13.マジック・ヘイズ
俺たちは店に入った。結構人がいて賑わっている。
テーブル席へ着席すると、料理を注文した。お金はないけど、アイリスのおごりということになった。
「これが、冒険者ライセンスか」
俺は会場で受け取ったカードをまじまじと眺めていた。
カードはまあまあ分厚くて固い。金属板みたいな手触りで、色は白く加工されている。
そこに、名前と冒険者番号、それから『王国歴138年2月』と刻印がされていた。全然寒くないけれど、今は二月だったようだ。
あとは顔の写真が貼ってある。しまった、もう少し明るい感じで撮ってもらえばよかった。人相が悪い……。撮り直したい……。
ちなみにアイリスは、ここに来るまで、カードを荷物から何回も取り出しては、その度にほっと溜息をついて、それから夢見心地な顔でうっとりとカードを眺めていた。
「これで俺たちは冒険者になれたわけだけど、これからはどうすればいいんだ?」
「ここからは、ひたすら実績を積んでいくだけよ」
「実績?」
「うん。ダンジョンに行って、アイテムを集めて、それを国へ納めるの。そうしたらお金がもらえるし、それが冒険者の実績となっていくわ。そして、ランクが上がっていく」
「ふーん、ランクか」
「今の私たちは冒険者になったばかりの初級冒険者。ランクはF。だから、行けるダンジョンは限られてるの。ランクが上がっていけば、色んなダンジョンに行けるようになるのよ」
「そういう仕組みか。将棋界みたいだな」
まずA級にならないと名人に挑戦できない、みたいな。
「しょーぎ?」
「あ、いや。こっちの話。……で、アイリスの目指すダンジョンはどのランクまで上がれば行けるようになるんだ?」
「Bランクよ」
……結構上の方なんだな。そこまで行くと国に名が知られてしまうのか。
「あ、あのさ」
アイリスが躊躇いがちにそう言った。
「ん?」
「……パーティのことなんだけど。……どうしようっか」
「どうしようって?」
とシャルロッテ。
「……このままパーティを続けるか、解散するか、あんたたちに決めてほしくて」
アイリスは不安げに俯いた。
「アイリスちゃんは、どうしたいの?」
「私は――」
アイリスは顔を上げた。決意を秘めた表情をしていた。
「パーティを続けたいわ」
「ふふ、じゃあ決まりだね。そんなの続けるに決まってるよ。ね? リュートくん」
「………」
俺はすぐに答えることができなかった。
「リュートくん?」
「アイリス。ダンジョンで伝えたとおり、俺の世界からやってきたヤバい奴がいるんだ」
アイリスは真剣な顔で俺の話を聞いてくれている。
「俺だってアイリスとこれからも一緒にいたいと思ってる。だけど、いつか危険に巻き込んでしまうかもしれない。今の俺では、あの屑を倒せない……」
俺はシャルロッテをすでに巻き込んでしまっている。
シャルロッテだけは全身全霊で守らなければならない。
なのに、まだまだ弱い俺が、守る対象を増やせるわけがないと、そう思ってしまうのだ……。
「アイリスのことを守ると言った言葉は嘘じゃないし、絶対に約束は守る。だけど、一緒にパーティを組むのは待ってほしいんだ。せめて、俺がやつに勝てる自信が持てるくらい強く――」
「リュートくんは、これから出会う人全てを、そうやって遠ざけるの?」
シャルロッテが俺の言葉を遮って、そう言った。
「……そ、それは」
「もう、なんで全部自分で決めちゃおうとするのかなぁ。私だって、いるんだからね」
シャルロッテは頬を膨らませて俺を叱ると、今度はアイリスに向けて笑顔を見せた。
「……私はアイリスちゃんと一緒にいたいと思ってる。私の力は、本来、封印じゃなくて守る力。私はアイリスちゃんを守る自信がある。リュートくんよりもね。……でも、やっぱりアイリスちゃんに決めてほしい。これから先、どんな危険があるのか、誰にも分からないから」
奇しくもダンジョンに行く前に似たようなやり取りをしたことを思いだした。
アイリスは少し間を置いた。考えをまとめているように見えた。
「……私には大切な目的がある。どんなに危険だろうと、パーティとして二人の力を借りることができるなら、それだけで、私はあなたたちと一緒にいる理由になる。でも……それでもね……二人に迷惑はかけたくないと思っているの。邪魔はしたくない。……私、まだまだ弱いから。一緒にパーティ組んでたら、きっと足を引っ張っちゃう。そんな風に思われてまで一緒にいれるほど、私の心は強くない」
俺はぎゅっと拳を握った。
迷惑だなんて、邪魔だなんて、そんなこと思うものか。
俺はただ、これからも一緒にいたいだけなのに……。
「リュートくん、アイリスちゃんはこう言ってるよ? そして私も、アイリスちゃんと一緒にいたいと思ってる」
…………。
「……俺、シャルロッテに甘えてもいいかな」
「ふふ、いいんだよ。最初っから、そう言ってるよ」
……よし。決めたぞ!
「アイリス! 頼むっ! 俺たちとパーティを続けてくれ! さっき言ったとおり、危険に巻き込んでしまうかもしれないけど、シャルロッテが最強の力で守ってくれるから!」
わ、我ながら情けない! だけど、これが一番いいのだから、仕方がない!
「うんうん。私の箱は無敵なんだよ?」
「……本当にいいの?」
「アイリスこそ、本当にいいのか?」
「うん……もちろんだよ。どうしよう、すごく嬉しい」
アイリスはブラウンの大きな目を潤ませながらそう言った。言ってくれた。
「っしゃああああ! やったぜぇぇ! はは! わはははは!」
……よし。絶対強くなる。いつまでもシャルロッテに甘えるわけにはいかないしな。
「リュ、リュートくん、声が大きいよ。お行儀よくしないとダメだよ……。お店に入ったら静かにすることって本に書いてあったよ……」
シャルロッテがひそひそと俺にそう言った。
「ありがとう。シャルロッテ。私、すごく嬉しい!」
「ふふ、これからもよろしくね、アイリスちゃん」
「うん、こちらこそ……! ……やった、これからも一緒にいれるのね……幸せ……」
ちょうどその時、注文していた料理が届いた。ジュースの入ったグラスもある。
「アイリス、乾杯の挨拶してくれ」
「えっ!? なんで私?」
「アイリスのおごりだし」
アイリスは少し渋っていたけど、やがてグラスを手に取った。
「じゃあみんなもグラスを持って」
俺たちはグラスを持った。
本当は酒ってやつを飲んでみたかったけど、金がないしな……。美味いのかな? 今度は飲んでみたい。
「今日は『マジック・ヘイズ』の出発の日! ここは私が出すから、ぱーっとやるのよ! かんぱーい!」
ちん、とグラスの音が鳴った。なんだか情けない音だ。
俺たちは顔を合わせて、誰からともなく笑いはじめのだった。
「あ、あのさ。最初に言ったパーティの決め事だけど……」
「決め事? なんだっけ?」
「ほ、ほら。私、あんたに言ったじゃない」
……? あ、思いだした。
「恋愛禁止だっけ」
告白されても絶対に振ると断言された件だ。
「そう、それ……」
「それがどうかしたのか?」
「え、えっと……」
モジモジとしている。なんだろう、と思ったけど、すぐに察しがついた。
「別にそのままでもいいぞ。好きになって欲しくないんだろ?」
男絡みで色々あったからな。恐い思いもしただろうし。
「そ、そうじゃ……」
「……?」
顔を赤くしながら、何か言いにくそうにしている。
「いいよ、気にするなよ」
「……そうじゃなくて……」
「ん?」
「その……シャ、シャルロッテも禁止で……」
「え、えぇ? なんでよぉ? 私、リュートくん――」
「わー! いいから禁止! パーティ内恋愛禁止! 分かった? 禁止ったら禁止なの!」
「アイリスちゃん声が大きいよぉ……他の人が見てるよ……」
――俺たちの夜は更けていった。
今回で第三章は終了です。
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