3.情報収集
あの化物とシャルロッテの屋敷から離れて、だいぶ遠くまでやってきた。
そこは大きな街で、周囲が高い外壁で覆われていた。城塞都市というんだっけ?
大きな門がいくつかあったけど、俺は壁を飛び越えてそのまま街へ侵入することにした。
ちなみにそこにも、あの森やシャルロッテの家みたいに、空気の壁があった。
試しに人間モードに変身すると、やっぱり空気の壁がなくなって、俺はそのまま落下していった。
「――【飛行】」
魔法を使って、そのまま人のいない路地に着地した。
人間モードになると、この壁を突破できるようだ。理由は分からないけど、便利だし、今後も活用していこう。
俺は路地を歩いて大通りに出た。夜だというのに多くの人が歩いている。
街灯や建物の明かりがあって明るい。町並みはヨーロッパみたいだと思った。
石畳の道路に、統一されたデザインの建物がずらりと並んでるあの感じ。
鎧の姿だと目立つかな? と思ったけど、歩いている人の中には俺のような装備をしている人がいた。もしかしたら、モンスターと戦っているのかもしれない。
でも、歩いている人の表情は明るいし、どこかから陽気な音楽が流れてたりする。なんとなく平和な雰囲気があった。
あとは日本と違って車が全然走ってない。たまに赤茶色のバスが通ってるくらいだ。
だからなのか、日本の雑踏よりも騒音が少ない気がする。
それから電柱もないな、と思った。代わりに水路がたくさんあって、マンホールもいっぱいあった。
魔法的な何かがあるかな、と思ったけど、特に目立ったものはない。
やっぱ俺の住む世界にとてもよく似てる。外国に来たのとほとんど変わらない。
俺は大通りを歩きながら、建物を見ていった。
……普通に入口がある。
そりゃ、当たり前だよな。入口がない建物なんかあるんだろうか?
うーん……。
ここは店が多いからなのかもしれない。あとで民家がありそうな方へ行ってみるか。
にしても、色んな店があるんだな。
飲食店や雑貨屋、服や靴を売っている店や、酒場もあった。
ガラスのショーウィンドウケースの中にぬいぐるみが敷き詰められてる店なんてのもあった。……ぬいぐるみ専門店? だろうか。
名札にある数字は読めるけど、それがどれくらいの価値なのかはよく分からなかった。まあ相対的に何となく予想はつく。
飲食店のメニューはだいたい千円から二千円。あの量産型のぬいぐるみは、たぶん五百円くらいだろう。
俺もそのうち金を稼いで、色々と買い物してみたい。いつになるか分かんないけど……。
だいたい見終わったので、今度は路地に入ってみた。
大通りから離れていくと、徐々に民家が増えてきた気がする。もう寝ているのか、明かりが消えている家が多い。
こっちに並ぶ家にも、もちろん玄関のドアはある。
うーん。シャルロッテのあの反応は、やっぱおかしかったってことだよな……。
ごつん、と鈍い音が遠くから聞こえた。
「いっ――」
そっちを見ると、額に両手を当てたおっさんがしゃがみこんでいた。壁にぶつかったらしい。
「――たぁー。……ひっく」
様子からすると、酒に酔ってるようだ。どこの世界にも、酔っぱらいはいるんだなぁ。
おっさんは千鳥足で歩いていく。
――ん、そうだ。ちょうどいい。あのおっさんに色々聞いてみよう。
俺はおっさんを追いかけて、声をかけてみた。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「んんー? ひっく」
う、酒臭い。でもこっちを向いてくれたぞ。
「出入りする扉がない家って、知ってますか?」
「ひっく……。なんだぁ? 入れねえじゃねえか。ん、謎かけか? なんだろうなぁ」
この反応。たぶんそんな家はないんだろうな。
「そうか、分かったぞ! 正解は、いい女だ。いい女は入れない家みたいなもんだ。いつまで立っても入れてくれない。その鍵穴は……おっちゃんの鍵じゃあ開けられないよぉーん! わは、わはははは!」
おっさんは下半身を突き出したようなポーズで大笑いしている。下品だ……。
「ところで、ずっとあっちの森に、でっかい化物がいたんですよ。なんですか、あれ?」
「なんだ兄ちゃん、こっちの人じゃねえのか。ありゃ、スジャーラドラだよ」
「スジャーラドラ……?」
「そうさ。ありゃ、いつだっけな……あぁ、大禍の日のすぐあとだったから、もう七、八年くらいは経ったか」
大禍の日? なんだそりゃ? 気になるが今はおっさんの話を聞こう。
「あの災害級のモンスターが出現したときは、大騒ぎしたもんさ」
「ふーん、でも動いてなかったっすよ?」
「ふん。どうやってるか知らねえけど、封印してるんだとよ」
封印。あの白い箱のことだろうか。
「ったく、気味が悪いから、さっさと退治してくれねえかな。ひっく。税金払ってんだぜぇ、こっちはよぉ」
「なんで退治しないんですかね」
「まあ、簡単に倒せねえやつなんだろ。もし失敗でもしたら、この街も含めて、広い地域ですげー被害が出るだろうからなぁ……ひっく」
どうやら相当危険な生物だという認識のようだ。どうしてそんな生物の近くにシャルロッテは住んでいるんだろう……。
「ひっく、もういいか、坊主」
おっさんは面倒くさそうにそう言った。
引き止めすぎたか、そろそろ最後にしよう。
「実は俺、竜人なんですよ。ほら」
俺はほかに人がいないことを確認して、ぼん、と竜人モードになってみた。
「ん……んん!? ま、まさか……はは、ははは。坊主、冗談にしちゃあ質が悪いぜ」
ぼん、と元に戻った。
「手品です。どう、すごいでしょ?」
「あのなぁ、おっちゃんは酔っぱらいだけど、そういう冗談は笑えねえぜ」
「……なんでですか?」
「当たり前だろうが。不謹慎なやつめ」
……謎だけど、おっさんの反応からすると、竜人がよく思われるものじゃあないってことは分かった。
「ありがとうございました! じゃあ、お気をつけて」
「おーう。坊主ももう家へ帰れよ」
おっさんはふらふらと歩いて、路地の向こうへ消えていった。
……よし。色々聞けてよかった。
もう何人か聞き込みをすれば、さらに分かるかもしれないけど、もう結構いい時間だ。
今日はもう、どっかで寝るか。
俺は人の気配がないことを確認して、煙を体に纏わせた。
地面を蹴って、ふわりと宙へ浮かぶ。
俺は静かに浮き上がり、街の外へ飛び出した。
ったく、いつになったらベッドで眠れるのか。
まあ、あの森に比べれば、野宿でもめちゃくちゃ快適ではあるんだけど。
ちょうどいい大木があった。今日はあそこで眠ることにしよう。
* * * * * *
翌朝。
俺は日が昇るとともに、シャルロッテの家へ向かって飛んだ。
途中でいい感じの川があったので、俺は体の汚れをそこで落とした。俺はこれから女の子に会う。身だしなみは大切なのだ。
シャルロッテの家のそばまでやってくると、人間モードに変化して、煙での飛行に切り替えた。
それから、まず屋敷を外から見てみることにした。本当に出入り口がないのだろうか?
ふわふわと飛びながら観察する。
化け物側の壁面はケースと建物が隣接していて見れなかったけれど、そのほかの三面は見ることができた。
少なくともその三面には、入口がなかった。
見ることのできなかった化け物側の方に入口があるのだろうか?
――いや。シャルロッテの昨日の様子からすると、家の中に玄関そのものがないような言い方だったな。
ただ、窓は普通にあったし、その気になればあの家を出入りするのは難しいことではなさそうだ。実際に俺だって昨日は二階のバルコニーから入ったし。
……設計ミス?
んなアホな。
…………。ま、あとで聞いてみるか。
俺は昨日と同じように、バルコニーから入ることにした。
煙で浮いて、バルコニーへ着地する。
窓ガラスの内側に紙が貼られているのが分かった。近付いてみる。
リュートくんへ。
どうぞはいってください。
シャルロッテより。
「これは……シャルロッテが書いたんだよな」
ミミズがのたうち回ってるようなヨロヨロした文字だ。左手で書いたのか? 一応は読めるから問題はないけど。
カーテンがかかっていて部屋の中は見れない。コンコン、とノックした。返事はない。
窓ガラスに鍵はかかっていなかったみたいなので、普通に開けて部屋へ入った。
シャルロッテはどこにいるんだろう? 探してみるか。