1.アイリスとの出会い
俺たちは四日かけて大移動し、城の立つ大きな街へやってきた。
この四日間の間は、めちゃくちゃ快適だった。
まず食事だ。
森や草原で動物を狩って、その獲物の肉はシャルロッテが調味料で味付けしてくれた。それがめちゃくちゃうまかったのだ。
夜は、シャルロッテが半透明の箱で広くて頑丈なテントを作ってくれたおかげで、野宿とは思えないほど快適に過ごすことができた。
ちなみにシャルロッテは俺と同じ箱の中で寝たいと主張した。
いくらなんでも、それはハードルが高すぎる。俺はつい最近まで、女の子と二人きりで話したこともなかったんだ。
俺が断ると、シャルロッテは、
「な、なんで? 一緒にいるのに別々なんて変だよ……おかしいよ……」
と、泣きそうな顔を武器に俺を説得にかかった。
平行線が続いたが、最終的には彼女の方が折れてくれた。
シャルロッテを説得するのはマジで大変だった。彼女は意外と頑固なとこがあって、なんだか、俺は徐々に尻に敷かれ始めてる気がする。
このまま移動し続けたいところだったけど、ずっと屋敷暮らしだったシャルロッテにとっては、野宿生活はかなりの体力を消耗するみたいで、そろそろ落ち着いた暮らしをするために、俺たちは街へ入ることにしたのだった。
街の名前は『メリルスター』というらしい。
以前に見た街と同じで、ここもヨーロッパ風の街並みが広がっていた。なんだか装備をしている人が多かったようにも思う。
城を中心に街は広がっていて、西には繁華街が、東には住宅街があった。南にはのどかな田園の風景があり、北にはでかい工場がたくさん並んでいた。
ちなみに工場からは色とりどりの煙があがっていた。なんだか俺の能力みたいだ。あれはなんの工場なんだろうか。そのうち見学してみたい。
そんな街で俺たちがやろうとしたことは一つ。仕事探しだ。
一、店に入る。
二、頭を下げる。
三、仕事をさせてください、と頼む。
以上、簡単な作業。
しかし結果はよろしくなかった。どこの店も俺たちを雇ってくれないのだ。
――いや、正確には俺を雇ってくれなかった。シャルロッテはその愛らしい容姿のおかげか、引く手あまただったのだけど、
「リュートくんと一緒がいいなぁ」
という理由で、彼女は誘いをいくつも断った。
そんなシャルロッテの行動を嬉しく思う反面、俺は情けない気持ちでいっぱいだった。
そんなこんなで街へ来てから三日が経ってしまった。
俺たちは夜の街にも繰り出して、酒場みたいな場所も回ってみたのだが、結果は同じ。
もう諦めようと思った時、酒場にいたおっさんが俺たちに話しかけてきた。
なんでも、冒険者という職業があるらしい。
おっさんが酔っぱらっていてよく分からなかったけど、トレジャーハンター的な仕事のようだ。
この街じゃ人気の職業らしいし、危険もそんなにないとのこと。
そしておっさんが言うには、その冒険者になるための試験がこの街で行われているとのことだ。
おっさんは一枚の紙を俺たちにくれた。そこには受付会場の場所の地図と受付日時が書いてあった。その受付がいつなのか聞いてみたら、なんと明日だというのだ。
試験や仕事の内容は紙からではよく分からなかったけど、俺はなんでもいいから仕事をしたかったし、シャルロッテも『冒険』という言葉の響きに目を輝かせていたしで、俺たちは、とりあえず冒険者試験を受けてみよう、と決めたのだった。
* * * * *
で、翌日。
その案内の紙を手にしながら、会場に向かっていた。
もう近くまで来てるはずなんだけど――。
どん、と何かが俺の胸にぶつかった。
しまった。地図を見てたせいで人にぶつかってしまったようだ。
大荷物を背負った女の子が鼻を抑えている。涙目になっているけど、大丈夫だろうか?
「ごめんな、大丈夫か」
よく見るとめちゃくちゃ可愛い女の子だった。金髪の髪を右だけ結っている。サイドテールってやつか。歳は俺と同じくらい。
服装は青いスカートに、白のブラウス。黒いブーツに、金属製の胸当てと籠手。そして腰には剣を挿している。この背中の大荷物は、旅人なんだろうか?
……やばいくらい可愛いな。テレビで見るアイドルよりずっと可愛い。
なんだ? この異世界には美少女しかいないのか?
シャルロッテと出会って『美少女耐性Lv5』を得てなければヤバかったぞ……。
「……それ」
「うん?」
「ね、ねえ! あんたも、受けるの?」
彼女はブラウンの大きな瞳を俺に向けた。
「あぁ、これか」
冒険者試験のことを言っているんだとすぐに分かった。
「うん、受けようと思ってるけど」
「一応聞くけど、パーティメンバーは募集してないわよね?」
……パーティメンバー?
「なんだそれ?」
「は、はあ? なんで知らないのよ。あんただって、誰かと一緒に試験を受けるんでしょう?」
知ってて当然、という感じで彼女は言ってきた。どうもパーティメンバーとは受験仲間のことらしい。
「……あ、なんだ、仲間のことか。ここにいるぞ」
俺がそう言うと、ずっと黙っていたシャルロッテがおそるおそる俺の背中から顔を出した。
「こ、こ、ここ……」
シャルロッテは緊張しているのか、なんかニワトリみたいになっている。こんにちわ、と言いたいのか?
「あんたたち、二人?」
彼女はシャルロッテの挨拶を待たずにそう言った。ガーン、という効果音が聞こえてきそうなくらいシャルロッテはショックを受けていた。
「……そうだけど?」
「……ねえ、よかったら私とパーティ組まない? 私も冒険者試験を受けるの。二人よりも三人の方がいいでしょ?」
うーん、なんのことか分からないけど、試験は一緒に受ける仲間が多い方がいいのだろうか? どういう試験なんだ?
「どうする? シャルロッテ」
「も、もちろんオッケーだよっ!」
シャルロッテは勢いよくそう言うと、ふにゃっと頬を緩めた。嬉しいみたいだ。
「よし、じゃあパーティってやつを組もうぜ! えーっと」
「私はアイリス。あんたたちは?」
「俺はリュートだ」
「わ、私はシャルロッテ……よろしくね、アイリスちゃん」
「うん、よろしく。――じゃあ早速だけど、会場に向かいましょうか? もう時間もないし、歩きながら話しましょう」
そう言って彼女、アイリスは歩きだした。てきぱきしてる子だなぁ。
数歩歩いてすぐ「あ、そうだ」と彼女は立ち止まった。
「その前に、言っておきたいことがあったの。あなたに」
と、アイリスは俺を見た。
「俺か? なんだ?」
「私のこと、好きにならないでほしいの」
は?
「私、あんたのことタイプじゃないし。告白されても絶対にフッちゃうのよ? 分かる?」
「は、はぁ?」
「パーティ内恋愛禁止! 分かった?」
なんなんだ? 突然アイドルグループみたいなことを言い出したぞ。
ちょっと可愛いからって己惚れてんのか? ふん、俺だってそういう女は好きじゃあないぜ。
「ねえ、分かったの?」
「分かったよ……」
「……絶対だからね。約束だからね……」
じぃ、とアイリスは気の強そうな目を俺に向けながら詰め寄ってきた。
妙に迫力があるぞ。なんなんだ。
「分かったって言ってんだろ……」
そう言うと、彼女は満足そうに頷いて、元気よく歩きだした。
なんだったんだ、今のは……。
「じゃあ歩きながら簡単に自己紹介しましょうか。私のジョブは【剣士】。あんたたちは?」
「じょぶ?」
「……まさかだと思うけど、ジョブを知らないってことはないわよね。……ねえ、一応聞くけど、あんたたち本当に冒険者になりたいのよね?」
なんだ? 知らないとおかしいのか。
「……じょぶってなんだ?」
とシャルロッテへ耳打ちする。
「たぶん……職業のことだと思うけど……」
シャルロッテは自信なさそうに、俺に耳打ちを返した。
職業、じょぶ、ジョブか。
無職、と言うのも情けないので、
「俺たちは旅人だ」
と答えた。すると――。
「は? なにそれ。聞いたことないけど」
「…………」
なんか話が噛み合わないな。冒険者の専門用語か?
……アイリスは剣士だって言ったっけ。
「えっとなぁ、俺は、ほら、これだ」
俺は腰元のナイフを見せた。あの森のダンジョンで見つけた黒いナイフだ。名前はたしかデスペレイションだっけ。
「ダガーってことは、リュートは【盗賊】なのね」
「……そう、それだ」
シャルロッテが喜んでいるし、できればこのまま仲間を続けてもらいたいので、玄人ぶってそう言っておいた。
「敵感知とか、宝箱検知とかできる?」
お、それなら分かるぞ。
「大得意だ!」
「ふうん、そうなんだ。それじゃあシャルロッテのジョブは?」
「えっ!? え、えっと。えっとね……」
シャルロッテが困っている。……頑張れ!
「ご、ごめんね。私、分からないかも」
お、おいぃ!
なんで正直にそう言ってしまうのか……!?
「分からない……?」
訝しげな顔をアイリスは浮かべている。
「あ、で、でも! 私、モンスターを閉じ込めたりできるよ!」
「閉じ込める? じゃあ【魔法使い】ってこと?」
「えっ? ちが――」
「それだぁ!」
俺はシャルロッテの言葉を遮ってそう言った。
「そう、それだ! 魔法使いだ!」
「ふうん……? って、なんであんたが答えるの?」
なんか怪しまれてる気がする。
「シャルロッテはなぁ! モンスターも、炎も、魔法も、全部防げるんだぜ! な?」
「う、うん……」
「へえ! 私と同じくらいの歳なのに……すごいのね!」
よく考えると、けっこうマジですごくないか? あの犀川の奇襲じみた白い魔法も防いだし、火炎の球体だって消してたし。
「う……あ、あの……そ、それは魔法じゃなくってね、えっと――」
シャルロッテがそんなことを言ったときだ。
アイリスが立ち止まった。
聖堂のようなデザインのでかい建物がある。
ここが、冒険者試験の会場か? 地図を見てなかったから分からないけど、たぶんそうだろう。
俺たちくらいの年代の人たちがたくさんいる。この人たちもきっと受験者なのだろう。
「さ、行くわよ。早く手続きを終わらせなくっちゃ」
アイリスはそういうと、入口へ続く階段をのぼっていった。