2.新人冒険者歓迎会①
ぶらぶらと散歩しているうちに、もう間もなく歓迎会の時刻となった。
日は沈みかけていて、東の空は藍色に染まっている。
酒場がやたら多い裏通りに、歓迎会の会場はあるようだ。細い路地を雑踏をかき分けて進んでいくと、石造りの大きな建物が見えてきた。
砦を思わせるデザインで、壁面にはいくつかのランタンが鎖でぶら下げられている。なんだか厳つい雰囲気だ。
会場の前に行列ができている。装備をしている人が多い。
俺たちはその最後尾に並んだ。
「うわあ、すごい人」
「うん。ここ『メリルスター』は冒険者が盛んな街だからね。ギルドだって四つもあるのよ」
「ど、どうしよう、私、変じゃないかな? みんなが見てる気がするよ」
「たしかに……。もしかしたら、ギルドの人たちがすでに私たちを観察してるのかもしれないわ……。気を抜いちゃだめよ。オーディションはもう始まっているのかも」
それはたぶん、彼らの表情からして、シャルロッテとアイリスが目を惹く美少女だからだろうと思う。彼女たちはそのことに気がついていないようだけど。
――ん?
あれ。俺も視線を感じたぞ。
アイリスの言ってることはマジなのか?
きょろきょろと探ってみたけど、俺を見ていそうな人物は見当たらなかった。
なんだろう。
……ま、いっか。
行列が進んでいき、入り口の様子が見えてきた。
入り口の両脇に、スーツとサングラスを着用した大柄の男が二人立っていた。どうやら、あの人たちに入場料を渡して、冒険者の証であるカードを見せれば、中へ入れてもらえるようだ。
俺たちの番になり、アイリスがまとめて入場料を支払った。
次に冒険者カードを見せると、首からぶら下げるカードホルダーみたいなものを渡された。
中には真っ白なカードが入っている。白いカードをつけている人は、新人の冒険者という意味になるらしい。
会場内へ一歩入ると、そこは吹き抜けの広いホールになっていた。
中にも人が多くいて、空間に喧騒が広がっている。
「広い!」
外観の印象よりもずっと広い。室内で野球ができそうだ。
「シャルロッテ、はぐれないようにしような。こんだけ人がいると探すのが大変だぞ」
「う、うん」
なんだか海賊のアジトみたいな雰囲気の場所だ。
全体的に少し暗くて、天井から長い鎖を使っていくつもランタンがぶら下げられている。空中にオレンジ色の光がぽつぽつと灯っていた。
三階までフロアがあるみたいで、上の階の方にも人がいるのが見える。
まるでテーマパークにでも来た気分だ。西洋ファンタジー風の装備をしているたくさんいるせいだろうか。
カランカランと、どこからか鐘の音がした。
なんの音だ?
「な、なんだ?」
明かりが消えていくぞ……。
「おい、大丈夫か? なあ、完全に暗くはならないよな?」
「しぃー! 静かにして、リュート」
足元がぎりぎり見えるくらいの照度になった段階で――。
ぱっ!
と、スポットライトがホールの中央を照らした。
「……どーなんだよ、てめーら」
!?
なんなんだ、あの男は。
金髪のリーゼントにピンクの長い襟足という奇抜なヘアスタイルの男(推定35歳)だ。
刺繍の入った特攻服みたいな服を羽織っている。男はスポットライトの中、腕組をして立っていた。
「"夢"、持ってんのか? アフゥーッ!」
…………。
「……俺ァ、ギルド『ハイファミリア』所属、『射陣回天』のアイゼンってもんだ……。ランクはCだぜ……。俺の"夢"はァ、全・国・制・覇・堕・是・夜・露・死・苦ゥゥ!」
ハイファミリア、か。
よし、そのギルドに加入するのはやめておこう!
「ここのルールを説明するゥ。よぉく聞いとけェ」
その特攻服の男はそう言ってから説明をはじめた。
「俺のいる『ハイファミリア』と、『天空の騎士団』に会いてー奴は二階に来い。『スプリットホライズン』、『百花繚乱』を希望する奴ァ三階に行け。俺たちはギルド名の書かれたネームカードをぶら下げてるから、適当に声をかけろ。審査はするだろうが、加入をそこで受け付けている」
えっと。
『ハイファミリア』と『天空の騎士団』は二階。
『スプリットホライズン』と『百花繚乱』は三階か。
「で、決まってないやつは一階にいろ。俺たちが声をかけてやる。スカウトってやつだ。俺はそっちをお勧めするぜェ。いいかぁ出会いを大切にしろよ……アフゥー!」
なるほど。だいたい理解できた。
なんだ。けっこうしっかりしたシステムじゃないか。こんないかにも厳つい建物だから、もっと粗暴なものを想像してた。
「アイリス、俺たちはどこのギルドがいいんだ?」
「んー、どうかしら。とりあえず『百花繚乱』は女性しか所属できないギルドだから、私たちは無理ね」
そうなのか。
ってことは、『天空の騎士団』か 『スプリットホライズン』ということになるな。
とりあえず話を聞いてみるのがいいのかな。
「よぉし、いいか。じゃあ始めるぜ……。準備はいいか……」
男はばっと指を掲げた。
「フルルルルルル! アフゥー! 気張れよォォォッ! 歓迎会開始だァ!」
暗かった会場に、一気に光が灯った。
と同時に。
「な、なんだッ!?」
二階やら三階やらから、うおおおっと雄たけびを上げながら次々と人が飛び降りてきている。
……え?
着地すると同時に、なぜか連中は戦闘を開始した。
さっきのリーゼントも、鎧を着た人たちと戦いを始めている。
続けて、第二弾の人の群れが降ってきた。
今度のやつらは戦闘を開始せず、こちらに走ってきた。
オオオオ! と戦のような掛け声を出し、激しい足音を立ててこちらに駆けてきている。
「な、なんかヤバいぞ!」
な、なんなんだ? 訳が分からない!
「とりあえず逃げよう! シャルロッテ! アイリス!」
そう言って彼女たちの方を向いた時、
どしん! と巨大な何かが立ちふさがった。
見上げる。
「小僧ッ! わしと勝負せいッ!」
筋肉むくむきの大男が立っている。三十半ばくらい。空手家のような胴着を着ていて、黒い髪がウニのように逆立っている。
胸元にぶら下がったカードを見る。『ハイファミリア』と書かれていた。
なんだこいつは?
「誰ですか!?」
「わしは、アモンッ! 武を極めんとするものなり。……勝負じゃあああ!」
男はくわっと白目を剥いた。恐いぞ……。
「今急いでるんで!」
「黙れぃっ! 一目見た時からびびっと来たんじゃあああ!」
だん! と音を立てて足を広げると、男はどっしりと腰を落とし、左手を前へ、右手を腰元に引いた。
なんなんだ? これがスカウトってやつなのか?
「知りませんよ! 俺は『ハイファミリア』には入らない!」
「ふふ、構わん構わん。今日わしは、わしより強いやつを探しに来ただけじゃ」
な、なんて身勝手なんだ!
「だ、黙れ! 俺は忙しいんだ! あっちへ言ってろ筋肉野郎!」
「ふははは! 今日は無理ですごめんなさいと断れんのが、武道家というやつじゃあああ! 攻撃されたら、戦わざるをえまい?」
「俺は武道家じゃねえ!」
「ぬうん!」
そう言って男は正拳突きを繰り出してきた。
「く!」
思わず右手で突きを受け止めたが、後方へ吹っ飛ばされた。
何か抗えない特殊な力が働いて、強制的に俺は壁際まで後退した。
それに突き自体もかなりの威力。犀川のような特殊なやつじゃなくても、これだけ強くなれるのか?
「ひゅううううッ! 【飛拳】!」
男はそう声をあげ、その場で連続突きを放った。
ぱぱぱぱん、と空気が弾ける音と同時に、複数の衝撃波が正面から俺を襲う。
「ちっ!」
俺は咄嗟に飛んでかわした。衝撃波は俺の後ろにあった石壁をガラガラとぶっこわしてしまった。
……だ、大丈夫なのか? 弁償しろって言われても、俺は知らないぞ。
「ふはははは! 血が湧くのぉぉ!」
「こ、この野郎! 行くぞ! うらあー!」
俺はやつに向かって猛ダッシュして、
「……ぬ?」
くるっと方向転換した。
「なんちって」
ふん、こんな奴を相手にしてられるか。
逃げる!
俺は人ごみの中を縫うように走り抜けて、筋肉男から距離を取り、
「とう!」
その場で高くジャンプして、三階の通路に着地した。
「……たく。なんだってんだ?」
ここからだと一階の様子がよく分かる。所々で戦闘が発生していて、戦のような凄まじい音が聞こえている。
シャルロッテとアイリスはどこだ? 大丈夫だろうか?
ごちゃごちゃしていてよく分からない。
「き、ききき、貴様……なんのつもりだ。な、なな、なんで男がここにいる……」
「え?」
そんな声がして振り返った。すると、そこには銀色の鎧を着た女性が立っていた