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1.ヴァン・ウォーターズの憂鬱①

 ヴァン・ウォーターズは山のような書類を見て、がくりと肩を落とした。


 ついさっき、同じだけの量の書類を処理したばかりだ。少しだけ、ほんの少しだけ休憩を挟んで戻ってきてみたら、また同じだけの量の書類が積まれているのだ。


 辟易へきえきとせざるを得ない。いったいこの申請書類にどれだけの意味があるのか。


 ……全く、面倒なことが起きた。


 あの七大ダンジョンの一つ『絶望の森』の多重結界が破られた。


 当然、あの第二級危険指定ネームドモンスター『カラミティ・バルエル』の脱走を疑って、周辺地域へ避難勧告を出すとともに、紅蓮ぐれんの騎士へ魔猿の討伐依頼を行った。


 しかし、だ。


 なんとその『カラミティ・バルエル』が体に大穴を開けて死んでいたというのだ。紅蓮の騎士の報告によれば、まだ死んで間もない状態だったとのこと。


 その一帯は荒野と化しており、何かとてつもない力があの場に働いたのだという。


 あの厄災級の魔猿を上回る化け物が結界の外に出た可能性がある。


 細かく危険度判定根拠だの資金運用計画だの書いている場合じゃないのだ。どれだけ緊迫した状況か、少し考えれば分かるだろうに。


 ……ったく。


 なんだってこんなことが起こるのか。それも短い期間に同じようなことが二度(・・)も。


 あげくの果てに、ここのところ上層部の中核を成す人物が立て続けに数名行方不明になっている。


 今の捜査局は混乱の極みにあった。


 コンコン、と扉がノックされた。


「入れ」


 ヴァンが答えると、扉が開き、軍服の若い男が敬礼をしてから入室した。


「部長、司令部から連絡がありました。アークボルト国より捜査官の派遣及び資金援助の打診があったとのことで、現場としての意見を報告せよと……」


「必要ないと言っておけ」


「……は」


 若い男が委縮いしゅくしている。


 少しきつい言い方をしてしまったかもしれない、とヴァンは思った。この彼の立場上、答えは分かっていながらも判断を仰がなければならないのだ。


 ヴァンはなるべく表情を柔らかくするよう務めた。ヴァンは自分が生まれつき、人を怖がらせるタイプの顔をしているということを自覚している。


「すまないな。同じような内容であっても、その都度俺に報告をしてくれ。頼んだぞ」


「は!」


 男が部屋を出ていった。


 まったく、何が現場の意見だ。


 仮にここで助けてくれと言ったところで、本当にかの国へ援助を依頼するのか?


 ――しないだろうな。


 あとからどれだけたかられるか分かったもんじゃあない。何としても自国の力だけで解決しようとするはずだ。


 なら最初からそう言えばいいのに……。


 じりりり、と電話のけたたまし音が鳴った。


 次はなんだというのだ。


「こちら作戦室。ヴァンです」


 電話の相手は、受付の事務員だった。


 話を聞くと、突然若い男がここへやってきたそうで、ここの責任者、つまりヴァンに会いたいと言っているとのことだった。


 こんな時に訳の分からない相手に時間は取れない、と言いたいところだが、事務員が気になることを言った。


 その男は、『勇者』の称号を持っているというのだ。鑑定書も持っているとのこと。それ以外のことは会ってから、の一点張りでそのほかの情報の開示はない。


「分かった。応接室へ通せ。すぐに行く」


 やれやれ、頭痛がする。


 ヴァンは受話器を置くと、すぐに部屋を出た。


 それにしても、このタイミングで勇者、か。


 ――あまりにも出来すぎている。


 しかも、この作戦室は関係者しか知りえないはずだ。


 通りすがりの勇者が偶然話を聞いて、ここへやってきたなどありえない。


 誰の差し金だろうか。最近の連続行方不明事件と関係があるのか……。


 権力争いは結構だが、自分をそこに挟まないでもらいたいものだ。


 応接室へ到着する。


 ノックをして入室すると、ソファに若い男が座っていた。


 彼は立ち上がって、愛想のいい笑みを浮かべた。


「初めまして。あなたがヴァン・ウォーターズさんですね。私のことはサイ、と呼んでください」


 彼は右手を差し出した。


 金髪の男。瞳の色は藍色。

 背が高い男だ。体格がいい。そして美青年でもあった。彼は白金の鎧に身をつつんでいる。


「失礼ですが、どういったご用件でしょうか」


 ヴァンは彼――サイと名乗った男の握手の要請を無視し、そう言った。


「実は、私を雇っていただきたいのです」


「雇う?」


「えぇ、お困りなのでしょう?」


 知性の片鱗を感じる瞳だった。計算高く、合理的な思考の持ち主。


 短いやり取りだが、ヴァンはそういった印象を持った。


「……なんのことでしょうか?」


「絶望の森からモンスターが脱走したとか。第二級危険指定ネームドモンスター以上の脅威だそうですね」


 どこの誰から情報が漏れたのか……。


「カラミティ・バルエル……ですか。資料を読みました。あの程度のステータスでしたら――」


 男はふっと笑った。


「私なら瞬殺できます」


 …………馬鹿なことを、と言いたいところだが、その男から隠せない自信がにじみ出ていた。


「私は忙しいのです。お帰りいただけますか」


 ヴァンがよく使う手だ。相手から情報を引き出すときによく使う。


「ふふ。そんな駆け引きは結構。私の要求はいたってシンプル。金と、権力だ」


 彼の口調が変わった。


 歳の割りに、落ち着いた――いや、老獪ろうかいな口ぶりだと思った。まるでこれまで何度も交渉事を繰り返してきたような、そんな気配がある。


「報酬は後払いで結構。どうかね? 私は役に立つぞ」


 そう言って、サイは指先から赤い炎を出現させた。揺ら揺らときらめいている。


 ――これはこの男の能力だろうか。魔法ではなさそうだ。


 ユニークスキル、か。


 赤い炎は徐々に色を変え、青、黄、緑と変化している。


「あんたが有能だという証拠がどこにある?」


 男は柔らかく笑った。掴みどころのない男だ。


「勇者である鑑定書です」


 サイが懐から折りたたまれた書面を取り出した。


 受け取る。――たしかに、勇者であるとの情報がある。王国発行の印もされている。


「……しばらく預からせいただいてもよろしいですか」


「構いませんよ」


 おそらく偽造ではないのだろう。嘘をついている気配がない。


「それから、初回は無償で働きましょう。例えば、あのスジャーラドラの討伐などはどうです? 手を回す余裕がないのでしょう?」


「…………」


 ヴァンは少し考えた結果――。


「もしも貴方が速やかにあのモンスターを討伐したのなら、あなたを雇うことを前向きに検討しましょう」


 そう答えることにした。


 戦力は常に不足している。


 明らかに怪しい男だが、スジャーラドラを単独で討伐できるのならば、無視できない戦力である。


 少なくとも監視をしなくてはならないレベルの存在なのだ。繋がりは持っておくべきだろう。


「ヴァンさん。あなたとは、末長い付き合いになりそうですね」


 ――やれやれ。次から次へと厄介ごとが舞い込んで来やがる。


 しかし――この男は誰なのだ。


 勇者が、突然現れることなどありえない――。


 何かが起ころうとしている――。


 ――いや、もう何かが起きているのか?


 ヴァン・ウォーターズは、心の中で重たいため息をつくのだった。

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