、もう行きなさい。若い子を見ると悲しくなるの。とてもね」
「……はい」
目が座りはじめたカレンさんに会釈して、俺たちはそそくさとカウンターを離れた。
よく分からないけど、あの人も変人だったということだろう。
「ねえ! リュートくん! 見て、地図がある!」
「あ、本当だ」
壁に大きな地図が張ってある。
おお! あれがこの国の全貌か?
地図に近づいて眺めてみた。
なるほど、こういう形の国だったのか。かなり広いのが分かる。
ふむふむ。
この街『メリルスター』は国の中央よりやや南にあるようだな。
「ここまま下に行けば、海があるんだね」
「だな!」
アイリスの計画表では、海も見れることになっていた。早く見せてあげたい。頑張ろう。
そういえば、俺の目覚めた森はどこらへんだろう?
空中で指を動かして、地図をなぞる。
たぶんここらへんがシャルロッテがいた所で……。
そのまま指を動かす。
うん? なんか黒い星印がついている場所がある。『絶望の森』……。
ここかな、たぶん。
俺の鎧の名前も『絶望の鎧』だったし。うん。たしかに絶望を感じる森だったな。
星印はこれと、もう一つある。こっちは黄色だ。なんだろう、これは……。
「あれはね、世界七大ダンジョンよ」
とアイリスが教えてくれた。
「七大ダンジョン?」
「うん。生還率0%、前人未踏のSランク指定ダンジョン。この国は二つ所有しているわ」
「生還率0%……」
たしかに人間の体だったら不可能だった気がする。食料が一切なかったからな……。
もう一つの方も同じような感じなんだろうか。強くなれるなら行きたいとは思うけど……。
「そういえば、最近この絶望の森の封印が解かれちゃったかもって噂を聞いたわね。避難勧告があったけど理由が明かされなかったとか。……本当だとしたら大騒ぎになってるだろうから、何事もなかったんだと思うけど」
「へ、へえ……」
やっぱりあの時のサイレンは俺のせいだったのかな。
「リュートくん……」
「ん?」
ふとシャルロッテが不安そうな顔をしていた。
「見て」
シャルロッテが指をさした方を見ると、また別の紙面が張り出されていた。
スジャーラドラ 異国の勇者サイに討伐される!
王国は今月五日、王国南部の森に封印されていた第四級危険指定ネームドモンスター『スジャーラドラ』が、先月二十日、異国の勇者の手によって討伐されていたことを明らかにした。
討伐したのは遠い国からやってきたサイと名乗る男性で、大過の日による深刻な影響が色濃く残る我が王国を憂いて本国へやってきたという。
勇者は今後、王国内の危険指定モンスターの討伐を無償で実施していく考えを表明した。王国はこれを支援していく方針だ。
勇者の今後の活躍に市民の期待は高まっている。
とあり、その下にスジャーラドラのリアルなイラストと、犀川がスーツを着た人と握手している写真が写っている。
「こ、これは……」
「どうしたの?」
アイリスが俺たちを心配してそう声をかけてくれた。
「俺とシャルロッテが出会った一件が記事になってる」
「…………そう、なのね。これが……」
やつがボランティアでモンスター退治をするなどありえるか?
……絶対によからぬことを企んでいるに違いない。
俺やシャルロッテのことが記事にされていないみたいで、それはよかったけど。
うーん、何か裏がありそうだ……。気味が悪いな。
はぁー、テンション下がる。
「シャルロッテ、あっちにアイテムとか売ってるみたいなの! 一緒に見に行かない?」
「……うん、行くっ!」
アイリスがそういうと、シャルロッテがぱっと表情を明るくした。たぶんアイリスが気をかけてくれたのだ。
「カタストロフィの日は近いな……」
ん? そんな言葉がふと後ろから聞こえた。若い感じの男の声だ。
「リュート、行かないの?」
「ん、あぁ。さっきに行っててくれ」
アイリスは不思議そうにしたが、すぐにシャルロッテとともに建物の奥へ進んでいった。
「やはり予言どおり……か」
また妙なことを言った。
俺はゆっくりと振り返ってみた。
さっきの怪しい教団っぽい連中の一人だ。犀川の写真を見ている。なんだろう、気になる。
黒い服を被った人に、俺は思いきって話しかけてみることにした。
「あ、あの、カタストロフィってなんですか?」
「ん? なんだ、貴様は……! はっ!」
彼はばっと手を挙げた。オーバーリアクションだ。
っていうか額の所に文字が書いてあるな。『猫』……?
「ま、まさか、貴様も――使えるのか?」
使える? なんのことだろう。
「いや、いい。忘れてくれ。さらばだ」
「ま、待ってください!」
もしかして――ユニークスキルのことか?
「さっきの質問。……つまり、あなたも……使えるんですね?」
「……っ!」
黒い頭巾にぽっかり開いた二つの穴が俺を見ている。
「……魔眼。この言葉に聞き覚えはあるか?」
なっ! それは、あの魔猿のスキルじゃあないか……。
なんだこの人は。何か知っているぞ。
「聞き覚え、あります……。あの、話を聞かせてください! あなたは――」
「待てっ! どこで誰が聞いているか分からんぞ。やつらはどこにでもいる……」
やつら……? 何者なんだ?
「あとで話を聞かせてやろう――と言いたいところだが、その前に、さ、さっきの美少女たちは貴様の仲間なのか?」
くるりと黒頭巾が動いて、アイリスとシャルロッテの後姿を見ている。
「そ、そうですけど」
「…………」
男は、げし! と俺のすねを蹴ってきた。
「な、何をする!」
痛くはない。が、なんか腹が立ったぞ。
「俺は貴様のようなやつは嫌いだ! が、いい。とりあえず来い。団長に会わせてやろう。貴様は素質がある」
黒頭巾の男は、そう言って歩きだした。どうやら二階へ進むみたいだ。
ついていってみよう。
…………。
……。