4.攻略開始!
俺たちはダンジョン『青の塔』の正面にたどり着いた。
ここまで、だいたい二時間くらいかかっただろうか?
何回か休憩を挟んだが、幸いなことに、ここまでモンスターに遭遇することなく来ることができた。
他の受験者は進んでいくたびに違う道へ消えていき、徐々に数が少なくなっていった。今はもう俺たちしかいない。
今日は赤い月が出ている。
それなのに、その塔は何故だか青く輝いているように見えた。
その素材は石のようにも見えるし、金属のようにも見えた。表面に電子回路のような模様がずっと上まで描いてある。
「で、でかいッ!」
ここがダンジョン『青の塔』。何階建てなんだ!? てっぺんが見えないぞ。
「本当に十階建てなのか?」
「ふふ、そんなわけないじゃない。十階まで到着すれば外に出れるの。試験は十階まで行けばいいのよ」
「な、何階建てなんだ、こいつは」
「分からないわ。少なくとも二百階以上ってことしか……」
…………たしか『あべのハルカス』だって六十階くらいだったぞ。
二百階建ての塔なんて、人の手に作れるんだろうか。この荷物の軽さといい、実は俺の世界より文明が進んでいるのか?
「わあ、すごいね、リュートくん」
「そうだな」
観光スポットになってもいいくらい派手だ。
「……ここの絵、描きたいなぁ。覚えとかなくちゃっ」
シャルロッテは不安を感じていないようだ。むしろダンジョンに近づくにつれ目を輝かせている。
「あんた、マイペースねぇ。これからダンジョンに行くのよ?」
「あはは、ごめんごめん」
「もう、緊張感持ってよね」
「はーい」
そう言いつつも、シャルロッテはのほほんとしていた。
「行くわよ」
全員で塔へ近づいて行った。
塔には扉があった。
扉の上にプレートがあり、『青の塔67』とある。ここが俺たちの指定された入口だ。
「よし……いい? ちゃんと私の言うことを聞くのよ? 分かった?」
ぎい、と重たい音を立てながらアイリスが扉を開いた。一歩先に入ると、俺たちに向かって手招きした。
俺たちが扉の内側へ入ると。
ばたん! と扉がしまった。
扉を押したり引いたりしてみたが、内側から開くことはできないようだ。
「ダンジョンはね、入口からは出られないの」
「へえ……」
そうなのか。森のダンジョンの時も、それで入口が消えたのかもしれない。
「ここが、ダンジョンってとこなんだね……不思議……」
シャルロッテが壁に触れてそう呟いた。
このダンジョンの通路の壁は、外壁と同じように、青い素材に電子回路のような模様が描かれたデザインだ。
壁そのものが照明になっているようで、通路は明るい。
どことなく最初に目覚めた白い迷宮に似ている。
あそこよりも通路の幅がずっと広く、天井も高いけど。
なんだかSF映画で出てきそうな巨大宇宙船の中みたいだ。
ふと壁に文字が書いてあるのが見えた。
『1』と『エリア11289』と書いてある。これも森のダンジョンと同じだ。『1』は階層なんだろうが、こっちはなんなんだろう……ダンジョンの名前か?
「……大丈夫。……落ちつけ……」
アイリスが小さく呟いたのが聞こえた。だいぶ集中している様子だ。
彼女は一つ深呼吸すると、
「行きましょう」
通路を歩きだした。
* * * * *
そのまましばらく進んでいくと、通路の先に気配があった。
「なあ、アイリス」
「……うん?」
「なんかいるぞ。気をつけろ」
「え?」
俺がそう伝えてから数秒経って、通路からゲル状モンスターが現れた。
スライム? だろうか。そういえば森でも見たな。あの森のやつは灰色だったけど、こっちは水色っぽい。
あの時は魔法が効かなくて、切断したら分裂したんだったっけ。
「シャルロッテ、俺の後ろにいるんだ」
「うん……」
俺はふとアイリスの様子がおかしいことに気がついた。
逃げもせず、かといって戦う構えも取らず、ただ突っ立っているという感じ。
「どうした? アイリス?」
「………………え?」
「いや、モンスターが来てるぞ」
ずるずると音を立ててスライムが這いずってきている。
「そ、そうね! わ、私に任せなさい! 二人は下がっててっ!」
アイリスが剣を抜いた。が。
剣先が震えている。
おいおい、大丈夫か?
動きが固いし、汗もすごいし、瞳孔も開いてるぞ……。
「わ……わ、私はやれる……強く……強くなったもん……」
パニックになってるな……。
うーん。
ま、いい機会だし、そろそろ俺が戦えるいうことをしっかりと伝えるべきだろう。
「アイリス、見てろ」
周囲の魔力に働きかける。俺の肉体から黄色い輝きが生まれはじめた。
「え? リュート? そ、それ……!」
アイリスが我に返ったようだ。
「魔法だよ。【雷の矢】!」
――俺の掌から、電撃が放たれた。
ばしゅう!
電撃はスライムを跡形もなく消滅させた。
……なんだこの弱さは。
俺が強くなったのか? いや――。
「な、なによ、今の……」
「魔法だけど……」
「だ、だって! リュートは【盗賊】なんでしょう?」
そういえばそういうことになってたんだった!
「いや、そうじゃなかったっぽいな。あは、あはは!」
「…………」
アイリスがものすごい目つきで俺を睨んでいる。
「わ、悪かったよ、ごめん。怒んないでくれ」
「……シャルロッテが【魔法使い】だったんじゃなかったっけ?」
「わ、私も……その……違うの……。ご、ごめんね」
「な、なんで嘘なんて……」
まずいぞ……怒ってる……。
「ご、ごめんね。アイリスちゃん」
「俺も謝る。すまなかった!」
頭を下げたまま待っていると、
「もういいわよ。私だって『レベル3』のこと隠してたし。それに、そもそもあんたたちのこと初心者だと思ってたしね」
アイリスがそう言ってくれたので、俺は頭を上げた。
「今のは雷の魔法? すごい、初めて見た。――リュートが【魔法使い】だったのね」
違うけど……まあ、もう説明しなくていいか。竜人ってことを言わなくちゃいけなくなりそうだし。
っていうかよく考えたら、隠し事してることに罪悪感がわいてきたぞ。そのうち竜人ってことを伝えたいとは思うけど……うーん……大丈夫だろうか? 竜人がこの世界でどういう位置づけなのか、先に聞いてみた方がいいか?
「でも……よかった……本当に、戦えるんだ。なんで『レベル1』なんて嘘をついたの?」
「……それは」
嘘じゃないんだけど……。でも説明はできない。
「ま、いいわ――。なんか理由があるんでしょ」
アイリスが表情を緩めた。
「よぉし! じゃ、このまま行けるところまで行きましょう。体力のあるうちに、なるべく進むのが今の主流なの」
「んじゃあ階段を探すか」
ぼわん。
俺は煙を出現させた。
壁に沿って煙を這わせていく。
「……な、なあに、それ? それも魔法?」
「いや、これはユニークスキル【煙の支配者】ってやつだ」
「……え? ユニーク、スキル?」
うーん、残念ながらここから煙の届く範囲に階段はないな。でも通路の形は分かったぞ。立体的に入り組んでて、結構迷いやすそうだ。
む、部屋があるな。――これは宝箱か? へえ、ここにもあるのか。
「あ、あんた……何者なの?」
「え?」
アイリスがめちゃくちゃ驚いている。
「なんだよ、急に」
「なんだよって……ユニークスキルを持ってる人なんて、全冒険者でもたしか十人くらいしかいないのよ?」
なに、そうだったのか……。
…………。
「……私もユニークスキルなら持ってるよ。アイリスちゃん、見て? ほら」
ぶおん、と半透明の白くて小さな箱がシャルロッテの手の上に現れた。
「う、うそ……でしょう?」
アイリスがめちゃくちゃ驚いている。
人前での能力使用を控えた方がいいかもしれない。
犀川に能力を目撃されているし、あんまり目立ちたくないからな。あとでシャルロッテにも言っておこう。
その時だ。
ずる、ずるずる、と這いずる音とともに、通路の先からまたスライムがやってきた。今度は三体だ。
「……ひ!」
アイリスが小さな悲鳴を上げた。
ん、この反応は――。
…………。
とりあえずスライムを退治するか。
俺はさっきと同じように雷の矢を放った。
ばしゅう!
たった一撃で三体のスライムが消滅した。
……やっぱり弱い。直撃してないやつまで消えた。
アイリスに目を向けると、彼女は表情をこわばらせて固まっていた。
「アイリス……? 大丈夫か?」
「…………え? う、うん! なにが?」
なにがって……。
「ま、まあ、あんたたちが何者かは今はいいわ。ダンジョンをクリアすることの方が大切だしね! あは、あはは!」
うーん。この反応はめちゃくちゃ気になるけど、とりあえず今はいいか。
「よし、じゃ、宝箱見つけたから行ってみようぜ」
「え? どこにあるのよ」
「あっち。俺の煙はレーダーになるんだ」
俺たちは宝箱を目指して通路を進んでいった。
…………。
……。
「ほ、ほんとだ……宝箱がある」
「何が入ってるのかなぁ?」
シャルロッテが興味しんしんに宝箱を観察している。
「開けてみるか」
俺は宝箱に手をかけ、一気に開いた。鍵はかかっていなかったみたいだ。
これは……。
「カードだ」
□□□□□□□□□
【自爆】のカード
1.念じることで発動が可能。
2.自分を中心とした範囲で大爆発を起こす。
3.発動後、カードは消滅する。
□□□□□□□□□
なんか物騒なものが出てきたぞ……。
「なんだこれ?」
「それは……スペルカードね」
「スペルカード?」
「うん……ダンジョンにはこういうアイテムがいっぱいあるの。そのアイテムを使って、ダンジョンをクリアしていくのよ」
「へえ……」
森のダンジョンにあったのは、この鎧と短剣と、あと魔石しかなかったけど、こういうのもあるのか。
「どうする? 俺はいらないけど」
「わ、私も……ちょっと怖いかな」
「じゃあ、私が預かっておくわ。ここを出たらカードをお金に替えて、山分けにしましょう」
アイリスはそう言って、カードを胸ポケットの中に入れた。
「ちぇっ。魔石だったらよかったのに」
回復の魔石があと一個しかない。犀川との戦闘でめちゃくちゃ消耗しちゃったからな。それに鑑定の魔石も全部使ってしまった。
「何言ってるの? そんなのあるわけないじゃない」
「え?」
「魔石って、超レアアイテムなのよ? こんな低階層にはないわよ。この『青の塔』でも百階より上に行けば、たしかあったと思ったけど……」
そうなのか……?
まあ、そりゃそうか。体が切断されても全回復してたからなぁ。でも残念だ。
「でも、『自爆』だってレアアイテムなのよ? ちょっと使い道が難しいけど……」
難しいっていうか、ないだろ。
自爆だぞ? 自爆。
「じゃあ、行きましょうか」
俺たちは再び通路へ出て、ダンジョンを進むのだった。