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3.新人冒険者歓迎会②

「き、ききき、貴様……なんのつもりだ。な、なな、なんで男がここにいる……」


「え?」


 そんな声がして振り返った。すると、そこには銀色の鎧を着た女性が立っていた。


 歳は二十前半くらい。ミルクティーのような色の髪をした女性で、左目に眼帯をつけている。


 彼女はぎりぎりと奥歯を噛んだ顔で俺を睨みつけていた。


 彼女の胸元のプレートを見る。『百花繚乱』。たしか、女の人だけのギルドだってアイリスが言ってたな。


「……! お、お前ぇ! 今、私の胸を見たろ!」


 ばっと彼女は胸元を隠した。


「えっ!? み、見てませんて! 俺が見たのはその――」


「……嘘をつくなッ!」


 びりびりと空気が揺れた。すごい迫力だ。


 声を聞きつけたのか、眼帯の女騎士のもとに、同じような鎧を着た女性がわらわらと集まってきた。


「お姉さま? どうされました?」


「あの男にいやらしい目で胸を見られた」


「まあっ!」


 ――なッ!


 女性たちが非難の目で俺を見始めた。


「て、撤回しろ! 俺はあんたの胸なんて見てない! 俺が――」


「黙れッ!」


「み、見てないって言ってんだろうが! いいから聞け! 俺が見たのは――」


「黙れ黙れ黙れッ!」


 この女! 人の話を全く聞かないタイプ!


「見られた私が言ってるんだ! 絶対にそうだ!」


 う……、女たちが汚れたものを見るような目で俺を見ている。


「違う……見てない……冤罪だ!」


「男はみんな嘘をつく。誰が騙されるものか」


 ……そ、それでも俺はやってない!


「ふん、そんなに私の体が欲しいか? いいだろう。ならば、一歩前へ出てみろ。その首をはねてやるぞ」


 彼女はそう言って、腰を深く落として腰元の剣の鞘に触れた。


「ふ、ふざけるな! なんなんだあんたは!」


「こ、これだけ糾弾きゅうだんしているのに、まだ私のことを知りたがるのか? こ、この……変態……ド変態……」


 や、ヤバい。目がマジだ。


「貴様を強姦未遂の罪で処刑する。悔い改めよッ!」


「ノー!」


 俺は殺気を感じて、その場から猛ダッシュで逃げ出した。背中にじりじりと女の覇気が突き刺さる。


 やっぱり俺は転生してから逃げてばかりだぞ? どうなってるんだ俺の第二の人生は?


 ダッシュで通路を進み、階段の前までやってきた。看板がかけてある。どうやらここから先は『スプリットホライズン』のエリアらしい。


 ちらりと振り返ったが、追ってきているのは取り巻きだけのようだ。こちら側のエリアには入ってこず、境界線のあたりから、俺を恨めしい目で睨んでいる。


 彼女たちの視線が切れる場所までやってきて、俺はようやく足を止めた。


「くそ、なんだったんだ、あの眼帯の女は……。頭がおかしいのか?」


 まあいい。今はやるべきことがある。


 アイリスとシャルロッテが心配だ。


 早く探さないと……。


 俺は手すりに身を乗り出して、一階の様子を見降ろした。 


 まだ乱闘は続いている。マジで意味が分からない。どこが歓迎会なんだ?


 どこだ? どこにいる? 巻き込まれてなきゃいいが。


「んー、どうしましたかぁ?」


 ふと声がした。


 また人が現れた。長い黒髪の女の人だ。歳は二十歳くらい。アホ毛がぴょんと飛び跳ねている。この人もまた美人だった。


 ……胸のプレートは見ないようにしておこう。また誤解されても面倒だ。


 こっちから来たから、たぶん『スプリットホライズン』の人だろう。


「ずいぶん不安そうな顔してますね?」


「あ、はい。……その、仲間とはぐれてしまって」


「ん? ……それだけですか? それにしてはだいぶ不安そうな顔っすね?」


「だって……ほら! こんな大乱闘が起きてる! 巻き込まれたら大変でしょう?」


「あぁ、なるほどっす」


 彼女はぽん、と手を叩いた。


「大丈夫っすよ。新人には手を出しませんから」


「え、でも」


 俺は襲われたけど……、と思いながらもう一度下の様子を眺めていた。


 たしかに戦っているのはギルドの人たち同士だ。


「本当だ……」


 よく見ると、新人は戦闘には参加していない。新人同士で話していたり、ギルドの人たちに話しかけられていたり。壁際で縮こまってるやつもいるけど……。


「あの、なんなんですか? これ」


「んふふん。まあ、新人争奪戦ってやつっすかね。他のギルドに優秀な人材を取られないように、潰しあうんすよ。毎年恒例っす」


「へえ……」


 俺があの筋肉に絡まれたのはイレギュラーだったのだろうか。


 ……つまり運がなかっただけか? ちくしょう……。


「えっと、私、『スプリットホライズン』のコレットと申します」


 彼女は右手を差し出した。


「俺、リュートです」


 俺は彼女の手を握った。


「そうすか。リュートさんっすね。覚えました。私のことはコレットと呼んでください」


 コレットさんか。


 よかった……ついに普通の人に出会えたぞ。


「もしくは、雌犬めすいぬでも可。……えへ」


 ……前言撤回だ!


「あは……犬って可愛いっすよねぇ……」


 とろんとした顔をしている。駄目だ。この人もなんかおかしい。


 っていうか、握手ってこんな長かったっけ? 離してくれないんだけど。


「んー、ところでリュートさんは、不思議っすねぇ」


「え?」


「んふふん。私、あなたに興味がわいてきましたよぉ。えぇ、とっても」


 彼女は好奇心の強そうな目を俺に向けた。


 なんだか妙に迫力があって、俺は握手した手を強引気味に離した。


「不思議っていうのは?」


「そうっすね。リュートさんがダンジョンへ行き始めたのは、ごく最近ですよね?」


「……なッ!?」


「びっくりしました? びっくりしました?」


 コレットさんはぐいっと俺に顔を寄せた。食い入るような瞳だ。


「んふふん、可愛い顔ぉ……はぁ……はぁ……ヤバいよぉ……」


 ……冒険者ってやつは、変人しかいないのか?


「俺は新人冒険者なんですから、ダンジョン経験が浅いのは当たり前では?」


「ほほーう。なるほど。リュートさんは、そう思ってるっすね?」


 ……違うのか?


「冒険者ライセンスがなくても、入れるダンジョンがあることはご存じですか?」


 そういえば、アイリスもダンジョンへ行ったことがある様子だったな。


「通常、冒険者試験に合格するためには少なくとも二年間は経験を積むべき、と言われています。でも、リュートさんは二年の経験があるように見えなかった」


「どうしてそれが……」


「その荷物っすよ」


 彼女は俺の背中のバックパックを指さした。アイリスから金を借りて購入したものだ。


「ほら、表面が綺麗でしょう? ダンジョンを何度も挑んでいると、小さな傷がたくさんついて、ズタボロになってっちゃうんすよ」


「……でも、買い替えたばかりなのかもしれませんよ?」


「そのバックパックは初心者用で有名なやつなんです。安くてシンプルで使いやすくはあるけれど、冒険者に合格できるくらいの経験者からすれば、ちょっと物足りません」


「た……たまたま金がなかっただけの可能性だってある。バックパックを最近紛失してしまった。だけど買い直す金がなくて、とりあえずこのバックパックを買った。ほら、俺が経験不足だという証拠にはならない」


 俺はなんだかむきになってそう言った。


「あはは。たしかにそうなんですがね、買いなおすにしても、それを選ぶのは不自然なんすよ。初心者用の道具を使い続ける人って、かなり稀なんです。……ともかく、そんな理屈で私はリュートさんが最近ダンジョンに行き始めたばかりだと思ったわけで、結果として正解だったわけです。まあ、それ自体は珍しいことじゃありません。パーティで攻略すれば冒険者になれますからね。でも、そのダンジョン初心者であるリュートさんが、どうして三階にやってきたのかなぁと、私はそう思ったんです」


「……? それがどうかしましたか?」


「だってぇ、リュートさんは仲間が心配だったんでしょう? 見渡すだけなら二階で十分なはずです。じゃあ三階に用事があったのかなーと思いましたけど、向かいは男子禁制の『百花繚乱』だし、私たちの『スプリットホライズン』の方にも来ていない。……じゃあ、どうして三階に来たのかなぁって。……で、私はこう考えました」


 コレットさんは不敵な笑みを浮かべた。


「リュートさんにとっては二階も三階もどちらでも同じだったんじゃないか? つまり、ここまであっという間にやって来る何らかの手段があった――例えばジャンプしてここまでやったきた……とかがシンプルですかね。仮にそうだとすると、冒険者経験の浅いリュートさんに、どうしてそんな身体能力があるのかって話になる……。ほら、不思議でしょう?」


 ――何もかも見透かしてしまうような深い瞳だ。俺は、その瞳の奥にとてつもない知性が宿っているように思えた。


「んー、なんすかねぇ。ダンジョン以外で経験があるのかとも考えましたけど、その割には手が綺麗ですし……うーん」


 彼女は前髪をくるくると指で弄びながら考え込み始めた。


 ……ま、まずい。なんだかこの人と話をしていると、何もかも暴かれてしまう気がしてきた。


「……そうっすねぇ。当てずっぽうですけど、例えば、何か特殊な力――つまり、ユニークスキルとかを持っているのだったら、辻褄が合うっすかねぇ」


「へえ、そうですか。じゃあ、俺はこれで……さようなら」


「えっ!? ま、待ってくださいよぉ!」


 がしっと腕をつかまれた。


「逃げようとするのは、隠していることがあるからっすね? んー、本当にユニークスキル持ちなんすか? どんな能力なんすか? んふふ、んふふふん。知りたいなぁー。あ、大丈夫ですよ、私が何か暴いたとしても、私はそれを誰にも言いませんから。あは、教えてくださいよぉ、あ、嘘、やっぱ言っちゃだめです。私が当てますからぁ」


 こ、この人はなんかおかしい。普通じゃあない。


 ……。逃げよう!


「さようなら!」


「あ、ちょっとぉ」


 俺は彼女の手を振り払って、すぐに逃げた。振り返ることなく通路を走り、そのまま二階へ降りていく。


 ……スプリットホライズン、か。


 よし。そこもやめておこう。あの人には竜人だということが速攻でバレてしまう気がする。


 階段を降りると、左右に通路が分かれていて、また看板があった。


 左へ行くと『ハイファミリア』、右へ行くと『天空の騎士団』のエリアのようだ。


 せっかくだし『天空の騎士団』の様子も見てみようか? 消去法で、ここへ加入するかもだし。


 ……よし。


 俺はそちらに向かって足を進めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 脳筋の次はヒステリックに迷探偵か(|| ゜Д゜)なんか最近変な奴が増えて来てないか?(´д`|||)
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