6.レベルアップ
敵を倒し、休憩部屋で仮眠を取って……。
だいたい丸一日くらいそうやって進んだだろうか。順調に階層『3』まで到達した時、事件が起きた。
「ぐ、うぅ……」
「アイリス!」
――雷の矢。
スライムの群れを魔法で一蹴し、俺はアイリスの元へ駆け寄った。
彼女は足を抑えながら床の上で身を震わせている。
つい今しがた、彼女はスライムの群れに突撃したのだ。その際に、彼女は足を負傷してしまった。
「……つっ……くぅ……」
「大丈夫だ、すぐ治す」
俺は『回復(小)』の魔法を使う。ぱぁー、と白い輝きが火傷のように傷ついた皮膚を覆って、瞬く間に回復した。
「どうだ? 痛むか?」
「……ううん。もう、平気。リュートは回復属性の魔法も使えるのね」
「まあな……」
どうしてそんな無茶を、とは聞かなかった。
あのスペルカードを使ってから、アイリスはずっと自信を失った感じだったし、何か思うことがあって戦おうとしたのだろう、と簡単に想像がつく。
「ありがとう。……ごめんね」
「気にすんなよ、ほら、立てるか」
「………………私、頑張るから」
どうしよう。なんて言えばいいのか。
俺が敵を倒すからいい、なんて言えないよな。
アイリスはたぶん、自分の力で戦いたいのだ。
――どうにかしたいなぁ。
何かいい方法はないだろうか?
少し考えてみるか。
* * * * *
そこからまた三時間ほど経過した。モンスターとは遭遇したが、見つけ次第、俺が瞬殺してしまっているので、アイリスが怪我をするようなことはない。
「そろそろ休憩にするか」
そう言ったのは俺だ。シャルロッテがだいぶ疲れている。
「うん……そうね」
アイリスは相変わらずテンションが低い。
「近くに休憩部屋があるといいんだが……」
煙の支配者を使って迷宮を探る。
お、扉があった。
「こっちだ」
移動しながら、さらに部屋の内部を探っていく。
……あれ?
「あ、悪い、違ったかも」
すでに扉の前へ到着してから俺は言った。
「休憩部屋じゃなかったっぽい」
「……? じゃあなんの部屋なの?」
「広い部屋だ。なんか宝箱がいっぱいあるな」
明らかに怪しいぞ。
「そ、それって、『宝の部屋』なんじゃない?」
久しぶりに明るい顔をアイリスは見せた。
「宝の部屋? なんだそりゃ?」
「たまにね、そういう部屋がダンジョンにはあるの」
「ふうん。罠とかじゃないのか?」
「…………。ち、違うわよ…………」
なんか怪しいな。
「本当か?」
「う、うん。スペルカードもきっとある。さっきの分を取り戻せるかも」
別にいいって言ってるのに。まだ気にしてんのか……。
でも、もう言わないでおくか。気にするなって言えば言うほど、アイリスみたいなタイプは気にしてしまう性分だと思う。
「……大丈夫。低階層だもん。……大丈夫」
なんか小声で言っている。怪しすぎるぞ……。
「で、どうするんだ?」
「……もちろん入るわ」
アイリスはそう言って扉のドアノブを握った。
――ま、いいか。結局、入ってみなきゃ分からないしな。
「じゃあ、開けるわよ、いい?」
きい、と扉を開いた。その瞬間。
体が引っ張られる感じがした。抗えない力だ。
「な、なんだッ!?」
俺は――いや、俺たち三人は扉の向こうに吸い込まれた。
ばたん!
部屋の中へ放り込まれると同時に、扉がしまった。
そこは体育館くらい広い部屋で、奥に宝箱がいくつも並んでいる。
「ほ、ほらね! 大丈夫だったでしょう?」
「いや、見ろ――なんか変だぞ」
黒いオーラのようなものが、部屋のいたる場所で渦を巻いている。渦はやがて、複数の球体になっていった。なんか見たことがある。あれは――。
ぼん! ぼんぼん!
と球体が次々と弾けていった。
中から現れたのは、異形のモンスターたち。凄まじい数だ。
「…………ひ」
アイリスが短くそう言ったのと同時に、モンスター達が一斉にこちらへ駆けてきた。
俺が魔法を放とうとした時、すでに俺たちは半透明の白い箱に覆われていた。
突撃してきたモンスターたちは、次々と箱に激突してへばりつく。
シャルロッテが能力を発動したのだ。相変わらず発動が速い。
この反応速度を見て、何となく、あの白い迷宮で出会った風船型球体の衛星を思いだした。ひょっとして自動防御なのか?
「そ……そんな」
アイリスの腰が砕け、その場に尻もちをついた。
「モ、モンスター、ハウス……うぅっ!」
アイリスが渇いた声を出した。
箱に守られているとはいえ、この至近距離でモンスターの大群に迫られるのはさぞ恐ろしいだろう。
「し、知らなかったの! 低階層に、モンスターハウスが――はあっ、はあっ! あ、あるなんて。そ、その、だ、大丈夫だと、お、思って……」
「アイリス。落ちつけ。心配しなくていい。シャルロッテの箱は無敵だ」
「そうだよ。安心して。ね?」
「ご、ごめんね、リュート、シャルロッテ! わ、私が倒すから! ちゃんと倒すから! シャルロッテ、私だけ箱から出して?」
何を言い出すかと思ったら。
「だ、ダメだよ。危ないよっ」
「いいのっ! 私のせいなんだから、私のせいで、こうなったんだから」
ぶんぶんと金髪を揺らしている。パニくっている。
「どうやって倒すんだよ?」
「……自爆する!」
「バ、バカ! あほなことを言うな!」
「で、でも……せめて二人だけでも逃げてほしいから。ご、ごめんね、私のせいで……」
「あのなぁ、絶対に冒険者になりたいんだろ?」
二人を見捨てて自分だけ助かろうとするかもしれない、とか言ってたくせに。
「だ、だって……」
「いいか、こんなものは全然ピンチでもなんでもない。心配するな」
俺はシャルロッテに目で合図をすると、彼女は俺の意図を察したのか、別の箱を出現させて、アイリスとシャルロッテだけ個別に囲んだ。箱の中に、別の箱がもう一つある状態だ。
以前、箱の中に入っていると別の箱は出せないと言っていたけど、内側であれば作り出せるのか。
「リュートくん、いい? 外側の箱を解除するよ?」
「いつでもいいぞ」
そう答えると、俺を囲んでいた箱だけがぱっと消えた。
「――まとめて消し去ってやる。【大嵐】!」
俺を中心に暴風が発生し、いくつもの竜巻が生まれた。この竜巻は弾丸のような硬い雨粒を伴っている。
数が多いとはいえ、大した敵ではない。
俺の魔法になす術もなく、モンスターは竜巻に呑まれ木っ端みじんになっていく。竜巻は部屋のモンスターを一掃して、ゆっくりと消えていった。
……よし。
「もう平気だぞ」
シャルロッテが彼女たちを囲んでいた箱を解除した。
「………………」
アイリスは尻もちをついたまま呆然としている。
「大丈夫か?」
「今の、リュートが?」
「うん」
「す、すごい……モンスターハウスを一瞬で……」
しばらく驚いていたアイリスだけど、次第に表情を曇らせていった。
「よ、よーし! んじゃあ宝箱を開けようぜぇ! 何が入ってるのかな? 楽しみだな、アイリス?」
俺はなるべく明るく言った。アイリスが見るからに落ち込んでたからだ。だけど、効果はなかったようだ。
「ご、ごめんね。私……もっと頑張らないとって思って……このままリュートに頼りっぱなしじゃ、冒険者になんかなれないと思って……。もっと、自分ができると思ってたの。たくさん特訓したから……。でも、ダメだった……」
お、おい。泣きそうだぞ。
「………………私、向いてないのかな。弱っちいし。勇気ないし。『レベル3』だし……ぐす」
……なっ! 大粒の涙がっ。あわ、あわわ。
「……で……でもね、私……ひっく……頑張らないといけないの……! ……頑張らないといけないのに……ぐす……お姉ちゃん……ひっく……」
号泣しながら何か言ってる。お姉ちゃん? なんなんだ?
ど、どうしよう。
シ、シャルロッテ! どうにかしてくれ!
「ア、アイリスちゃん。ぐす……。泣かないで。わ、私も悲しく……なっちゃうよ」
お、おい。もらい泣きしてどうする!
…………。よし、さっき思いついたことを話してみるか。
「俺にいい考えがあるぞ、アイリス!」
「……え?」
アイリスは目元をぐしぐしと拭った。
「いい考え?」
「俺と一緒に戦うんだ」
「で、でも……」
「ふふふ、心配するな。いい考えがあるって言ったろ?」
さっき思いついた方法だが、我ながら妙案だと思う。
「大丈夫、きっとうまく。とりあえず、宝箱を確認しようぜ」
* * * * *
モンスターハウスの宝箱を回収し、再び通路へ出た。
それからすぐのことだ。
ばさ、ばさと翼の音が聞こえた。
ちょうどいいことにモンスターがやってきたようだ。
翼のある蛇だ。
「三匹もいる……」
アイリスが怯えている。
ぼわん。
俺は煙を出現させた。
そして、アイリスの体に纏わせていく。
「リュート?」
「これは――煙の鎧だ」
「鎧?」
「そう。アイリスのことを守ってくれるし、力を貸してくれる」
アイリスの体を操るわけじゃない。彼女の動きを最大限サポートするのだ。
これが俺の策。
考えた結果、これが一番いいと思った。
「よし、構えるんだ」
「う、うん!」
煙を通じて、彼女の震えが伝わってくる。
「大丈夫だ。絶対に勝てる」
「う、うん……」
「……来るぞ。敵が来たら叩き斬ってやれ!」
「…………うん」
アイリスは真剣な目で敵を見据えている。
シャーッ! と音を立てて、一匹が襲い掛かってきた。
アイリスが剣を振る。俺は煙で彼女の動きを加速させた。
ズバッ!
蛇が真っ二つになって、地面へ落ちた。
「た、倒せた……」
「油断するなよ。あと二体いる」
シャーッ!
二匹の蛇が同時に襲いかかってきた。
ズバッ。ズバッ。
ぼとぼとと音を立てて蛇が落下した。
「…………や、やった。……これ、私がやったん、だよね」
「そうだぞ」
「レベルも4になった……」
「おー、よかったな!」
アイリスは目に涙を浮かべ、本当に嬉しそうな顔で――。
「あ、ありがとう! リュート!」
――満面の笑みを見せた。
……か、可愛い。
ただでさえ可愛いのに、その笑顔はヤバいだろ……。
「リュート?」
「……ほ、ほら。さっさと行こうぜ! これくらいで喜んでどうする。この先もモンスターはたくさんいるんだ。どんどん倒していくぞ」
俺はぶっきらぼうにそう言って、見とれてたことを隠すのだった。