2.アイリス、追放される
「アイリス。今日限りでお前をパーティから追放する」
あと数時間後に冒険者試験の申込み時刻だというのに、彼は何を言っているんだろう。
「荷物をまとめて出て行ってくれ。これから冒険者試験の攻略に向けて打ち合わせをするからな。部外者は邪魔だ」
その声のトーンはあまりにも不機嫌そうだった。仲間に対して向けるような声色じゃない。
「なんの冗談よ」
「冗談なんかじゃねえよ」
空気が張り詰めている。他のメンバーも何も言わずに黙っている。
「……本気で言ってるんじゃないわよね?」
「もう顔も見たくねえ。消えてくれ」
「…………そう。ふーん」
理由は聞かない。見当がついたから。
昨日の夜、この男はアイリスに告白をした。冒険者試験を無事に合格できたら交際をしたいと申し出たのだ。
アイリスは冒険者試験の結果など待たずに断った。
そんな対象として見ていなかったし、恋愛などしてる余裕もアイリスにはなかった。
だから、いずれパーティは解散になると思っていた。
思っていたけど……。それは今日じゃないと思っていた。だって――。
「私、冒険者試験に合格できなくなっちゃうんだけど?」
「……知らねえよ」
もう、今さら他のメンバーを探している時間なんてない。
一応規定ではソロで試験に挑んでもよいとされている。けれど、わざわざそんなことをする物好きはいない。
試験はパーティ攻略を前提に組まれている。ソロでの難易度は、上級冒険者レベルに跳ね上がってしまう。
今、パーティを追放されたら、合格ができなくなるのは当然の結果。
つまりこれは、冒険者試験を落ちろと言われているのと同じことだった。
「来年の試験を受ければいいだろ。ほら、早く出てけよ。邪魔なんだよ」
この人は本当に私のことを好きだったんだろうか?
私は断じて思わせぶりな態度なんて取ってない。むしろこうなるのがイヤだったから、あえて素っ気なく接してきた。
昨日だって、彼を傷つけないように慎重な言葉を選んだつもりだ。彼の気持ちそのものを踏みにじるようなことは、絶対にしていない。
なのに――。
「あんたたちだって、私が抜けたらきついんじゃないの?」
男は鼻で笑った。
「はっ、お前、全然役に立ってねえだろうが。お前なんて最初っから顔でしか選んでねえんだよ。『レベル3』なんて、いてもいなくても変わんねえよ」
「…………っ!」
だから男っていやなんだ。前のパーティもそうだった。勝手に好きになっておいて、断ったら追い出す。
私は、来年なんて待ってられない。私には、大事な目的がある。
仮にここで昨日の告白の答えをノーからイエスに変えたら、この男は考えを変えてくれるだろうか?
でも、さすがにそれは私のプライドが許さない。こんな身勝手な男に、嘘でも好きだなんて言えない。
「分かった。でも、最後にいいかしら?」
「なんだよ」
「さいってー!」
ばちん! と男の頬を叩いた。
アイリスは自分の荷物をまとめると、すぐに宿を出た。
* * * * *
アイリスは手をぎゅっと強く握り、地団駄を踏むような大股で町の中を早足で歩いた。
足は自然と受付会場に向かっていた。意味なんてないのに……。
私は冒険者試験に、実力と関係のない所で不合格になる。
これまでの努力を考えたら自然と涙が出てきた。何のために自分は頑張ってきたのか……。
悔しい。……悔しい、悔しい!
こうなったら、無謀と知りつつ奇跡を信じてソロで挑んでみようか?
でも……、当たり前だけど、死にたくはない。
どうしよう、どうしよう――。
どん!
「わっぷ」
曲がり角で誰かにぶつかった。鼻が痛い……。
アイリスは泣き顔を見られたくなくて、急いで涙を拭いた。
ぶつかったのは、黒い鎧を着た男。歳は自分と同じくらいだった。
黒い髪に金色の瞳、背は高くて肩幅は広い。
目つきが悪くて、ちょっとこわい……。
「ごめんな、大丈夫か」
さっさと逃げようと思ったアイリスだが、気になるものが目に入った。
「……それ」
「うん?」
「ね、ねえ! あんたも、受けるの?」
「あぁ、これか」
彼が持っていたのは、冒険者試験の会場案内の書面。
「うん、受けようと思ってるけど」
何か運命のようなものを感じた。
「一応聞くけど、パーティメンバーは募集してないわよね?」
してるわけないだろ、とアイリスは続きを予想した。けれど……。
「なんだそれ?」
帰ってきたのは予想の斜め上だった。
知らない? そんなこと、ありえるだろうか?
「は、はあ? なんで知らないのよ。あんただって、誰かと一緒に試験を受けるんでしょう?」
「……あ、なんだ、仲間のことか。ここにいるぞ」
女の子がひょこっと男の背中から顔を出した。
どう見ても戦いに向いていないおっとりした子だ。亜麻色の髪がふわっとした女の子。グリーンの大きな瞳。歳は私と同じくらい。ずいぶんと服が汚れている。まるで何日も野宿でもしてきたみたいに……。
「こ、こ、ここ……」
なんか変なことを言ってるけど、すごく可愛い……。目が合うと、彼女はすぐに目線を外してしまった。
「あんたたち、二人?」
「……そうだけど?」
ソロほどではないけど、たった二人での攻略は珍しい方だ。もしかしたら――、パーティを組めるかもしれない。
「……ねえ、よかったら私とパーティ組まない? 私も冒険者試験を受けるの。二人よりも三人の方がいいでしょ?」
希望は、まだある――。諦めるのは、まだ早い。
アイリスは祈るような気持ちで返答を待った。
次回より第三章がはじまります!
#少し書き溜めたいので、10日ほど間をあけると思います。すみません。(2020/6/26)
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