3.フィーネの場合
フィーネはダンジョンを歩いていた。
ここは街のすぐそばにあって、フィーネはよくここへ来る。というか、ここ以外へは行かない。街に往復さえできればどこでもよく、このダンジョンに不都合がないので、ここへやってきている。
どこか手ごろな部屋を探す。適度に広い部屋であれば、どこでもいい。
通路を歩いていき、目的の部屋を見つけた。ここなら、十分だろう。
フィーネはスカートのポケットからカードを取り出した。
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【モンスターハウス召喚】のカード
1.念じることで発動が可能。
2.発動した部屋がモンスターハウスに変化する。
3.通路で発動した場合は、近くにモンスターハウスを召喚する。
4.発動後、カードは消滅する。
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合計、三枚ある。
通路で使ってしまうと、部屋のサイズがランダムになってしまうので、毎回、こうしてしっかりと部屋を選択する。
フィーネは一呼吸してから、仮面を外した。
ようやく息苦しいから開放される。
カードで召喚したモンスターハウスは、扉を見ればモンスターハウスだと分かるようになっている。だから誰も入ってこないはずだ。
仮面をつけていても戦闘に問題はないのだけど、これをやるときは、余計なストレスを感じたくない。
一呼吸してから、フィーネは一度に三枚のカードを同時に使用した。重ねがけすることで、モンスターの総数を増やすことができるのだ。
黒いオーラの旋風が部屋に吹き荒れて、異形の敵の大群が、瞬く間に部屋に誕生した。
ぐるる、とモンスターが唸っている。
やつらの姿を見ると、声を聞くと、マグマのような熱と粘度を帯びた怒りが、腹の底から生まれてくる。
モンスターの大群がフィーネを認識し、一気に押し寄せてきた。
「……ひひ!」
――銃魔法。カウンターマーチ。
フィーネが念じると、銀色の閃光が空間に煌めくとともに、銃身が身長と同じくらいある銀色の銃が何本もフィーネの周囲に出現した。
何本もの銃が宙に浮いたままフィーネの周りを旋回している。
フィーネは一本の銃を手に取り――、
ドォンッ!
――ぶっ放した。
爆音とともに銃口から放たれた強い魔力の波動は、その射程内にいたモンスターを全て薙ぎ払った。
フィーネは銃を捨て、また別の銃を取った。
「ひゃはっ、くひゃはははははは! 死ね! 死ね! ひゃはは!」
銃を撃ち、捨てて、また別の銃を取る。
フィーネはくるくるとダンスをするように回転しながら、爆裂音を鳴り響かせた。
圧倒的殲滅力により、部屋を覆い尽くしていたモンスターが数を減らしていく。
だが、モンスターはまだまだいる。当然だ。これくらいで終わってしまっては困る。せっかく三枚も使ったのだから。
「くひゃあっ! 滅殺、滅殺、滅殺、滅殺ぅぅぅ!」
憤怒を両手の銃に込めて、敵を抹殺する。得体の知れない快感が足元からやってくる。モンスターに対する怒りと同じレベルの幸福感が、同時に体に満ちていく。
頭がぼおっとしてきた。足が震える。涎が止まらない。
もう少しで最高点に達する――そんな時だ。
ばたん! と扉が開いた。
「大丈夫かっ!?」
……誰だ?
黒い鎧の男。見覚えはない。
せっかくいい所だったのに……。
行き場を失ってしまった怒りを、フィーネはこの男に向けた。
――どうして私の邪魔を。宝箱を横取りに来たのか?
「助太刀する! 【水弾】! 乱れ撃ち!」
黒い鎧の男の指先が青く輝いた。
「どらららららっ!」
そして――。
フィーネを上回るほどの殲滅力を持って、瞬く間に部屋中のモンスターを皆殺しにした。
男がこちらへ駆け寄ってきた。
「平気……ですか?」
歳はフィーネよりやや下だろうか。背が高く肩幅は広い。目つきは少し悪いけど、いたって普通の若い男だ。
――その時、フィーネは名状しがたい不思議な感覚に包まれた。
例えるなら、広大な自然に圧倒された時のような、感動と畏怖の混じりあった、そんな感覚。
――本能だろうか。不思議と確信できることがある。
この男は、いや、この方は、私よりも遥かに強い――。
「あ、あの?」
フィーネははっとした。
仮面をつけていなかったことを思いだしたのだ。スカートのポケットから慌てて仮面を取り出し装着した。
顔のタトゥーを見られてしまった。せっかく、自分よりも強そうな方に出会えたのに。
「どこか怪我でもされましたか? 大丈夫、俺は回復の魔法も使えるんです」
どくん、とフィーネの胸が弾んだ。
今、間違いなくタトゥーを見られたはず。
なのに。
何も言わず、表情にも出さず、ただ、優しくしてくれる……。どうして……。
心配そうに私を見ている。宝箱には目もくれない。
優しい人、なのだろうか。本当に、ただ助けに来てくれたのだろうか。
どくん、どくん、どくん。
知りたい、この人のことを。
【――紫の魔石(対象を鑑定)を使用しますか?】
「ちょっと見させてください」
彼は一歩こちらへ近づいた。
「……っ!」
フィーネは思わず、脱出用に持っていたスペルカードを使って――。
――その場からワープした。
しまった。つい、恥ずかしくなって逃げてしまった。
「あの方は……」
フィーネは指先が震えていることを自覚して、胸元でぎゅっと手を握った。
彼を思いだそうとすると、胸が締め付けられるような、せつない気持ちになる。
鑑定の魔石を使い損ねてしまった。せめて名前くらい知りたかった。
どくん、どくん、とまだ鼓動が脈を打っている。
この灰色に塗られた人生に、春風のように爽やかな眩しい光が射している。
なんだろう、この気持ちは。
この気持ちに名前があるとするのなら、それは――。
――初恋?
そうだ。そうかもしれない。
もう一度、あの方に会いたい。
「……好き……です」
あえて言葉に出してみた。
心に言葉が染みていき、あやふやだった心が形を持ちはじめていったのが分かった。
間違いない。
あの方こそ、自分が尽くすのにふさわしい人だ。
フィーネは決意を固め、再びダンジョンを進むのだった。
次回より第四章がはじまります!
#少し書き溜めたいので、10日ほど間をあけると思います。すみません。(2020/7/18)
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