9.ハエ型モンスター①
俺は現在『15』階までやってきた。
ここに来てから何日経っただろう? 二十日くらいか? ……分からない。
相変わらず虫型のモンスターばかりだけど、だんだん敵が強くなっている気がする。油断するとやられてしまいそうだ。
正直、めちゃくちゃ参っている。
薄暗い洞窟を目指す場所も分からずに長期間に渡って彷徨い、眠ることもできず、それに加え、足がいっぱいあるキモイ虫どもと戦い続けるってのは、とてつもない苦行だった。
しかも。
俺は今、強烈に腹が減っている。絶え間なく強い空腹を感じる。
「うぅ……ちきしょー。腹が減った」
だいぶ前からこれは続いていて、白い迷宮からずっとストックしておいたスタミナを回復する魔石を、俺はつい使ってしまった。
だが残念な結果に終わった。たしかにスタミナは回復したんだけど、飢えは変わらなかったのだ。
その状態で移動をしていると、ものすごい速度でスタミナが減っていくようで、俺はまたすぐに疲れ果ててしまった。
ヤバいかもしれない。ちょっとした極限状態だ。
「ん、なんだ?」
壁に何かある。近づいて行くと、それは扉だった。
扉には紋章のようなものが描かれている。魔法陣のように見えるけれど意味はよく分からない。
扉には鍵はかかっている。
……もしかして、この鍵を使うのか?
各階層で見つけた黒い鍵。
ここの鍵か?
俺は鍵を扉の鍵穴に合わせてみた。
駄目だ。サイズが合っていない。穴に入れることすらできない。
「……よし」
ぼわん。
俺は煙を鍵穴に流し込んでピッキングを試みた。煙の力は節約したいけど、さすがに先が気になる。出口かもしれないし。
煙で鍵穴の中を満たし、複数のピンを押して軸を回転させる。
がちり。
機械的な音が鳴った。鍵が開いたぞ。
扉を開けて中へ入っていくと、残念ながら出口でないことはすぐに分かった。
そこは石で囲まれた部屋になっていた。
中央に台座があって、その上に宝箱が置いてあった。荘厳な雰囲気がある。
「本当にゲームみたいだな」
こういうのをダンジョンって言うんだっけ? ゲームの中の連中はダンジョンの中でどうやって腹を満たしてるんだろう。
「うん?」
どうやら宝箱にも鍵がかかっているらしい。
もう一度、黒い鍵を使ってみる。すると今度は宝箱にぴったりとマッチした。
かちり。
よし。開いたぞ。この鍵は宝箱用の鍵だったようだ。
使った鍵を抜こうとしたが、力を入れても取れない。そういう仕組みなんだろうか?
鍵が複数あるということは、使い捨てなのかもしれない。残る鍵は五本。他にも鍵付きの宝箱があるということだろうか。
それより今は中の確認だ。
宝箱を開いた。
中に合ったのは黒い糸玉みたいなものだった。
宝箱に説明書きが書いてある。白いダンジョンで見たものとは同じ言語で書かれている。
「えぇっと。絶望の鎧?」
なんだその不吉な名前の鎧。ってか、どこが鎧なんだ?
毛玉を手に取ってみた。めちゃくちゃ重い。人の持てる重さじゃないぞ。なんだこれ。
一瞬だけ毛玉の周囲が光った。
しゅるしゅるしゅる。
「な、なんだ!?」
毛玉が自動的にほぐれて、俺の体に凄い勢いで巻きついてきた。
――こ、これは。
「す、すごい! 鎧になった!」
俺の体に巻き付いた糸は鎧に変化した。表面を押してみる。金属の触感じゃない。布とゴムの中間のような、ぐにぐにとした感触だ。
腕をぐるぐる回したり、尻尾を動かしてみたり、羽を広げてみたりしてみたけど、全く問題なく動かすことができた。重さはあるけれど、動きに影響を与えるほどではない。
俺の体に完全にフィットしている。こうしてみると、俺の腕や足がまるで鎧の一部みたいに見えるな。
「ふ、ふふふ。やった! ついに服が着れたぞ」
これを服といっていいか疑問だけど、とにかく嬉しい!
「ひゃっはー! やったぜ! くけけけけけけ!」
ヤバい。腹が減りすぎてテンションが変だ。
っていうか今気づいたけどスタミナが尽きた。もう煙が出せない。さっきのが最後の力だったみたいだ。
「……あれ? って、ヤバいぞ!」
数秒ごとにHPが減っている。
□□□□□□□□□
名前:リュート
種族:竜人種/ミニチュアマジックドラゴン
状態:飢餓
レベル:7
HP:1638/1656
□□□□□□□□□
…………まずい。
このままだと、俺は飢えて死ぬ。
HP回復の魔石を使えば助かるのか?
しかし魔石にも限りがある。いつここを出られるか分からないのだ。
こうなったら、決断するしかない。
次に出会った敵を、虫だろうがなんだろうが食ってやる。
こんな気味の悪い場所で死んでたまるか――。
* * * * *
その時はすぐにやってきた。
あの部屋を出て、敵を探りながら進んでいるうちに、ドーム状に広くなっている空間に出た。
そこに敵がいたのだ。
体長3mはある巨大なハエの化け物だ。青銅のような色と質感の胴体が照明の光を不気味に反射している。全身に産毛のような刺がびっしりと生えていた。
顔には半球状のでかくて赤い目玉が二つ。口は尖っていて、こういっちゃあなんだが、ち〇こみたいな形の口だ。グロい。
やつは岩の上へ止まり、前足をこすり合わせている。ノコギリで木を切ったような激しい音が洞窟に響いているが、この動作のせいのようだ。
……こいつを食う? マジかよ? 食えんのか?
いや、その前に俺はこいつを倒せるのか? かなり強い気配がある。
――ぎぎぎ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。
ハエが音を立てた。まるでナイフとフォークをこすり合わせるみたいにして、俺を見下ろしている。
強烈な殺意の塊が突風のように俺の体を吹き抜けていった。
目の前には化け物。HPはじりじりと減ってるし、空腹のせいで意識が朦朧としてる。
「は、はは。笑えてくるぜ」
なんで俺ばっかり? と、これまでの人生、何度も思ってきた。
だけど誰も助けてはくれなかった。そして俺は何もできずに死んだ。
もうあんな思いはしたくない。己の力で運命を打開してやる。
「てめーは俺が乗り越える壁、いや踏み台だ」
翼を広げ、宙に浮かぶ。
魔法――竜への変身ッ!
ぼんっ!
「みゃあ!(喰ってやるッ!)」




