8.ダンジョン:絶望の森
ここは――なんなんだろう。
洞窟の中ではあるんだけど、壁や天井に照明があって、上下の段差がある場合には階段が設置されている。
やっぱり最初にいた迷宮の三階に雰囲気が似てる気がする。自然の洞窟を、人工的に加工して迷路にしたような……。
「……これは?」
左手法で進んでいくと、壁に大きく『1』とあった。
これも白い迷宮にあったのと同じものだ。
さらにその下。『エリア76832』とある。
誰が何の目的で、こんな森の地下深くにこんなものを書いたんだろうか。
どうしよう。進むか、戻るか。
考えた末、進むことにした。
今まで無視していたけど、やっぱり、死んだ自分がどうして謎球体に生まれ変わったのか、ここが一体どこなのか知りたい気持ちがある。
かつん、と石が転がる物音が洞窟の奥から聞こえた。
何かいるのか?
煙の支配者をオンにして、そちらへ煙を拡げていく。
この程度の広さの洞窟の中を一方向に伸ばすだけであれば、二百メートルは軽くいけると思う。
ゆっくりと煙を延ばしていくと、その中で動く物体があることが分かった。百メートルほど先だろうか。
煙で触れてみる。
……足が六本ある大きな虫。モンスターだ。この迷宮にもいるのか。っていうかまた虫かよ。もう見たくないぞ……。
俺は煙をモンスターに絡ませたまま、その煙を手繰り寄せるように接近していく。
20mほど近づいた段階で、突如モンスターが素早く動きはじめたのを感知した。
モンスターが俺の視界に入った。赤茶色のカメムシみたいな見た目のやつだ。敵はこちらを認識し、突撃を開始している。
FランクよりのDランクってところか。
俺はモンスターが射程距離に入るのを待ち、冷静にモンスターを煙で締めつけた。びたっとモンスターの突進が止まる。煙から飛び出した触覚がうねうねしている。キモイ。
「……む?」
虫を煙で圧殺しようとしたが、こいつの体は鋼鉄のように固いらしい。動けなくすることはできても、このまま握り潰せないようだ。
「なら、こうしてみるか」
漠然と広がっていた煙をロープのように紐状に変化させた。
こうすることで、さらに密度を高められると考えたのだ。
細く濃い煙をぐるぐると巻き付け、締め付けていく。
べき! べき! べこん!
輪ゴムを何重にも巻いてスイカが割れる実験を見たことがある。あんな感じで虫が潰れていき――。
ぶじゅっ!
体液をまき散らしながら虫の体が真っ二つに割れた。
う……気持ち悪い。グロい殺しかたをしてしまった。
でも、思いつきだったけど煙の新しい使い方を見つけた気がするな。
ロープだけじゃなくて、色々な形に変化させれば、さらに使い道が広がるかもしれない。
余裕があれば少し考えてみるか。
よし、このまま進んでいこう。
* * * * *
体感で数時間が経過した。
モンスターと遭遇する以外に大した変化がなかったが、ようやく、それっぽいものを見つけた。
洞窟の壁が四角く切り取られて入口のようになっている所があったのだ。
近づいてみる。
なんだろう。部屋みたいになってる。
中央に宝箱が置いてあるみたいだ。
誰がこんなとこに置いたんだろう……。
まあいいや。開けてみるか。
「なんだ、これ」
中には黒い鍵が入っていた。
手にもって観察してみたが、これといって変わったところはない。
うーん。この先で使うのか? 特に説明もないけど。
一応持ってくか。
俺はパンツを止めている腰のツルに鍵をくくりつけた。落ちないように注意しておかないと。
少し部屋を探ってみたが、この部屋はこれだけみたいだ。他に何もない。
「なんだよ……」
せっかく見つけた変化だったってのに。たったこれだけか。
意気消沈して部屋を出て、再び探索を続けた。
だが、変化は再びすぐ訪れた。
長い階段がある場所があったのだ。
どこに繋がっているんだろう? ここからでは上の様子が分からない。
「よし、行ってみよう」
階段を登りきると、そこも今までと同じような洞窟の迷宮になっていることが分かった。
壁に文字が書いてある。『2』だ。
「何階まであるんだ?」
とにかく進んでみよう。何かあるかもしれない。
* * * * *
太陽が見えないから分からないけど、たぶん数日が経過した。俺はまだ迷宮にいる。現在の階層は『7』だ。
この迷宮にいるモンスターはDランクがほとんどで、強敵と言える敵はいないようだ。森の方がよっぽど敵が恐ろしかった。
だが、この迷宮は広い。あまりにも広い。そういった意味では森よりも脅威を感じる。
疲れを感じ始めているが休憩は難しかった。モンスターとの遭遇率がかなり高いのだ。ほとんどの時間を戦いに費やしている気がする。それに――。
「腹が減った……」
でも敵は虫みたいなやつばかりだ。さすがにあれは食いたくない。
いつになったらここを出られるだろう。
戻ることももちろん考えた。というか戻った。一度『1』まで降りて、来た道を引き返したのだ。
でも、なぜか入口が見つからなかった。
俺は方向音痴じゃないし、それに、あらかじめ迷わないように目印もつけておいた。
だから絶対に道は間違っていないはずなのに、入口だけが忽然と消えていたんだ。
意味が分からない。
そう言ってみたところで誰かが答えてくれるわけでもない。
仕方がないので俺は迷宮を進むことにした。
探索しているうちに、いくつか宝箱を見つけた。
中にあったのは一階で見つけたのと同じ黒い鍵だ。
何に使うんだろう?
分からないけど、とりあえず持っていくことにした。この先で使える場所があればいいんだけど。
――それにしても、腹が減ったぞ。