5.階層2:休憩部屋にて
二時間くらいは歩き続けただろうか。俺たちは既に『2』まで到達していた。
あれからカードをまた一枚見つけた。
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【ファイアストーム】のカード
1.念じることで発動が可能。
2.炎の嵐を召喚し、対象の範囲に火炎を巻き起こす。
3.発動後、カードは消滅する。
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このカードも俺たちは必要ないと言ったのでアイリスが持つことになった。炎には散々焼かれたので、もう見たくないぞ……。だからなるべく使わないでほしいが……。
ただ自爆と違って、使い勝手はよさそうだ。
「ちょっと休憩にしましょうか」
アイリスがそう言ったので、どこか休憩できる部屋を見つけることにした。
探していたところ、扉のある部屋があった。扉には魔法陣のような図形が描かれている。
中へ入ると、俺はちょっと驚いた。
壁から滝みたいに水が流れていて、下に溜まった水場から細い木が生えているのだ。
「わあ、綺麗」
シャルロッテがそう呟いた。
壁が光っていて水や木が輝いて見える。幻想的に光景だ。
その木には桃のような形の青白い実が生っている。
「食えるのか?」
「うん。この水も飲めるわよ。ここは『休憩部屋』ね」
「なんでそんなものが……誰が作ったんだ?」
「誰がって……神様でしょう?」
神様、だと?
「ここは敵が来ないの。ほら。お風呂とトイレ、それにあっちの部屋にはベッドもあるわよ」
神様! めちゃくちゃ気が利くじゃないか!
「アイリスちゃん、食べてみてもいい?」
「どうぞ。美味しいわよ」
「う、うん」
シャルロッテがその実を掴んで収穫した。瑞々しい感じが見ているだけで伝わってきた。
がぶり、とシャルロッテが実にかじりついた。
「おいひぃー」
ほっぺたがモチみたいにふにゃーっとした。美味そうだ……。
「お、俺も食べたい」
続けて俺も実をもいで、かじりついた。
……なん……だと……?
噛んだ瞬間に実が口の中で弾け、凝縮した甘味が口の中に広がった。続けてシュワシュワと炭酸のような刺激があとを追いかける。
これはまるで、サイダーのゼリー爆弾。
「――うますぎるッ!」
「ひゃっ! お、おっきい声出さないでよ。びっくりするじゃない!」
なんてことだ。ダンジョンの中にこんなものがあるなんて。
……あの森のダンジョンは何だったんだ? 雲泥の差じゃないか。
「ん、アイリス……?」
「ん?」
彼女はガチャガチャと籠手と胸当てを外している。
「なんで脱いでるんだ?」
「だって、こんなのつけてたら疲れちゃうじゃない。休憩の時は、わずかな時間でも装備を外した方がいいの」
そう言ってアイリスはブーツを脱ぎはじめた。すらりとした白い足が見えて、俺はつい背中を向けてしまった。
「シャルロッテも靴だけは脱いだ方がいいわよ」
「あ、うん。ありがと。そうするね」
「ほら、何してるの? あんたも脱ぎなさいよ」
ぺたぺたとした足音が俺の方に近づいてきた。
アイリスは後ろから俺の鎧に手を触れた。
「ん……何これ? どうやって外すの?」
「い、いいよ俺は」
っていうかこれ脱いだら全裸になっちまうし。
「バカね、何恥ずかしがってんのよ。手伝ってあげるから、早く脱ぎなさいってば」
「いいって俺は……」
俺はそう言って、無理やり床へ座り込んだ。
「あ、もう! あとで疲れちゃっても知らないんだからねっ!」
なんとなく分かってきたけど、アイリスは世話焼きなタイプなんだな……。
話を逸らすためにシャルロッテへ話しかけることにした。
「シャルロッテ、大丈夫か?」
彼女は床へ両足を放り出して座っている。
「うん。大丈夫だよっ。あんな美味しいフルーツ食べたら、元気いっぱいだよ!」
と言いつつも、結構大変そうだ。額に汗をかいて前髪がはりついているし、目元に疲れが浮かんでいる。
屋敷暮らしの長かった彼女にとっては、荷物を持って歩くだけでも大変なんだろう。
バスを降りてからなんやかんやで五時間くらい歩いているからな。
背負ってやりたいけど、でも、そんなこと言ったらまた怒るんだろうなぁ。
「はい。どうぞ。ゆっくり飲みなさい」
アイリスがコップにこの滝の水を入れて、シャルロッテに渡した。
「ありがと……。……ん、美味しい」
「リュートも、はい」
「サンキュー」
コップを受け取って一口飲んだ。冷たくて美味い。
俺たちは輪になって床へ座った。
落ちつく……。水の流れる音が、いい感じに癒してくれている。
「なんつーか、楽勝だな」
「……普通はこんなに早く二階へなんて進めないのよ。休憩部屋だって、本当は見つけるの大変なんだから」
確かに煙の力を使ったマッピングで、効率的に迷宮を探索できたってのはある。
でも、それにしても――。
「なんか敵がめちゃくちゃ弱いし」
そう、驚くほど敵が弱い。
俺が強くなったとか関係なく、絶対的にあの森のダンジョンの敵よりも弱いのだ。
人間モード時は戦闘力が落ちるはずだけど、全く問題がない。
これじゃあただの迷路だけど……上に行けば敵が強くなるのだろうか? さすがに、このままゴールはないだろう。簡単すぎるし。
「それはあんたがおかしいんでしょう? 普通の受験者レベルだと、あんなに魔法を連発してたらMPが切れちゃうわよ」
「うーん。そうかなぁ」
「……うん。リュートは、たぶん、上級冒険者くらいの力があるんだと思う」
「ふうん、そっか」
ちなみに敵は全て俺が倒している。
アイリスは何故か敵と遭遇すると固まってしまうし……。あれはなんなんだろう。
そろそろ聞いてみるか。
「なあ、アイリス」
「ん?」
「戦うの、こわいのか?」
俺はシンプルにそう聞くことにした。
「なっ……!」
アイリスが立ち上がった!
「そ、そんなわけないじゃない! こわくない!」
「でも――」
「こわくないったら! なんでそんなこと言うの?」
サイドテールの金髪を揺らしながら、彼女は強くそう答えた。
「怒んなよ……」
「怒ってない!」
怒ってるじゃないかよ……。
アイリスはわなわなと拳を震わせている。
「次の敵は、私が倒すから!」
「いや、別に無理をしなくても――」
「無理なんかしてないもん! 私が倒す! 私が倒してやる……っ! いいっ? リュートは邪魔しないでよねっ!」
どう見ても強がってる風にしか見えないんだけど……。
「私だって、戦える……。戦うんだ……」
アイリスは腕を組んで、
「ふんだ」
と顔を背けた。
やれやれ。
もっとやんわりと聞いてみるべきだったかな。女の子の扱いは難しい。
…………。
……。
俺たちはしばらく休憩して、再びダンジョンに進むことになった。
* * * * *
休憩部屋を出てから三十分ほど経った。
モンスターが現れた。
小さな蛇が、鳥のような翼を広げてバサバサと飛んでいる。
動きはトロい。大した敵ではないとすぐに分かる。敵はあいつ一体だけだ。
アイリスが剣を持ってじりじりと敵に詰め寄っている。
やはり剣先が震えている。呼吸も早い。息があがったように肩が揺れている。
「大丈夫か?」
「へ、平気だってば! 私が、倒すの。私が……。邪魔しないでよ。いい?」
……不安だ。
「うああああ!」
アイリスが叫びながら剣を上段に構えながら走りだした。
決して遅くはない。
ただし、それは俺の元の世界での話だ。女の子がバックパックを背負い、剣を持ってあれだけ動けたならば、かなり速い方だろう。
モンスターに詰め寄り、ぶん、と剣を振り下ろす。しかし、モンスターには当たらなかった。
――そう。この世界においては、決して速い動きではない。あれでは、モンスターにかわされてしまう。
ばさ、ばさと翼をはためかせながら、蛇がアイリスを襲った。
「あ……あぁ!」
俺が魔法で援護しようとしたのと同時だ。
ぼっ、と何もない空間に火炎が生まれ、それは嵐のように一気に燃えさかった。
「うわっ!」
び、びっくりした。突然のことに、つい情けない声を出してしまった。
一瞬だけ熱風を感じたが、半透明の壁が現れてすぐに熱を遮った。シャルロッテが箱の力で俺たち三人を火炎から守ってくれたようだ。
しばらくして、火炎がおさまった。
蛇は跡形もなく燃え尽きていた。
今のは、たぶん『ファイアストーム』のカードを使ったんだろう。
シャルロッテが箱を解除する。
と同時に、アイリスが膝から崩れ落ちた。からん、と剣が床に落ちる音が迷宮に響いた。
「アイリスちゃん、大丈夫?」
シャルロッテがアイリスに駆け寄った。
「ご、ごめんなさい。私……使っちゃった。スペルカード……」
「うん、いいんだよ。ね? リュートくん」
「あ、あぁ。それは構わないけど」
悔しそうな顔で、手を強く握っている。
「ご、ごめん」
「アイリスちゃん。リュートくんはすっごく強いんだよ。だから、カードがなくても平気だよ」
シャルロッテが元気づけているが、アイリスは落ち込んだままだ。
ちょっと強気で行動的な印象だったが、今は少し様子が違う。
「ほら、行こうぜ!」
アイリスは無言で立ち上がって、
「うん……」
と頷いた。
すっかり大人しくなってしまったな。
顔が際立って端正な美少女なせいか、表情がないと、何だかすごく近寄りがたい雰囲気がある。
いつもの感じに戻ってほしいけど……。
「よし、行くか」
「……ちゃんと挽回するから……ごめんね……」
うーん……。
とにかく今は、ダンジョンを進むしかないだろう。
…………。
……。