12.勇者
俺たちを囲っていた箱が砕けた。俺はシャルロッテを煙で一気に地上に送った。
と同時に、
――くたばれッ!
魔法『雷帝』を乱れ撃ちした。
「オラオラオラオラァ!」
しかし。
炎の壁のようなものが突然出現し、貫通力の高い『雷帝』がいともたやすく防がれてしまう。
俺は『閃光』の魔法を使用した。
カッ! と強い光が視界を白く染める。
続けて『疾風迅雷』と『肉体増強』を使用。加えて緑の煙を纏い高速でやつに迫る。
接近戦だ。俺の全力を受けてみろ――。
「はああああ!」
俺はやつにラッシュを叩き込む――はずだった。
「お父さんを殴ろうとする悪い腕はこれかね?」
「う、ああ、ああああ!」
犀川が両手が俺の腕を持っている。
いつだ? いつやられた?
いつの間にか、腕が切断されていた。
「接近すれば炎はないと考えたか?」
「うぅ……ッ!」
ぼっ! と犀川の腕が燃えさかった。紅蓮の炎が俺の腕を一瞬で燃やし尽くした。
俺は距離を取るとともに、今度はやつの周囲を高速で飛行しながら、『雷帝』を撃ちまくる。
が、これもダメ。炎に防がれてしまい、まったく効果がない。
「――ふははは! 死ぬなよ、龍斗!!」
炎の壁が一気に大きくなり、渦のように俺の周囲に回転をはじめた。
逃げようと思ったが、うまくいかなかった。いつの間にか翼が小型太陽に撃ち抜かれていた。
炎の壁が上下左右から俺に迫る。
「【風の障壁】」
俺の魔法はやつの攻撃の前には無力だった。あっという間に炎に負けてしまう。
それなら――。
ぼわっ。
俺は煙を一気に噴出した。
煙の防火壁だ。これならどうだ。
が、
「な、なんだとッ!」
煙が炎に焼かれている。
この火炎の能力は、俺の煙よりも――強いのか!?
煙が燃え尽くされ、迫ってきた灼熱の炎は、俺の体を激しく燃やした。
じゅうう、と肉の焦げた音がする。
全身が溶け始めている。悲鳴を上げたはずだが、喉の奥が焼かれてしまっていて声が出ない。
や、ヤバい。これは火事で死んだときと同じ――命が燃えて消えていく感覚。
し、死ぬ――。
死、死――。
激痛に意識が飛んだ。
【――スキル『根性』が失われました】
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名前:リュート
種族:竜人種/ブラックマジックドラゴン
レベル:1
HP:1/2427
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ふと、その声で意識を取り戻した。
即座に魔石を使いHPを回復。腕も回復した。
しかし。
炎はまだ俺を焼き続けている。HPがすごい勢いで削られているのだ。危機はまだ去っていない。
ま、まずい。
き、消えないッ! 炎が消えないッ!
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名前:リュート
種族:竜人種/ブラックマジックドラゴン
レベル:1
HP:327/2427
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さらに追加で回復の魔石を使う。
「が、ふ……」
全身から噴き出した血が、ぶくぶくと泡を立てている。沸騰しているのだ。強烈な苦痛に全身が襲われている。
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名前:リュート
種族:竜人種/ブラックマジックドラゴン
レベル:1
HP:392/2427
□□□□□□□□□
さらに魔石を使用する。
まずい、このままだとすべて使い切ってしまい、そのうち俺は死ぬ。
「ほう、しぶとい。『根性』のスキルと、あとは回復の魔石か? やるじゃあないか、龍斗」
「さ、犀川ぁーッ!」
力を振り絞って声を出した。
「こ、殺してやるッ。お前は絶対に殺す。俺が殺す」
「ふふ、どうやって?」
「お、俺の最強の技を受けてみろっ!」
ぼん! とドラゴンに変化した。
「なるほど、竜人というのは面白いな。好きにドラゴンへ変化できるのか」
魔力を集中させる。と、同時に煙を出現させた。重力を操作する黒い煙だ。
続けて、その煙の中から黒い龍が現れた。龍は螺旋を描きながら俺の周囲を周っている。
「ふむ、それも貴様のスキルか?」
龍は凄まじい勢いで犀川に向かって一直線に飛んだ。
犀川の前に炎の壁が現れた。
――喰らえ、これぞ俺の策。
黒い龍が突撃。炎に触れる。
その瞬間――。
大砲のような爆音とともに、黒い龍が爆発した。黒い爆発は、世界を一気に暗黒に染めた――。
* * * * *
俺は煙が作り出した漆黒の中、シャルロッテを抱いて、彼女が耐えられるギリギリの速度で、森の中を縫うように飛行した。暗闇とはいえ、あれは俺の煙。森の中を飛ぶのは難しくなかった。
振り返ればやつがいるような気がして、気が気じゃなかったけど、それでも飛び続けて、俺たちは険しい山の奥へと逃げこんだ。
あの黒い龍の正体は、魔法『水の龍』だ。
俺は数十発分の『水の龍』を、重量を操る『黒い煙』を使って限界まで圧縮した。
あの爆発は、その圧縮された水が炎に触れて水蒸気爆発を起こしたのだ。やつにダメージはないだろうが、目くらましには十分。
わざわざ『殺す』と言ってみたり『最強の技』なんて言ったのは、やつに確実に炎で防御させるため。
俺がああ言えば、気まぐれにかわしてしまうことはないと思った。自分の能力を見せつけるのに炎を使うに違いないと思った。
結果は狙い通りになった。策を発動させる前に、まさかあれほどのダメージを負うことになるとは思わなかったけど……。
三十六計逃げるに如かず。どうにか俺たちは逃走することができたのだ。
『根性』のスキルも戻ったし、俺を殺そうとしてた業火も、離れたことにより消えてくれた。さすがにここまで来れば大丈夫……だと思いたい。
「リュートくん、大丈夫?」
「あぁ、もうなんともない」
俺は腕をぶんぶんと振って見せて、回復したことをアピールした。
「ううん、そうじゃなくて、その……」
何を言われているか、俺はすぐに分かった。あれだけ狼狽えたところを見せてしまったのだ。
「うん、もう大丈夫だ……かっこ悪いところ見せてごめんな」
シャルロッテは首を振った。
「か、かっこ悪くなんてないよ。かっこよかったよ」
気をつかってくれているんだろうか。逆に情けなくなってくる。
泣きそうだ。……泣かないけど。
「あの恐い人は、リュートくんの知り合い?」
「うん。……あいつなんだ。俺を閉じ込めてたのは」
まさか犀川までこっちに来ているとは。俺と同じ火事で死んだのか? しかも、『火炎』を操る能力……。
運命、か。たしかに信じたくなる。俺の場合は、呪われた運命だろうが。
「ごめんな。俺、強くなるから。シャルロッテのことは俺が絶対に守る。絶対に……。だから、心配しないでほしい」
自分を言い聞かせるように俺はそう言った。
「……ありがとう。リュートくんも、心配しなくていいからね」
「え?」
「リュートくんのことは、私が絶対に守るから」
ぶおん、と透明な箱が俺たちを覆った。
「今度会ったら閉じ込めちゃうもん。私の箱は無敵なんだよ? 誰にも壊せないの。たった一人を除いて……ね?」
シャルロッテはにこっと笑った。
俺を不安にさせないように笑ってくれているのだ。きっとシャルロッテだって、恐い思いをしたはずなのに……。
俺は、彼女を絶対に幸せにすると豪語したくせに、いきなり何をやっているのだ。
もしも、シャルロッテに何かあったら、俺は。
――俺は。
「リュートくん」
「……ん」
「心配しないでって言ったでしょう?」
「ご、ごめん」
「幸せにしてくれるんでしょう?」
「……もちろんだ!」
「ふふ。じゃあ、笑ってよ。今日は旅立ちの日なんだよ?」
……そうだ、こんなんでどうする! しっかりしろ!
くそ! くそ! くそ! 元気出せ! 俺! 落ち込んでる場合か?
よし。
「シャルロッテ!」
「ん?」
「か、可愛いな」
「………っ!」
彼女はカァー、と耳まで真っ赤になった。
可愛い……。
よし、完全に癒された。立ち直ったぞ。
よく考えてみろ。俺はこれからシャルロッテと一緒にいられるんだぞ? 絶対楽しいに決まってる!
「よーし! 気を取り直して出発だ!」
どこに行こうか。
犀川の目から逃れるためにも、できるだけ大きい街に行ってみるのがいいんだろうか。
それに、金を稼がなければ。
シャルロッテが一緒なのだ。これからは何日も食事をしなかったり、木の上で眠ったりすることなんてできない。
――よし。
「俺たちは自由だ!」
「おー!」
「幸せになるぞ!」
「おー!」
負けるものか。
あの男が立ちはだかるのなら、俺の障害となるのなら、倒さなければならない。
いつか倒す、必ず――。
俺は、絶対に、幸せになってやるからなっ!
今回で第二章は終了です。
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