9.シャルロッテ②
「シャルロッテ、開けてくれ。大事な話なんだ」
「聞きたくないよ!」
扉越しに悲痛な声が返ってきた。
「なんで聞きたくないんだ」
「だ、だって……聞きたくないもん……理由なんかないよ」
「いいか、君のお母さんは――」
「やめてったら!」
「本当のお母さんじゃ――」
「分かってるから!」
叫ぶような言い方だった。
「分かってるの……だから…………何も言わないで……全部、分かってるから……」
シャルロッテが泣いているのが分かった。
「分かってるって、何をだよ」
「知ってるの。分かるよ。電話だと音が悪くて声はみんな一緒に聞こえるけど、でも、言葉の選び方とか、ちょっとした時の反応とか、そういうので、分かるの。分かっちゃったの」
「……それって」
偽物だって、分かってるって、やっぱりそういうことなのか。
……嘘だろう?
なら、どうしてあんな風にプレゼントを大切にできるんだ。
「お願い。だから、もう言わないで」
「本当に分かってるのか? シャルロッテ」
「…………うん。分かってるよ」
「いいや、分かってないだろ」
「分かってるってば!」
「いいか。君は利用されてるんだぞ!」
「……お母さんが私を頼ってくれてるんだよ。私はいいの、それで」
……彼女は何を言ってるんだ。会話が成立しているようで、成立していない。
俺は彼女を縛り付けている呪いの片鱗を感じ、背筋の凍るような思いをしながらも、説得を続けた。
「何が……いいんだ。いいわけないだろ? 君は騙されているんだ。封印を解け」
「いっぱい人が死んじゃうから、ダメだよ」
「そんなもの知るかよ!」
俺は自分でも驚くほど怒っていた。シャルロッテにではなく、彼女を利用する連中に。
「だからって、なんで君が犠牲になる必要があるんだ? おかしいだろ! あいつらは君のことを――」
「いいの、しょうがないんだよ……私が我慢すれば、それでみんな平和になれるんだから、それでいいの」
「……シャルロッテはずっとここにいるつもりなのか? それでいいのかよ」
「……うん。それでいいの。そのうちモンスターは弱っていって、死んじゃうんだから。そしたらお母さんとまた暮らすの。お家にいるのに飽きちゃったら、今度はお母さんと一緒に旅に出るんだよ」
「……だから君のお母さんは――」
「だから言わないでって言ってるの!」
「…………」
「……お母さんと旅に出るの。そう、そのはずだったの。なのに! なのに! リュートくんが変なことを言うから、おかしく……なっちゃった。……おかしく、なっちゃったよ」
嗚咽をもらしながら彼女は更に続ける。
「ひどいよ。お母さんのこと変だなって思っても、私の勘違いかもって、気のせいかもって、そうやって答えを出さないことで、気づかないふりができてたのに。いつか夢が叶うと思えてたのに。私はそれだけで、幸せだったのに」
分かっていながら、分からないことにして、お母さんと思い込むようにしていた。
だからあのプレゼントも大切にしてた……。そういうことなのか?
そんな幸せがあるのか? それが幸せだっただと?
「何が……幸せだ」
偽りの理想と知りながら、叶わない夢と知りながら、気づかないふりをして、このまま延々と見続けることが、幸せなわけがない。
それは絶対に違う。そんなものは幸せなんかじゃあない。
それだけは、確信を持って言える。この俺は、そんな幸せに、ちっとも憧れを抱かないからだ。
「もうやだ……あっち言って……今はお話ししたくないよ……」
「現実を見ろ。シャルロッテ」
「…………」
返事がない。これ以上、会話をしたくないのかもしれない。
「はっきり伝えよう。君のお母さんは偽物だ。あの女は君のことを封印の道具としてしか見てない。愛情なんてこれっぽっちも持ってない」
ぼわり。
俺は煙を扉の隙間から送り込んで、扉を内側から開けた。
彼女が抵抗する気配はない。
俺は扉を開けた。
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたシャルロッテが床に座っていた。彼女の周りには手紙が散らばっており、そばにクマのぬいぐるみが転がっていた。
その痛々しさに、俺は胸が締め付けられる思いがした。
女の子がこんなになるまで泣いている姿をこの目で見るなんて初めてだし、何より、俺の言葉が発端でこうなったのだ。
「ごめんな。俺は君を放っておけないみたいなんだ。悪く思わないでくれよ」
たぶん、俺は自分と彼女を重ねてしまっている。だから、どうしても他人事に思えなかった。
「…………」
「まあ! あれだ! とりあえず、あのモンスターを倒してくる! 話はそれからだ! な!」
俺は極めて明るい声を出してそう言ってみた。
「だ、ダメ!」
そのおかげかどうか分からないけど、シャルロッテからそう返事があった。
「それだけは絶対ダメ。……私のせいで、色んな人が死んじゃう。リュートくんだって……」
俺は煙を彼女に巻くと、ゆっくりと体を持ち上げ、手繰り寄せて、自分の腕で抱くようにした。
お姫様だっこってやつだ。
「リュートくん……?」
「……俺だけが君の秘密を暴いてしまうのは、フェアじゃないよなぁ」
「……え?」
俺は窓際に近付いて、煙を使ってガラガラと窓を開けた。
そして――。
「【飛行】」
窓から一気に飛び立った。もちろん、シャルロッテを抱いたまま。
「や、やめて! ダメだよ、リュートくん。封印が解けちゃう……」
屋敷を離れれば、能力が解除されると言っていた。なら、このまま離れて無理やり解除する。
そろそろいいか。
ぼん!
ある程度離れたところで、俺は竜人モードに変化した。
……よし。あの空気の壁はすでに抜けていたようだ。
「…………え? ツノ……尻尾……それに、翼?」
「ふふ、実はな。俺、人間じゃあないんだ。竜人って言うんだ。だから心配いらない。俺はあいつなんかより全然強い。――ドラゴンにもなれるんだぜ」
「どら……ごん?」
「そう。この俺は変身するたびにパワーがはるかに増す。その意味が分かるな? ふふ」
シャルロッテが目を点にしている。突然の出来事に、処理が追い付いていないようだ。俺の腕の中で固まっている。
白い箱を見ながら、少しづつ離れていく。どのタイミングで彼女の能力が解除されるのか。
徐々に離れていくと、ぱき、と音がした。屋敷とモンスターからおよそ百メートルほど離れたあたりだろうか。
突然、ガラスが割れたように箱が一気に砕けちった。
「――――――――!」
衝撃波のような音が体を震わせた。あの狸の化け物が咆哮しているのだ。
あれが巨大モンスター、スジャーラドラか。
「シャルロッテ! 箱の力で自分を守れるな!」
「は、はいっ……」
俺の勢いに負けたのか、シャルロッテは素直にそう答えた。次の瞬間、彼女を守るように白い半透明の箱がぶおん、と現れた。
これが彼女を縛りつけていた忌まわしい力か。この箱の耐久力がどれくらいか分からない。極力、離れた場所で戦わなければ。
――竜の闘気!
緑の煙を纏い、大地を蹴った。
全速力で飛行。
一気に化け物の正面までやってきた。
巨大モンスターと対峙する。
四つの頭の窪んだ黒い目が俺を睨みつけている。長年閉じ込められたことが頭に来ているのか、どの顔も憤怒しており、黒い牙を剥きだしている。
「――グルゥ……!」
「ふん。頭に来てるのはこっちだぜ。そもそも、てめーが現れなければ、こんなことになってなかったんだからよぉ」
「――グガァア!」
「よくもシャルロッテをあの屋敷に閉じ込めてくれたな。――お前は殺すぞ」




