1.フィーネとの出会い
アイリスとパーティを組んでから、初めてのダンジョンにやってきている。
ここまで、特に問題もなく順調にやってきた。階層は『3』。
ついさっき、アイリスも『レベル6』になったし、さすがに今回は何もないだろう。
「ん」
そんなことを思った矢先、何か妙な音がした。
火薬が爆発したような音だ。遠くから聞こえた。
「どうしたの?」
その音は連続で鳴り続けている。打ち上げ花火のような音だ。
「音がする」
煙を通路の先へ送る。
いつだかやったように、煙の集音器で音を拾っていく。
音の方向に煙を進めていくと、爆裂音に混じって、女性の悲鳴のような声が聞こえた。
「……っ! わ、悪い! 先に行ってる!」
俺は音の方に向かって走り出した。
曲がり角を二つ折れると、その先の茂みに木製の扉が埋め込まれているのが見えた。
音はその先から聞こえる。
扉の前に立ち、ドアノブを握った時に気がついた。扉に『モンスターハウス』とプレートが貼ってある。
中で誰かが戦っているのか?
俺はすぐに扉を開けた。ぎゅん、と体が引っ張られ、部屋の中へ引きずり込まれた。
俺はその光景にぎょっとした。
あまりにも大量のモンスターが室内を跋扈している。以前入ったモンスターハウスよりも、ずっと敵の数が多い。
その群れの中心に――、
「大丈夫かっ!?」
黒いゴシック調のドレスを着た女性を見つけた。
「助太刀する! 【水弾】! 乱れ撃ち!」
俺の指先が青く輝いた。
「どらららららっ!」
モンスターの数は多いけれど、大した強さではない。あの森で遭遇したハチの大群に比べれば楽なものだ。
水のマシンガンで瞬く間にモンスターを全滅させると、俺は彼女に駆け寄った。
「平気……ですか?」
俺よりもやや年上の人だった。
美しい銀色の長い髪。切れ長のヴァイオレットの瞳。
彼女の額と目の下に、不思議な模様のタトゥーがある。
そして、めちゃくちゃ美人だった。
美人ではあるのだが……。
彼女は俺の問いに答えず、涎を垂らしたまま焦点の合わない目で俺を見ている。
一言で言えば、正気を失った表情をしていた。
……大丈夫か?
「あ、あの?」
しばらく待っていると、彼女ははっとしたように表情を変えて、慌てたように仮面を装着した。左側が白、右側が黒の道化師のような仮面だ。
……なんだろう? ……ま、まあいいや。
「どこか怪我でもされましたか? 大丈夫、俺は回復の魔法も使えるんです」
とりあえずそう言ってみた。
けど、やはり彼女は何も答えない。
――もしかして、『麻痺』とか『恐怖』とか、そういう類のやつか?
声が出せないのかもしれない。とりあえず『治癒』の魔法を――。
「ちょっと見させてください」
そう言って、一歩前へ出た。
彼女はびくっと一瞬体を震わせて、ぱっとその場から消えた。
「……なんで?」
* * * * *
彼女たちと合流する。
「……すごい数の宝箱ね」
アイリスがそう呟いた。
「モンスターハウスの重ねがけでもしたのかしら……」
「重ねがけ?」
「うん。外の扉にプレートがあったでしょう? あれは、スペルカードでモンスターハウスを召喚した証なのよ」
「な、なんでそんなことを?」
「ごくまれに、上級冒険者でそういう戦略を取る人たちがいることにはいるわ。宝箱目当てでね。でも、ソロでやるのは聞いたことがない。それに、なんで上級者がこんな初心者用ダンジョンにいたのかしら」
なんだ? じゃあさっきの仮面の美女は自分の意志でモンスターハウスにいたのか?
マジかよ……。じゃあ俺はただ邪魔しちまっただけじゃないか……。
「どうしよう。横取りみたいになってしまった」
「そこにいた人はどうしたの?」
「分からない。突然消えてしまった」
アイリスは腕組をした。
「……たぶん、スペルカードでワープしたのね。逃げたってことは、リュートに襲われると思ったのかもしれない。誤解されたままだとよくないわ。次に会った時にアイテムを全部渡さないと。宝箱の中身は全て取っておきましょう」
「……だな。会えればいいけど」
何故か仮面をつけていたので、あまり顔が見れなかったけど、あのタトゥーを見ればすぐに分かるだろう。
どこへワープしたんだろう。このダンジョン内でまた会えるだろうか?
うーん。とりあえず、ダンジョンを進んでみるか。
………………。
…………。
……。
その後、結局、あの仮面美女とは再会することができないまま、俺たちはダンジョンをクリアしたのだった。
* * * * *
ダンジョンをクリアしたその翌日。
今日は新人冒険者の歓迎会のある日だ。
俺たちがまずやってきたのは、リサイクルショップだ。
店前に服が飾ってあって、中へ入ると、家具やら雑貨やら本やらが所狭しと並んでいる。
この店ではスペルカードを買い取ってくれるらしい。
……いや、正確には、納品と報奨金の支払いか?
ちなみにやってるのは納品代行だけで、販売はされていなかった。なんでも、色々と細かく法律で決まっているそうだ。
ダンジョンで見つけたスペルカードのうち、いらなそうなものを選んで、アイリスが代表して店のおじさんに渡した。
すると、おじさんが領収書みたいなものと一緒にお金をくれた。
「や、やったぞ。ついに初めて金を稼げた」
「ふふ、よかったわね」
人生で初めて、まともに金を稼げたぞ……。
ふふふ、ついに大人の仲間入りか?
「アイリスちゃんにお金を返さないと……どうしようっか?」
「うん、ちょっと考えたんだけど……。半分はパーティ資金に、残りを三等分にして、みんなの自由に使えるお金にしましょうか。私への借金は、パーティ資金が貯まったら、そこから返してもらうようにするから。それでどうかな?」
「ん、アイリスちゃんはそれで大丈夫?」
「平気よ。リュートはそれでいい?」
「うん。アイリスに任せてもいいか?」
「そうね。ちゃんと記録しないといけないし、私の方がいっか」
アイリスは手際よくお金を分けて、俺とアイリスの取り分を分けてくれた。
「はい。ちゃんと計画的に使ってね」
「うん。ちなみにこれはどれくらいの金になるんだ?」
「そうねぇ。一食付きの宿に五日くらいは泊まれるかしら」
よく分からないけど三万前後って感じか? ダンジョンにいたのは四日。命を懸けた割には微妙だ……。もっと難易度の高いダンジョンなら、金を稼げるのだろうか。
「それよりリュート。あんた、服を買いなさいな」
「服? なんでだよ?」
「だって……その鎧しか持ってないじゃない? 今日は歓迎会だし、せっかくだから、ちゃんとした服を着てみたら?」
「そうだなぁー。そうするか」
せっかく稼いだ金だけど、たしかにこの鎧だけだと不便だからな。
よし、この店でちょっと探してみよう。
「ねえねえ、リュートくん」
「ん?」
前かがみになって商品を見ていたシャルロッテが顔を上げた。
「これ、どうかな? 似合う?」
俺は盛大に笑いそうになったけど、咄嗟の判断で俺は黙った。シャルロッテがめちゃくちゃマジな顔をしていたからだ。
シャルロッテは、変なメガネをかけていた。
めちゃくちゃでかいメガネで、睫毛みたいなギザギザがあり、世紀末的な牙みたいなものが下についている。とにかく変なメガネだ。
可愛い女の子は、なんでも似合うと思っていたけど、そうじゃないんだな。
どうしよう。なんて言おう。俺の未熟な経験では、こういう時、いい言葉が出てこない。
っていうかウケを狙ったんじゃないのか? マジで似合うと思ってるのか?
「……あ、こうすればもっといいかな?」
シャルロッテは、近くにあった変なキラキラの三角帽子をかぶった。
「…………」
耐えろ……。腹に全力を込めるのだ。絶対に笑ってはいけない。
「……あんたは、私と来なさい」
アイリスが助け舟を出してくれた。
「なんで?」
「大丈夫。あとで分かるわ。……じゃあ、リュート。もしあんたが先だったら、お店の外で待っててね?」
アイリスはそう言って、手を振りながら店の奥へ行ってしまった。相変わらずてきぱきしているけど、どうしたんだろう。
「ま、いっか。とりあえず服を探すか」
…………。
……。
店を出てから三十分ほど経った。
俺はそれっぽい安物に着替えている。黒い鎧を球体に戻してみたが、めちゃくちゃ重くて邪魔だったので、腹巻にしておいた。
それにしても遅いぞ。女の子は買い物に時間をかけると聞いたことがあったけど、本当だったようだ。
暇だ。冒険者の冊子でも読んでよう。
…………。
……。
さらに三十分ほど経った。
そろそろ店の中へ探しに行こうと思ったとき、ようやく彼女たちが出てきた。
「あ、リュート。早かったね。結構待った?」
少しくらい文句を言ってやろうかと思ったけど、待たされたことなど俺はすぐに忘れてしまった。
「……ど、どうかな」
シャルロッテの髪型が、髪をピンで止め、おでこを出したヘアスタイルに変わっている。
そして耳元に赤い小さな石のついたイヤリング。クリスタルような形の石。
それから、彼女は赤いフレームの眼鏡をかけていた。今度はちゃんとしている。
「……変かなぁ?」
シャルロッテは恥ずかしそうにしながら、上目遣いでそう言った。
「素晴らしい!」
「わっ! び、びっくりした。でも、あ、ありがとう……」
照れてる……。
ヤバい……めっちゃ可愛い。
眼鏡って可愛いアイテムだったんだ。知らなかったぞ。
「……こほんこほん!」
ん、アイリスが俺を睨んでいる。
し、しまった。つい見とれてアイリスを無視してしまった。
「…………ど、どうしたんだ? やっぱりさっきのはギャグだったのか?」
「ギャグ?」
シャルロッテが首を傾げた。
「私が選んだのよ」
「アイリスが? まさか……プロデューサー的な熱意が芽生えたのか?」
「ふふ、まあそんなとこね」
アイリスP……なんていい仕事をするんだ!
「この子の感性は常人離れしているわ……。私は一緒にこの店をまわって、それがよく分かった……」
肩を小刻みに動かし、かと思ったらぷっと吹き出した。
「ひ……ひい……だ、だめ。さっきの思いだしちゃう。あの船は、どういうことなの? あは、あははは!」
腹を抱えて転がりだしたぞ。
「ひ、ひどいよアイリスちゃん。私、ちゃんと選んでたのに……豪華客船」
「や、やめてっ! それ以上私を笑わせないで!」
船? 一体、何が起きたんだ?
気になるけど、知らないでおこう。
…………。
……。