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6.宝物

 二階に上がって、ある部屋に入った。俺が入ったバルコニーのある部屋とは別の所だ。


 たぶん、シャルロッテの寝室なんだろうな、と思った。


 ベッドがあって、枕のそばに本が置いてある。


 壁には絵も飾ってあるし、部屋の隅にダイヤルのある機械――たぶん電話だろうか――が置いてあった。


 それから、目立つものがある。


「ほら、これだよ」


 シャルロッテは床に置いてあるそれを指さした。


 大きな箱だ。アンティーク調の木製の箱に、金色の帯で派手に装飾されている。


「これは?」


「私の宝物!」


 シャルロッテは目を輝かせてそう言うと、しゃがんで、箱をゆっくりと開けた。


「えっとねぇ、ほら、これ。お母さんがいっぱい手紙くれるんだよ」


 シャルロッテは手紙と思われる書面を何枚も手に取った。ちらりと箱の中をみたが、膨大な量の手紙があるようだ。丁寧にしまわれている。


「それと、これ、一番最近もらったプレゼントだよ」


 次に取り出したのは、クマの可愛らしいぬいぐるみだ。


「ふふ、かわいいでしょ? お母さんが作ってくれたんだよ。私のために」


 シャルロッテはぎゅうっとぬいぐるみを抱きしめる。


「本当はいつも持ってたいけど、汚しちゃうとイヤだから、しまってるの」


「……手作り?」


「うんっ」


 …………。


「毎年、こういうのを作ってくれるんだよ? これは去年もらったマフラーで、その前はこれ――」


「なあ、シャルロッテ」


「ん?」


「手紙をいくつか見せてくれないか?」


「う、うん。いいけど、折ったりしないでね……」


「気をつける」


 シャルロッテから手紙を一枚受け取り、目を通す。






 シャルロッテへ。


 いつも、怖いモンスターを閉じ込めてくれてありがとう。おかげで、お母さんや、お母さんの周りの人たちは、今日も安心して暮らせています。


 いつも言ってることだけど、あのモンスターはだんだん弱ってきているそうです。

 モンスターが退治できるようになれば、また一緒に暮らせるから、それまでお願いね、シャルロッテ。


 お母さんは、またあなたと暮らせることを夢見ています。


 大変だと思うけれど、シャルロッテが頑張ってくれると、お母さんも嬉しいよ。


 必要なものが会ったら、いつでも言ってね。


 お母さんより。






 他の手紙も目を通す。


 こんな感じの短い手紙が、いくつも届いているみたいだ。


 目を凝らしてみていく。『視覚強化Lv2』の目で、細部を確認していった。


 ――これは。


 気になるものを見つけた。


 ぼわん。


 俺はわずかに煙を出して、その手紙を煙で包んだ。


「……リュートくん? な、何してるの? お願い、変なことしないで。大切なの……」


「大丈夫。手紙は傷つけないし、汚しもしない」


 俺の煙は、指よりも繊細せんさいに物に触れることができる。


 手紙の表面を煙でなぞる。すると、俺が見つけたあるものが、より明確に形を帯びはじめた。


 手紙の表面に、一見して分からないような傷のような凹みがあった。


 これは、たぶん筆圧の跡だ。別の紙に何かを書いたときに、この手紙が下敷きになっていたんだろう。


 筆圧の跡を煙の力で分析していく。


 ……封印…………異常………なく…リスク………………放棄…………。

 司令部………………継続…………王国…………。


 断片的に単語を読み取れるが、内容は分からない。


 なんだろう……これは。


「リュートくん……も、もういいでしょ?」


 シャルロッテが不安そうに訴えた。


 俺は煙を解除して手紙を返した。


「そんなに心配しなくたって大丈夫だって」


 シャルロッテは手紙に変わりがないことが分かったのかほっと溜息をついた。


 彼女は丁寧な手つきで箱に手紙をしまうと、またクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。


 お母さんの手作りのぬいぐるみ……か。


 ――こんなことが、ありえるのか?


 俺は、見たのだ。


 このぬいぐるみと全く同じものが、街で大量に安売りされているのを……。


 これが、会えない娘を大切に想う母の行動だろうか?


 俺には母さんの記憶がほとんどない。


 だから、俺が今感じているものが間違っているのかもしれない。


 大人は、大事に想っている相手にも、こういう嘘をつくものなのかもしれない。


 だが、そうじゃなかったら?


 …………。


「本当のこと言うとね……」


 シャルロッテが言いにくそうな口ぶりでそう切り出した。


「本当はちょっと辛い時もあるよ。一人って、すごくつまらないもの。このお屋敷も飽きちゃったし。行きたい所もいっぱいあるし……。だからリュートくんが来てくれて、色んな話を聞かせてくれて、すごく嬉しかったし楽しかった」


「じゃ、じゃあ!」


「ううん、いいの。あと、少しだと思うから――」


 シャルロッテはふにゃっと柔らかく笑った。


「もう少しだけ我慢すれば、きっとモンスターは死んじゃって、そしたらお母さんと暮らせるの。それからね、お母さんと一緒に色んなところに旅に行くんだ。それが私の夢なの」


 …………。


 調べなくては。シャルロッテのお母さんとやらを。






 * * * * *






 その日、日が暮れるまでシャルロッテと過ごし、俺は昨日と同じように屋敷を出た。


 今は森の茂みに入り、屋敷から見えない位置でに身を隠している。


 あれから、絵を描いたり、本を読んだり、クッキーを食べたり、穏やかな時間を過ごしたが、俺は裏でシャルロッテに気がつかれないよう煙を操作していた。


 俺の煙は今、あの『受け渡し部屋』に充満しているはずだ。扉の隙間から煙を少しづつ送り込んでいたのだ。


 ここからはだいぶ距離が離れている。何かを掴んだり引っ張ったりするのは難しいが、それでも操作はできる。この部屋を調べるのだ。


 ………………。


 …………。


 ……。


 煙で探ったところ、あの部屋はからの棚とシンプルなテーブルの他に、何も置かれていない狭い部屋だった。


 だが、その床に妙な隙間があるのを見つけた。煙を送り込むと、そこは緩い下り坂の通路になっているのだと分かった。


 ……この屋敷に入口はない。物が現れるなら、どこかに隠し通路みたいなものがあると思ったたけど、やっぱりそうだった。


 おそらく、地下通路側から操作をすることで、あの部屋へ続く隠し扉が開くものと思われる。


 煙を少しづつ通路へ送りこんでいく。


 普段は意識していなかったけど、見えない場所に対して、体から切り離された状態の煙を操作するのは、めちゃくちゃ精神力を摩耗するようだ。


 少し気を抜くと、煙が散って消えてしまいそうだ。


 慎重に、少しづつ通路に沿って煙を広げていく。


 下り坂は途中から平坦な道に変わった。


 この通路にはパイプのようなものが天井にいくつか走っているみたいだ。


 あの屋敷には電気や水道も完備されていたみたいだから、このパイプはその伝搬路なのかもしれない。


 あるいは、電話が置いてあったから、その線が通っているのかも。


 いずれにしても、あの屋敷に繋がっているどこかがあるはずだ。


 通路は一本道のようだった。屋敷の地下空間の敷地を抜けて、森へと続いている。


 俺は煙を動かしながら、自分もまたその通路の上を歩くように、森を進んでいった。


 …………。


 ……。


 しばらく行ったところで、今度は上り坂のスロープになった。


 徐々に煙が地上へ近づいてくる。


 ――ん?


「なんだ、ここ……」


 俺の視界に建物が見えた。上空からだと分からなかったが、こんな所に建物があるとは。


 四角い建物。


 窓はないようだが扉はあった。扉も外壁も、緑や茶色などの森の保護色で塗られている。迷彩のようなカラーリングだ。


 地下を通ってきた煙は、この部屋の内部に通じているようだった。軽くチェックしたところ、建物の中に動く物体はないようだ。


 かちり。


 俺は煙で内部から鍵を開けた。


 扉を開く。中は真っ暗だが、ようやく煙と合流することができた。


「【魔力灯】」


 ぱっと内部が照らされる。コンクリートに囲まれた広い部屋のようだ。


 煙が通ってきた地下へ続く出入口と、何だかよく分からない機械がいくつか置いてあった。


 機械に近づいて調べてみた。


「なんだこれ?」


 その機械には、地下からのパイプが何本か接続されているようだった。ダイヤルやメーターみたいなのがたくさんある。太い配線が色々繋がっている。


 ぶううん、と低周波が聞こえる。どうやら稼働しているみたいだ。


 ……たぶん、電気とか水とか、もしくは電話の信号を制御する装置なんじゃないだろうか。


 何の機械だかは分からないけど、この機械に接続されているパイプは外へと続いている。


 俺は建物を出て、今度はそのパイプを追うようにした。


 パイプは地面に転がされているみたいだ。


 そして、このパイプのすぐそばに道のようになっている所があった。


 舗装されていないけど、これなら車だって通れそうだ。


 しゃがんで地面を観察してみた。


「こいつは……」


 わだちができている。車か何かが何度も行き来した風に見える。


 よし、この跡を辿ってみるか。


 ………………。


 …………。


 ……。

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