11.ダンジョンボス
階層『20』に到達した。ハエを倒してから十日くらいは経っただろうか?
時間の感覚が全く分からないけど、それくらいには感じてる。
俺は倒した虫を食らいながらここまで進んできた。
虫を食うことに全く慣れない。味は苦いし、なんか痺れるし、体液はびちゃびちゃしてるし、マジで泣きたくなる。何より見た目がキモすぎる。
でも俺は食った。食わなきゃ死ぬかもしれないからだ。
おかげでここまで順調にやってきた。
あれから検証した結果、『竜の闘気』を使っている最中に、魔力を込めて煙を出現させることで、魔力に応じた性質を得ることができることが分かってきた。
偶然だったけど、この力に気がつけてよかった。
この魔法の煙の操作はけっこう難しくて練習が必要そうだ。
だけど、風の魔力の煙――圧倒的スピードを誇る緑色の煙は、一度成功させているので、感覚的にイメージしやすく、割と操ることができる。
上へ行くにつれて敵は一層強くなったが、この緑色の煙の力を使えば十分に戦うことができた。俺はレベルは9になった。
それから、ここまで来る間、宝箱もいくつか見つけた。
煙でピッキングできそうだったけど、鍵を持ち運ぶのが面倒だったので、ちゃんと鍵を使って開けていった。
宝箱の中には魔石が入っていた。HPやMP、スタミナを回復する魔石だ。
今ストックはこうなっている。
白の魔石:HPを回復する。×9
黒の魔石:MPを回復する。×8
青の魔石:STを回復する。×6
紫の魔石:対象を鑑定する。×2
そして、ついさっきのことだ。
俺はまた魔法陣の書かれた扉を見つけた。
例のごとく煙でピッキングして中へ入った。見つけたのは武器だった。
デスペレイション、という名前のようだ。
ダガーナイフのような形をしている。柄から刀身まで黒一色で、刃には不思議な模様が描かれている。
モンスターを食うときに便利そうだ。爪で皮を剥ぐ必要がなくなったのは嬉しい。
素手での戦闘に慣れすぎてしまったから、戦いには多分使わないと思うけど、せっかく手に入れた武器だし、頑張って練習してみてもいいかもしれない。
「あ、そうだ。あの魔法を試してみるか」
器物召喚、という魔法だ。あらかじめ指定した物を手元に呼び戻す魔法。
魔法を使うと、そのナイフ、デスペレイションとリンクが繋がった感覚があった。
試しにナイフを地面に置いて、少し離れた場所で『器物召喚』を使ってみた。
手元にぱっとナイフが瞬間移動した。
よし、これで無くさないですみそうだ。便利だなぁ。
どれくらいの距離まで大丈夫なんだろう? 魔法やスキルは覚えた瞬間に使い方や効果は分かるけど、細かい部分は試してみないと分からない部分も多い。いずれ検証してみたい。
「お、階段がある」
上へ続く階段を見つけた。
特に深く考えずにのぼっていったが、途中から、いつものと様子が違うことに気がついた。
階段が長いのだ。
しばらく行くと、通路にたどり着いた。これまでのような自然的な洞窟じゃない。石壁で作られた長い通路だ。
これまでと明らかに雰囲気が違う。
通路を進んでいく。
一本道の長い通路だ。こつんこつんと俺の足音が響いている。
かなりの距離を歩くと両開きの黒い扉があった。魔法陣が赤く描かれている。
扉をぐっと押してみる。鍵がかかっているわけではないようだ。
そのまま扉を開いた。
「ここは――」
めちゃくちゃ広い部屋だ。
一歩部屋へ入ると――。
ばたん!
後ろから音がした。扉が勝手に閉まったみたいだ。押しても引いても扉が動かなくなった。
閉じ込められた。
なんなんだ、ここは?
部屋の中央に進んでいくと、変化があった。
何か黒いオーラのようなものが渦を巻いている。それはやがて球体の形になった。
なんか見たことがあるぞ。
そうだ、進化した時のあれによく似ている。
ぼん! とオーラが弾ける。
何者かが中央に立っていた。
――オオォォ。オオオォォォォ。
「う、なんだこいつは……」
人型の黒い生き物だ。
頭はカマキリのような形をしていて赤い目玉と直角がある。カマキリ人間は頭を抑えて頭痛に耐えるように俯いている。そいつの肘から、長い刀のようなものが生えていた。
俺はそいつがメスなのだと思った。体のラインが人間の女のようだし、内股になって両手で頭を抑える様子が、女のように見えたのだ。
カマキリ人間が頭を抑えたまま、よたよたと近づいてきた。
――オオォォ。オオオォォォォ。
すすり泣くような音が聞こえる。こいつの声か?
不気味だ。
なんなんだ? 敵、なのか?
「アアアァァ――ッ!」
突然、そのカマキリ人間は巨大な奇声を上げた。
音は強い衝撃波になって俺を襲った。
俺は入ってきた入口まで吹っ飛ばされて、扉に激突した。
「…………が、は」
ばきばき、と鎧が割れている。俺は口から吐血した。全身にダメージがある。凄まじい一撃だった。
まずい、先手を取られた。
体勢を整えなければ。
そう思った時だった。
「…………え?」
突然、世界が闇に覆われた。
何も見えない。何も聞こえない。何も分からない。
俺は、自分が何をしていたのかさえ忘れてしまった。
どこだ、ここは。
暗い。
そう思ったら、得体のしれない恐怖が足元からやってきて、俺の心臓に絡みついた。
暗い……。
何かがぎりぎりと心臓を締め付けている。うまく呼吸ができない。苦しい。全身が硬直している。なのに手足は馬鹿みたいに震えている。
こわい、こわい、こわい、こわい、誰か助け――
「――あ」
胸元に強い痛みがあった。
いつの間にか闇が晴れている。代わりに、カマキリ人間が目の前にいて、そいつは肘のブレードで俺の胸を貫いていた。
俺の口元からひゅう、とかすれた音が漏れた。声が出ない。
なんだ、何が起きた? 分からない。
気がついたら胸を突きさされ、標本のように壁に縫い留められている。
このダメージ。ヤバい。
□□□□□□□□□
名前:リュート
種族:竜人種/ミニチュアマジックドラゴン
状態:恐怖
レベル:9
HP:322/1652
□□□□□□□□□
「アアアァァ――ッ!」
カマキリ人間が至近距離で再び奇声をあげる。
体が千切れるのではないかと思うほど強烈な衝撃があり、意識が遠のく。
ぎこ、ぎこ、と音がした。
――なんだ、なんの音だ?
朦朧とした意識に、ノコギリのような音が聞こえてくる。
ぎこ、ぎこ。ぎこ、ぎこ。
ぶしゅっ、と液体の入った何かが破裂する音がして、次に、ずさりと重たいものが落ちる音がした。
…………え?
意識が戻った。
カマキリ人間がもう一本の肘のブレードで、俺の腹を横から真っ二つに裂いたのだと分かった。
物が落ちた音は、俺の体の半分が地面に崩れ落ちる音。
は? 嘘だろ?
……俺、死んだ?
………………。
…………。
……。
【――スキル『根性』が失われました】
□□□□□□□□□
名前:リュート
種族:竜人種/ミニチュアマジックドラゴン
レベル:9
HP:1/1652
□□□□□□□□□
ぼわん!
俺はほとんど無意識に煙を出現させた。
カマキリ人間が俺から刃を抜いて、猛スピードで遠ざかった。煙を警戒したのだろうか。
俺はずるりと落下して、地面にうつ伏せに倒れた。
魔石を使ってHPを回復すると、びり、と電流の走った感覚があり、俺の肉体が復活した。
起き上がる。
「っぶは! し、死ぬかと思った!」
黒い鎧が真っ二つに裂けている。
なんだよ、これ! 役に立たねえじゃねえか! 何が鎧だよ!
くそ、今度はこっちの番だ。
殺してやる。
竜の闘気を起動。それから――。
ぼわり。
緑色の煙を出現させた。
「行けッ!」
ばしゅうううう!
勢いよく煙が向かったが、
「アアアァァ――ッ!」
「な、なに!?」
奇声で煙が散ってしまった。
ふん、なら俺もだッ!
「破ァッ!」
ドラゴンブレスを放つ。収束されたエネルギーが空間を揺らしている。
カマキリ人間は横へ飛んでドラゴンブレスをかわした。
が。
「さすがに避けながら奇声を上げることはできないようだなッ!」
俺は飛んだカマキリ人間を緑の煙で捕縛していた。
やつは再び奇声を上げようとしたが、俺の方が行動が速かった。緑の煙を口の中へ突っ込んで、一気に膨張させた。
ぼん、と風船のようにカマキリ人間の胴体が膨れ上がる。
「【雷帝】」
ばちちと音を立てながら稲妻が一直線に飛ぶ。膨れ上がったカマキリの体を貫通して、部屋の奥の壁へぶつかり飛散した。
「むぅんッ!」
俺はやつの腹の中の煙を一気に爆散させる。
ぼんっ!
カマキリ人間の体が粉々に破裂した。
【――レベルアップしました】
【――称号『耐えるもの』の効果により、スキル『根性』を獲得しました】
□□□□□□□□□
名前:リュート
種族:竜人種/ミニチュアマジックドラゴン
レベル:10(+1)
状態:飢餓
SP:2942
HP:1655/1655(+3)
MP:1232/1722(+3)
攻撃力:506(+2)
防御力:506(+2)
敏捷性:506(+2)
魔法攻撃力:708(+2)
魔法防御力:708(+2)
魔法:
『火球』、『水弾』、『水の龍』
『氷の槍』、『切り裂く風』
『突風撃』、『風の障壁』、『飛行』
『雷の矢』、『雷鳴』、『閃光』
『雷歩』、『雷帝』、『土の槍』
『治癒』、『回復(小)』、『強化加工』
『器物召喚』、『魔力灯』、『忍び寄る闇』
『疾風迅雷』、『大嵐』、『乱気流』
『癒しの風』、『癒しの雨』、『肉体増強』
『竜への変身』、『人への変身』
スキル:
『言語理解』、『根性』
『HP・MP自動回復上昇Lv1』
『MP消費緩和Lv3』
『格闘Lv2』、『片手武器Lv3』
『集中Lv2』、『範囲攻撃Lv2』
『隠密Lv3』、『防御Lv2』
『恐怖耐性Lv5』、『麻痺耐性Lv5』
『毒耐性Lv5』、『精神汚染耐性Lv5』
『石化耐性Lv5』
『雷属性魔力操作Lv3』
『水・風・回復属性魔力操作Lv2』
『火・土・付呪・召喚・特殊・闇属性魔力操作Lv1』
『★煙の支配者』、『☆ドラゴンブレス』
『☆竜の闘気』、『☆竜魔法Lv1』
称号:
『異世界からの来訪者』、『耐えるもの』
『クインティプル』
□□□□□□□□□
【――条件を満たしました。進化が可能です】
□□□□□□□□□
以下の進化先が選択可能です。
・スモールマジックドラゴン
□□□□□□□□□
また進化か。今回の進化先は一つだけ。
でも今はちょっと休憩したい。考えるのはあとだ。
にしても手強い敵だった。このダンジョンで一番だ。あの猿ほどじゃないけど、なかなかの脅威だった。特にあの暗闇は――。
【――おめでとうございます】
え?
【――あなたは見事、このダンジョンのボスを撃破しました】
待て、待て待て! 初めて人っぽい感じでしゃべってるぞ!
なんだ? どうした?
【――その勇気を称え、あなたに称号を授けます。『一のダンジョンを超えたもの』】
【――『一のダンジョンを超えたもの』の効果により、スキル『л』を獲得しました】
は? なんだって?
…………。
……おい!
…………。
返事がない。
おーい。…………。
…………なんだったんだ?
ぴかっ!
一瞬、目の前が強く光った。
そして、目の前に宝箱が出現していた。いつもよりもサイズが大きく装飾も細かい。一見して特別なものだと分かる。
「い、いつの間に……」
ゆっくりと開けてみる。鍵はかかっていない。
「……カード?」
それはカードだった。カードには扉のようなものが書いてある。黒い扉に、真っ赤な車輪のようなものが張り付いているデザイン。
カードに説明がある。読んでみよう。
□□□□□□□□□
【幽世への扉】のカード
1.念じることで実体化することが可能。カードには戻らない。
2.壁に設置して使用する。
3.亡くなった人(五名まで可)の顔を強く思い浮かべながら中へ入ると、その人と会って会話ができる。
4.一定時間を過ぎると、現実世界へ戻れなくなる。
5.この扉は一度しか使用することができない。
□□□□□□□□□
……死んだ人と話ができる?
マジか?
父さんや母さんや凛と?
…………いやいや。俺は何を考えてるんだ。現実世界に戻れなくなるとか怖いことが書いてあるぞ。過去を振り返ってどうする。
もういい。何も考えたくない。ちょっと疲れたぞ。
ごご、ごごごご!
突然、地響きのような音が聞こえてきた。
今度はなんだ!?
「あ、あれは!?」
この部屋に新しい通路ができている。階段のようだ。
近づいて行くと、上の方が明るくなっているのが分かった。
出口か?
俺はカードを鎧のポケットにしまってから、階段を駆け上っていった。
そして――。
「で、出れたぁ!」
太陽の光が俺を照らしている。そこは森の中だった。
ごご、ごごごご!
地面が動いて、森の地面の出口が消えた。
どういう仕組みなんだろう。まあどうでもいい。
俺は出れた! 出れたんだ!
「ひゃっはー! やったぜぇ! はは! あはははは!」
くー、マジで嬉しい!
泣きそうだ!
一体俺はどれくらいあそこにいたんだ? 体感だと一か月はいた感じだぞ。
もう二度とあんなダンジョンには入るものか。
「よし、今度こそ森を脱出しよう」
その前に進化だ。
でも。ちょっと休憩しよう。
やれやれ、ったく。マジで疲れたぜ。