7.大量発生
進化をした翌日。
しばらくは順調に狩りをしていたが一つ気がついたことがある。レベルアップの速度が急激に落ちたのだ。
昨日までは数時間戦えばレベルが上がってたのに今日は全然ダメ。
もっと格上を狙おうかとも思ったけど、数は少ないし危険は多いしで、結局見送ることにした。
で、俺はなるべくたくさんの敵を狩ろうと思ったわけなんだけど、それが間違いの始まりだった。
「あぁー! 鬱陶しい!」
ぶううぅぅぅうん。
「このっ! このっ!」
俺は尻尾を振り回し、次々と襲い来る大きなハチのようなモンスターをバシバシと叩き落している。
俺は、めちゃくちゃピンチに陥っていた。
ぶううぅぅぅうんぶぶぶぶぶぶ。
倒しても倒しても、ハチがどこからかやってくるのだ。異常繁殖でもして大量に発生したんだろうか。空間という空間にハチが飛び回っている。
もう千匹は倒したはずなのに、敵は減るどころかさらに増えているのだ。
しかも。こいつらは一匹一匹がまあまあ強い。
俺が背中を見せるとすかさず毒針で俺を刺してくる。
俺は『竜の闘気』と『煙の支配者』の力を使い続け、どうにか攻撃を止めているが、そろそろ限界が近い。戦い始めてだいぶ時間が経っている。日が沈んでしまいそうだ。
「【水弾】! 乱れ撃ちだッ!」
ドドドドドッ!
両手の指先を銃口に見立てて、マシンガンのように魔法を連射する。
魔法攻撃力が上がったおかげか、一発一発が強力で、貫通力が高く、後ろのハチもまとめて撃ち落としていく。
が、水弾を撃っても撃ってもハチはやってきた。
「ち、ちくしょー! きりがないぞ!」
どす、という音が背中から聞こえた。
――う、しまった。
強烈な痛みがあり、その場所を中心に体が痺れていくのを感じた。攻撃すれば防御が甘くなり、防御に徹すれば大量のハチに圧殺されてしまう。
動きを止めた俺を目掛け、大量のハチが一気に迫る。
お、おぞましい! 昔、図鑑かなんかでバッタの大量発生を見たことがあるけど、あれよりももっとひどい。
「ぬぅんッ! 消え去れッ! 【大嵐】!」
俺を中心に暴風が生まれ、竜巻のように渦をつくった。この竜巻は銃弾のような強い雨を伴っている。
竜巻は大量のハチを粉々にしながら広がっていく。すごい音だ。べぎべぎと木々が折れて巻き上げられていく。
――あ、あれ?
俺の煙が竜巻に巻き込まれている。それはいいんだけど、いつもの白い煙じゃあない。
青い煙、それから緑色の煙が混じりあっている。
なんだ? あれは――。
竜巻が飛散する。ハチの死骸が雨のようにぼとぼとと落ちてきた。竜巻が消えるとともに俺の煙も白に戻ってしまったようだ。
なんだったんだろう、今の。
ぶううん。ぶううぅぅぅうん。ぶぶぶぶぶ。
「……うっ! さらに増えている……」
あれだけ殺したのに、まだあれだけの大群がいる。
完全に侮った。数の暴力がこれほどまでとは。
このままでは夜になってしまう。MPも底がつきかけている。
もう決断するしかない。こいつらは再び襲ってくる。
疾風迅雷を使用する。
それからもう一つ。
雷帝を使う。新しく覚えた魔法だ。
手の周囲にばちちち、とエネルギーが集まっている。
「焼き殺せっ! 【雷帝】」
カッ!
一瞬光ったあと、凄まじい雷鳴が森の中へ鳴り響く。
一方向に轟雷が走り、ライン状にいたハチを全て薙ぎ払った。
【――スキル『範囲攻撃Lv2』を獲得しました】
俺はハチの消えた空間へ向かって全力で走る。
どこかから再びハチがやってくるが、
「おらおらおらおらぁ!」
カンフー映画みたいに両手でラッシュしてハチを突き殺していく。左右と背中の防御は捨て、前方だけに集中した。
【――スキル『格闘Lv2』を獲得しました】
ある程度まで進んだところで、ハチの量が凄すぎて走れなくなった。
身を屈めながら、なんとか進んでいく。
どしゅ、どしゅと背中を数か所さされるが、俺は止まらない。
「い、痛いッ!」
人間だったら即死級の攻撃を何発も喰らう。
頭を守りながらどうにか走っていくと、何とかハチの群れを抜けることができた。そのまま森の中を疾走する。
ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ。
大量のハチが追いかけてくる。
どこかに逃げなければ……ッ!
何かないか? 何か――。
岩山を見つけた。俺はそちらへ走っていく。
ふと速度が落ちたことに気がついた。
疾風迅雷の効果が切れたようだ。
ぶぅぅぅぅぅぅん。ぶぶぶぶぶぶぶ。
「お、追いつかれるぅッ! ぬおぉぉぉ!」
全速力で走る。たまたま目に入った洞窟に入っていく。
だがその洞窟は入ってすぐに竪穴になっていた。
闇がぽっかりと口を開けている。底は見えない。煙のレーダーなしではこの暗闇を飛ぶことはできないだろう。
だが、もう煙を展開している時間はないし、かといって引き返すこともできない。ハチはすぐそこまで迫っているからだ。
「ち、ちきしょー! 生き返ってからこんなのばっかだぞ!」
ぼわん。
自分の体を煙に包んだ。目の前が真っ白になる。
俺は覚悟を決め、穴へ身を投げた。
ひゅー。
縦穴を落ちていき、ぼよん、と一回大きく跳ねた。
そのままゴムボールのようにどこかへ転がっていく。俺は煙をクッションのようにしたのだ。
ころころころ――。煙の中から見えていた外の光が遠ざかっていく。俺はすぐに暗闇に包まれた。
回転と揺れが収まるのをどうにか待ってから煙を解除する。
「うわぁー! 【魔力灯】! 【魔力灯】! 【魔力灯】!」
半分パニックになりながら照明を作りまくった。残り少ないMPを全部消費してしまう。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
闇が晴れる。少し気分が落ちついてきた。
「ここは……」
洞窟だった。俺はどっから落ちてきたんだろう。それっぽい穴がたくさんあってよく分からない。
落ちていた時間を考えると、かなり深い場所へ落ちてきてしまったようだけど。
その代わりハチの群れが飛ぶ嫌な音はもう聞こえてこなかった。
「とりあえず助かった、のか?」
命拾いしたようだ。
しばらく虫とは戦いたくない。まああれだけ殺しまくったおかげかレベルは3まで上がったし、SPもかなり稼げたので、唯一それだけはよかったかもしれない。
それにしてもこの森にこんな地下洞窟があるとは。
そういえば拠点の縦穴もだいぶ深かった。探索はしていないけど、あそこも同じように深いのかもしれない。
どことなく、ここの洞窟と入口が似てたような気がしなくもない。
「ん?」
ふと遠くの方が明るくなっていることに気がついた。
あれは……。
そちらに足を運んでいく。光源が何かすぐに分かった。
「これって、あそこにあったのと同じやつだよな?」
俺が目覚めた白い迷宮の三階にあった洞窟。あそこにあった照明と同じものが、洞窟の壁に埋め込まれている。
この照明は洞窟の奥の方へ続いている。
なんなんだ、ここは。
行くべきか?
…………。
行ってみるか。
今上へ戻ってもハチがまだいるかもしれないし、それにそろそろ日が暮れているはずだ。
ここの方が安全だと思う。
俺は迷わないよう注意を払いながら洞窟の奥へ進んでいくことにした。