5.加入ギルド検討会議と次回ダンジョンアタック
俺たちは一階へとやってきた。シャルロッテとアイリスを探すためだ。
いつの間にか乱闘騒ぎは収まっており、今はわりと穏やかな時間が流れている。その代わり、倒れている人が増えてるけど……大丈夫か?
なんだか周りの人がこっちを見てる気がする。たぶん、彼女が仮面を装着しているからだろう。この仮面は人目を引くからな。
どうして仮面をつけているのかは聞いていない。たぶん素性を隠したい理由でもあるんだろう、と思ったからだ。
「ところでフィーネさんは、新人冒険者なんですか?」
「フィーネ……さん?」
「あ」
彼女は悲しそうな声でそう言った。たぶん呼び捨てにしなかったせいだ。
「フィーネ……は、新人冒険者なのか?」
「いいえっ! 私は何年も前に冒険者になりましたの」
返事をしてくれた。変わった人だなあ……。
「そ、そっか。じゃあどこかのギルドに所属を?」
フィーネは首を横に振った。
「私はギルドへは加入していません」
彼女の胸元にはカードがなかったのだが、どちらでもないのか。
「じゃあ、どうしてここへ?」
「それはもちろん、リュートさんにお会いするためですっ!」
「……へ、へえ……」
こんな綺麗な女性にそう言われて嬉しくないわけはない!
ないけど……。
なんでこの人は、俺にそうまでして会いたかったんだ? 助けに入ったつもりだったけど、結果的には邪魔しただけだったぽいし。
身に覚えがない。何か勘違いしているのだろうか。
「こ、困ります。私たち、男の子とパーティを組んでますから。だから、ごめんなさい」
うん……? この声は。
一瞬、アイリスっぽい声が聞こえたのでそちらを見てみた。
人だかりができている。
そちらへ進んでいくと、その奥に、アイリスとシャルロッテの姿を見つけた。
彼女たちは大勢の女性に囲まれていて、困ったような顔で愛想笑いを浮かべている。
「あ、リュート!」
アイリスが俺に気がついた。
二人は群衆をかき分け、こちらに駆け寄ってきた。
「どうしたんだ? この人だかりは」
「う、うん。なんだか気に入られちゃって。お断りしてるんだけど……」
この人たちは『百花繚乱』の人か。
女の人たちは俺と目が合うと、露骨な嫌悪感を顔に浮かべた。
「彼が私たちとパーティを組んでいる人です。だから、すみません」
「……本当に男性とパーティを組んでいたんですね。……分かりました。気が変わったらいつでも来てください。私たちは貴女方を歓迎します」
彼女たちはそう言ってぞろぞろと引きあげていった。
シャルロッテがほっと溜息をついた。
「リュートくんが来てくれてよかったよ……もう少しでギルドに入れられちゃうとこだった」
よく見ると、周りに人がたくさん倒れている。シャルロッテとアイリスを巡る戦いでも繰り広げられていたのだろうか。
「そっか。はぐれちまってごめんな」
「ううん。すぐ合流できてよかったよ。――リュートくん、その人は?」
「あぁ、この間、モンスターハウスで会った人がいるって言ったろ? この人がそうなんだ」
「フィーネです。よろしくお願いします」
「よろしくね! 私、シャルロッテ!」
「私はアイリスです。この間はリュートがすみませんでした。宝箱の中身は取ってありますから」
「………」
フィーネは答えない。どうしたんだろう。
「あ、あの?」
アイリスが不思議そうに言ったが、フィーネは彼女ではなく俺に話しかけてきた。
「……リュートさん、この人たちがさっき言っていたリュートさんの仲間ですか?」
「うん、そうだけど」
「……へえ。そうなんですね」
うん……? なんだか言葉の響きに不自然さがあった。
が、仮面のせいで表情が分からなかった。
「アイリスさん、シャルロッテさん、あの時の宝箱は、どうぞ、みなさんの物にしてください。モンスターのほとんどを倒したのはリュートさんでしたから、お気になさらないで結構ですわ」
「そ、そうですか……? じゃあありがたく貰っちゃいますけど」
「はい。……ではリュートさん、さっき二人っきりで決めた話を、この方たちにしていだただませんか?」
なんだか意味深な抑揚があったぞ……。それになんだか迫力がある。
「次のダンジョンにフィーネが一緒に行くことになった。いいか?」
「え、なんでよ?」
「……そ、それは」
密室で胸を押し付けられて思わず言っちゃったから、なんだけど。
「っていうか二人っきりって? ……なに?」
アイリスの目が鋭い。
「ま、まあ、色々あってそうなったんだ!」
と言っておいた。
「ふうん……」
疑われている。なんだか後ろめたい気分になってきた。
「私はもちろんオッケーだよ。えへへ、楽しみだなぁ」
シャルロッテがにまーっと満面の笑みを浮かべた。嬉しそうだ。
「フィーネちゃんの仮面はおしゃれでつけてるの? 可愛いね」
あ……。
シャルロッテは俺が聞いていなかったことを、ごく普通に聞いた。
っていうか、可愛くはないだろ、可愛くは……。
「えぇ、そのとおりですよ」
本当か?
うーん。……やっぱ表情が分からないと、彼女の感情が読み取りにくいな。
「フィーネちゃんは何歳? 私もアイリスちゃんもリュートくんも、みんな十五歳だよ」
「リュートさんは年上と年下、どちらの女性が好みですか?」
「え? な、なんで?」
「急に知りたくなりました」
なんでだよ……。
「うーん。別にそういうのは特にないけど」
「そうですか。じゃあ、私は十五歳です」
じゃあ!?
「同い年だっ!」
シャルロッテは信じた様子だけど……。
フィーネはもっと大人っぽかった気がするぞ。
「同い年なのに、すごいおっぱい。いいなぁ」
ぶっ!
シャ、シャルロッテ。君は平然となんてことを……。っていうか自分の胸をまさぐるのをやめてくれ……。目のやり場がないぞ。
「ところでリュートさんは大きいのと小さいの、どちらがお好きですか? 小さいのだと、とても困ってしまうのですが」
とりあえず無視しておこう。
「アイリスはどうなんだ?」
「えっ!?」
と言って、アイリスは自分の胸を見下ろした。
「違う違う。天然か? ダンジョンの件だよ」
アイリスはカッと顔を赤く染めた。
「……こ、こほん! まあ、リュートとシャルロッテがそういうなら、私は反対しないけど……」
ただし賛成をしているわけでもない、という感じか。
まあ、この仮面は怪しく見えるからなぁ。
「でも、私たち冒険者になったばかりなの。ソロでダンジョンに挑めるあなたのレベルに合うかしら?」
「えぇ、それなら心配ございません。私も初級ダンジョンしかいきませんし、ランクもFですから」
「そうなの?」
「はいっ! では了承していただけた、ということでいいですね。ふふ、よかったですっ!」
彼女は素早く俺の両手を握って、むぎゅっと胸を押し付けた。
「うお! フィ、フィーネ?」
「リュートさん、よろしくお願いしますね!」
「う、うん。分かったから離れてくれ……」
俺が言うと彼女はぱっと手を離した。
ふう……。もしかして、ずっとこんな感じなのか?
だとしたら大変なことだぞ……。
「……ねえ、リュート……?」
アイリスが俺が睨んでいる。
「な、なんだよ」
「…………なんでもない」
アイリスはぶいっとそっぽを向いた。
やれやれ、なんだか怒ってしまったみたいだ。
「皆さんは次のダンジョンへはいつ行かれるのですか?」
「それが、まだ決めてないの。ギルドに加入してからの方がいいかな、と思って」
アイリスが口調を崩してそう言った。
「そうでしたか。決まっていれば待ち合わせができたのですが……。あ、そうだ。みなさん、宿はお決まりですか?」
「……いいえ。実はこのあたりは宿がいっぱいで、まだ取れてないのよ」
「そうですかっ! でしたら――」
フィーネはぱん、と手を叩いた。
「――私の泊っている宿にしませんか? 空室がいくつかあったと思いますから。次のダンジョンアタックの日程が決まるまで、一緒の宿に泊っていただけたら、色々とスムーズだと思いますっ!」
俺たち三人は顔を見合わせた。
特に断る理由もない、と言葉なく確認し合う。
「そうね、それじゃあ、そうしようかしら。……もう行きましょうか?」
「え? もういいのか?」
「うん。どこのギルドにも加入できることが分かったからね」
アイリスはそう言って、ポケットからチケットのようなものを取り出し、にやりとかっこいい笑い方をした。
「戻って、作戦会議よ!」
…………。
……。
* * * * *
あれからすぐに歓迎会の会場を出て、フィーネとともに俺たちは寂れた宿屋へやってきた。
入り組んだ路地の奥にぽつんと建った宿で、まさに隠れ家という感じの場所だった。
料金も安く、二人部屋が二つ空きがあるということで、特に拒む理由もなく、俺たちは今夜、ここへ泊まることにしたのだった。
ひとまず今後の作戦会議をしよう、ということで、俺たちはロビーのテーブル席に着席した。
もちろんフィーネもこの場にいる。ここには俺たち以外に人がいないけど、彼女はやっぱり仮面をつけていた。
「で、ギルドについてなんだけど、どうしよっか? 『百花繚乱』はリュートがいるから無理だとして、残るは三つのギルドなんだけど、それぞれのギルドへの加入チケットは入手済みよ」
「加入チケット?」
「うん」
アイリスはテーブルの上に掌くらいのサイズの紙を何枚か並べた。
「これを持っていけば、ギルドへ入れるそうよ。あの場にいなかったリュートも、ちゃんと適用されるから大丈夫」
「そっか。ありがとう」
アイリスとシャルロッテは俺がぐたぐたやっている間にも、しっかりと仕事をしてくれていたようだ。
「ところでギルドって加入しないといけないものなのか?」
俺はそう聞いてみた。
「んー、絶対入んないとダメってわけじゃないけど、ランクを上げるのにもお金を稼ぐのにもメリットはあるし、他にも色々といいことがあるのよ」
「ふーん。でも、フィーネはギルドに入っていないそうだぞ」
「はいっ! 私は自分の認めたものにしか所属したくない主義ですから。私が所属したいのは、世界でただ一人、リュートさんだけですっ! ナンバーワンかつオンリーワン!」
「…………あははは!」
とりあえず笑っておいた。
……う。アイリスが俺を睨んでいる。
どうしろと言うんだ? 俺だって困ってるんだぞ。
「そんな風に言うってことは、リュートくんは、入りたいギルドがなかったってこと?」
「うーん、そうだなぁ……。『天空の騎士団』は【竜騎士】を目指している団体らしいから、ちょっとやめておきたいなぁーと。だから『ハイファミリア』か『スプリットホライズン』のどっちかにしたいけど、どっちにも変な人がいたんだよぁ」
『ハイファミリア』には格闘家アモンが、『スプリットホライズン』には探偵女コレットがいた。
「そうねえ。『ハイファミリア』にしましょうか」
「え、なんでだよ?」
「私も色々と話を聞いたけど『スプリットホライズン』は『ハイファミリア』と比較して、冒険者の行動を制限する印象を持ったわ。私はともかく、リュートやシャルロッテには向いてないと思うの」
たしか『スプリットホライズン』は、最短ルートでダンジョンを攻略することを推奨するギルド、って『天空の騎士団』団長のレグさんが言ってたっけ。
……なるほど。アイリスの言うとおり、俺は強くなるためにいずれ高難易度のダンジョンに挑みたいし、シャルロッテは色んな場所に行きたいという希望がある。
何よりランクが上がりすぎてはいけない。国に目をつけられる可能性があるからだ。
だからアイリスが作ってくれた計画表が、俺たちにとってはベストなのだ。
それにアモンとコレットを比較すると、アモンの方がまだなんとかなる気がする。倒してしまえばいいからだ。
コレットの方は、たぶん俺の手には余る。ミステリー小説の愚かな犯人のように、最後には何もかも暴かれてしまうだろう。
「シャルロッテはどう? 何か考えはある?」
「ううん。私、よく分かんないから、アイリスちゃんとリュートくんにお任せするよ」
「そう。リュートはどう?」
「『ハイファミリア』にするのは構わないけど、ずいぶん簡単に決めるんだな。そんなんでいいのか?」
「うん。合わなければ抜けちゃえばいいしね。他のギルドに変える人も結構いるそうよ」
「ふーん。結構緩いんだな」
よし。あの『アモン』とかいう格闘家が次に絡んできたら、もう倒してしまおう。敵わないと分かれば挑戦してこないだろう。
「明日『ハイファミリア』の拠点に行ってみて、それで最終決定しましょうか。二人ともそれでいい?」
俺とシャルロッテは二人とも了承した。
「じゃあ次は、次回ダンジョンアタックの話し合いですねっ!」
仮面で表情は見えなくとも、待ってましたという感情が声から伝わってきた。
「実はダンジョンはもう候補を決めてあるの。そのダンジョンの名前は――『人形館』!」
なんだその殺人事件が起きそうなネーミングは……。ちょっと恐いぞ。
「階層数は『5』。難易度は『青の塔』よりやや上ってところね。この街からそれほど離れてないし、そのダンジョンのドロップ品はランクアップの条件の一つになっているわ」
「ふうん。で、いつ行くんだ?」
「そうねぇ。明日ギルドに行って、その足でバス乗り場に向かって……昼の黄の刻前後でバス乗り場で待ち合わせしましょうか?」
黄の刻とは、俺の世界の正午らへんの時刻のことだ。
「フィーネはそれでいいか?」
「あの、できればダンジョン側の停留所の方で待ち合わせにしていただけませんか? バスの到着時刻に合わせて、私も行きますので。本当は一緒に行きたいんですけど、ちょっと時間が読めない予定が入っていて……」
「……えぇ、それは構わないけど、でもバスの本数が少ないから、同じバスに乗れないと、合流時間が結構ずれちゃうわよ? 別の日に変える?」
「いいえ。明日で大丈夫です。私はバス以外の交通手段を持っているので」
へえ。なんだろう。車とか持ってるのかな?
「そう? じゃあ現地で待ち合わせをしましょうか」
「はいっ!」
フィーネはお祈りするように胸の前で指を組んだ。
「……楽しみ、ふふっ」
声だけしか分からないけど、すごく嬉しそうだ。流れでなんとなくこうなったけど、これだけ喜んでくれているのなら、まあよかったと思う。
「じゃあ、いったん部屋に荷物を置きにいきましょうか。なんだか色々あって、今日は疲れたわ……」
…………。
……。