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7.諜報

 夜の森の中に明かりが見える。


 わだちを追っていくと、横長の建物があった。


 大きさは郊外のファミレスとおんなじくらい。


 全ての壁面が、機械の置いてあった建物と同じような迷彩カラーで塗られている。


 だけどこっちの建物には窓があって、そこからわずかに光が漏れていた。


 おそらく、人がいるのだと思う。近くに自動車――こっちも迷彩カラーリングだ――がいくつか止まっているから、間違いないだろう。


 なんの建物だろうか。このカラーリングのせいか、なんとなく、軍事基地みたいな、そんな雰囲気がある。


 ここはシャルロッテの屋敷からは、それなりに離れている。


 ここからあのケースに入ったたぬきの化け物は確認できるけど、屋敷は見えなかった。たぶん、あっちの屋敷からも、この建物は見えないだろう。


 ――さて、どうするか。


 普通に尋ねるのは躊躇ためらわれる。


 いくら人間モードとはいえ、たぶん警戒されてしまって情報が得られないだろう。


 ――なら、盗み出すしかないな。


 俺は建物の上に素早く移動した。


 俺はその場に這いつくばって、聞き耳を立てた。


 …………。


 聞こえない。この下に人がいないのか、天井が分厚くて聞こえないのか分からないのが辛いところだ。


 建物の上を音を立てないよう移動し、何か聞こえないか確認していったが、残念ながら何も聞こえなかった。『聴覚強化Lv2』があるからいけると思ったんだけどな……。


 仕方ない。次の手だ。


 ――煙の支配者。


 ぼわん、と煙を出現させた。


 俺はその煙を、可能な限り細くなるように操作して、それをっていく。


 俺はこの煙で作った糸の片側をイヤフォンのようにして自分の耳にくっつけた。


 反対側を伸ばしていき、窓の隙間から建物内へ侵入させる。


 音は振動。


 煙を通じて振動は伝わり、俺の耳にダイレクトに届く。


 俺は先端を聴診器のように変化させて、床にぴたりと触れさせてみた。


 これは――煙の集音器だ。


 これならどうだ――?


 …………。


 何か物音が聞こえる。……これは、足音か。


 煙を見られた面倒だ。慎重に、通路の天井部分に這わせるようにして、音の聞こえた方向へ煙を進めていく。


 途中で扉があった。だが隙間さえあれば俺の煙は侵入できる。


 煙を部屋へ入れていくと、音が大きくなった。


 天井へ煙を這わせて、音を拾う。


 ノイズ混じりのこもった音だけど、十分に聞き取ることができた。


「はぁ、ったく。いつまでこんなことしなくちゃならないの?」


 女の声だ。


「さあな。あと一年か二年くらいじゃねえのか。いいから手紙を書き溜めておけよ」


 もう一人いる。こっちは男だ。


「書くことなんか別にないのよねぇ。困っちゃうのよ。いっつも書くのは同じようなことばっかだし。あのさー、こんなの書かなくていいんじゃないの?」


「そんな手紙でも、あのシャルロッテって子は喜んでるみたいだぞ。いいから書けよ」


 シャルロッテ、という言葉が聞こえて、俺の背中に緊張が走った。


「ふうん。気がつかないものかしらねぇ。ねえ、お酒ない?」


 気がつかない? なんだ? なんのことだ?


「お前なぁ。これだって、国の正式な任務だぞ。もう少し緊張感持てよ」


「ふん。どうだっていいのよ、こんな仕事。だいたい、あの化け物だって、倒そうと思えば倒せるんでしょう? ほら、あの超強い人たちがいたじゃない。紅蓮ぐれんの騎士一番隊、だっけ?」


 ――紅蓮の騎士? また知らないワードが出たな。


「あの人たちは忙しいだろうから無理だろうよ」


「なによそれ。じゃあ他の連中でもいいわ」


「倒せなくもないだろうが、相当な被害が出るらしいぜ。数百レベルの死者が出るんだとよ」


「だ、だからって、放っておくわけにはいかないじゃないの。私たちが適当にやって、あの子が封印を解いちゃったらどうするわけ?」


「ま、そん時は事故発生ってことで討伐するんだろうよ。紅蓮の騎士様たちの尊い犠牲を持ってな」


「どうせ倒すなら、さっさとやりなさいよ。ったく、なんで私がこんな僻地に……」


「死人がたくさん出るからな。国は決断できねえのさ。シャルロッテが封印し続ければよし、もし封印が解けても、討伐を依頼せざるをえない状況になるから、それはそれでよし。市民を守るために死ね、と堂々と言えるわけだ」


 とくとくとく、という音のあと、からん、と氷の転がる音がした。


 たぶん酒を注いでいるのだろう。


「まあ国も本音じゃ封印が解けることを望んでるんじゃあねえか。あの怪物はリスクでしかねえからなぁ。だから俺たちにたいした指示もねえわけだよ」


「はぁー、ったく、回りくどいわねぇ」


「ふん。俺にとっちゃあ好都合だけどな。たまに物資の運び入れをするくらいで、あとは適当に過ごせるし、万が一封印が解けてもシェルターがあるからそこまで危険でもない。こんなんで金が稼げるなんて、いい仕事だと思うぜ。シャルロッテには引き続き、この生活を提供してもらいってもんだ。だから、だ。てめえはちゃんと手紙を書いて、あの子に幸せを感じさせてやれ」


「分かってるってば。うっさいわねぇ」


 じりりりり、と音が鳴った。電話の音だ。


「おい、シャルロッテからだぞ」


「はぁー、ったく……」


 がちゃ、と受話器を持ち上げた音が鳴った。


「どうしたの? シャルロッテ。何かあった?」


 女の声が突然、気味が悪いほど優しい声色に変わった。


「……うん…………そう…………そうなの。へぇ……え? 何を言ってるの? 駄目に決まってるでしょう? どうして急にそんなことを言うの? お母さんを困らせないで」


 何の話をしているのか。さすがに電話の向こうの声は聞き取れない。


「……うん……うん……。ケーキを焼きたいのね? うん、それならいいわ……うん…………そうね、お母さんも食べたいわ……うん…………楽しみしてる…………分かったわ………………明日の夜に、運ぶから……うん…………うん」


 お母さん、という言葉があった。この女がシャルロッテの母なのか?


「…………うん……おやすみ……愛してるわ…………いい夢見てね……はい、おやすみ……」


 かちゃり、とまた音がした。今度は受話器を置いたのだろう。


「はぁー、疲れるわ、この声出すの」


「ははは、上手いもんじゃあねえか。ここに来て一年くらいだったか? おめえも母親役が板についてきたってもんだ。前の母親役よりセンスあるぜ」


 母親役……?


「それより、あの子、変なこと言ってたわ」


「なんだよ」


「お友達ができたって。その男の子がモンスターを倒してくれるって言うから、力を解除していいかって」


 たぶん、俺のことだ。


「……なんだそりゃ。そんなわけねえだろうが。迷い込むような場所じゃねえし、周りは高いフェンスで覆われてるんだぜ。普通に歩いて辿りつけるわけがねえ」


「……勇者、かしら?」


 勇者……?


「あぁ、視察に来るとかってやつか。違うだろ。まだその日じゃねえし、屋敷じゃなくてここに来ることになってるからな」


「そうよねぇ。……じゃああの子が変な夢でも見たのかしら。……で、どうするのよ?」


「どうするも何も……会話の内容を、ただ報告すりゃいいさ。あとは国がどう判断するかだろう。ま、たぶん放っておくだろうがな」


「……はぁ、また仕事が増えるのね。ったく、なんで私があんな気味の悪い子の母親役なんかに……」


「ま、そういうなよ。お母さんに言われたからってだけで健気に封印し続けてくれてるんだぜ」


「そういうのは健気じゃなくて、馬鹿っていうのよ。想像力が足りてないのよねぇ。そうじゃなきゃ、あんなモンスターのすぐそばになんて住まないわよ」


「は、たしかにな。俺たちはあの子がマヌケなおかげで楽な仕事にありつけてるわけか。……はは。そりゃいい」


 ……なんなんだ。


 ……なんなんだ、こいつら。


 こいつらの言葉からは、シャルロッテに対する思いやりが感じられない。


 想像力が足りないだと?


 シャルロッテのあの絵を知らないのか?


 がたり、と立ち上がるような音が煙を通して伝わってきた。


「あ? なんだこりゃ――糸?」


 まずい。気づかれた。俺は即座に煙を解除した。


 …………。


 勘のいいやつなら今の現象を不思議に思うかもしれないが、まさか盗聴されていたとは思うまい。


 だけど、念のためここを離れておくか。


 ………………。


 …………。


 ……。


 俺は建物と屋敷の位置関係を頭に入れる意味も込めて、いったん屋敷のそばまで戻ってきていた。


 さっきの話をまとめよう。推測できたのは、だいたいこんな感じだ。


 一、シャルロッテの母親は、偽物である。

 二、国からの任務で、シャルロッテの母親役を演じている。

 三、国は封印が解けてもそれならそれで構わないと考えている。(これは男の話なので、真実は分からない)


 ……そして、それら全てをシャルロッテは知らない。


 あの子は、騙されているのだ。


 冷静になって考えてみても、それしかないと思う。


 ……くそ、あいつら。ふざけやがって。


 早くシャルロッテに教えてやらないと――。


 その瞬間、俺の脳裏に昼間の光景が蘇った。


 あの木箱を、宝物だと言っていたシャルロッテの姿――。


 手紙を大切そうにしまっていた。ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめていた。


 ……俺は。


 ……俺は、この真実をあの子に伝えるべきなのか――?


 …………。


 分からない。どうするのが正解なんだ。


「あーくそ!」


 モヤモヤする!


 俺は空を飛んで、たぬきの化け物の正面にやってきた。四つの頭の目玉が動いて、俺を凝視している。


 こいつの怒り狂ったような表情は、閉じ込められた恨みだろうか。


 …………。


 俺がこいつを倒せば、何もかも解決する気がする。


 俺に倒せるだろうか。


 ……分からない。


 この壁さえなければ、本能で分かりそうなものだが。


 話を聞いた限り、相当な危険生物らしいし。


 ……くそ。弱気になるな。


 ――倒す、倒すしかない。


 シャルロッテに真実を伝えるべきかはまだ分からない。


 けど、途中はどうであれ、この話の結末は、俺がこいつを倒すことでしか終わらないという予感がある。


 だから、必ず倒す。それ以外の選択肢はない。


 戦え。そして、勝て。


「ふう……」


 緊張してきた。


 落ちつけ……恐れるな……冷静に……ただ勝てばいい。


 ……よし。


 深夜、もう一度あの建物に近付こう。


 今度は忍び込む。シャルロッテが騙されているという確信を得られたなら――。


 俺はこいつと戦おう。

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