5.三日が経って
あれから三日が経った。
やっぱりこの森にいるモンスターの数は尋常じゃない。
やつらのほとんどは俺と同格以上の存在なのだ。少しでも油断したら死ぬ。
死を恐れて警戒を続けながら森を彷徨うのは、精神的に辛いものがあった。
それでも順調に狩りを続けていたのだが、一つ困った問題が起きた。
「……腹減った」
かなり強い空腹感がある。
何しろ白い部屋で目覚めてから何も口にしていない。
あ、魔石は入れたか。でもあれは腹に入ってないからノーカンだ。
空腹に合わせて、いわゆる隠しステータスであるスタミナが徐々に減ってきているのを感じる。
このままいくと『煙の支配者』の力が使えなくなってしまう。この力なしでこの森を生き抜くのは難しいだろう。
水の流れる音が聞こえたので近づいて行くと、広い川がある場所に出た。
川べりに近づいて水面に顔を近づけてみた。
流れは速い。透明な水だ。竜の手を突っ込んでみる。けっこう冷たいのが分かった。
俺は直接川に顔を突っ込んで水を飲んだ。
ごく、ごく。
俺は喉も乾いていたらしい。止まらない。
ぷはっ!
うまい。でも腹は満たない。
どうしよう。スタミナを回復する魔石を使ってしまおうか。
うーん。
空腹がそれで解消するか分からないし、解消したとしても根本的な解決にはならない。だってこの森にいつまでいることになるのか全く分からないのだ。
「はぁー。やっぱやるしかないかぁ」
実は解決策はだいぶ前から思いついていた。
生理的に受け付けない手段なので躊躇していたのだ。
だけど、そろそろ限界が近づいているのが分かる。
もう覚悟を決めるしかない。
そう、モンスターを食うのだ。
そうすれば腹は満ちると思う。
俺は他のモンスターがモンスターを食っているのを見た。
やつらにも腹が減るという感覚は一応あるらしい。
ほとんどは殺したあと死体を放置していくけど、稀に食っていく場合があるようなのだ。
がるる――。
唸り声が聞こえた。ちょうどいいことにモンスターがやってきた。
全身が蛇のような鱗に覆われた四足歩行のモンスターだ。熊に似てなくもない。モンスターは左右に揺れるように歩きながらこちらへ近づいてきている。
強さはCよりのDランクってところか。
モンスターはある程度の距離まで俺に近づくと、一気に加速して俺に突っ込んできた。
速い。だが動きは直線的だ。
ぼわん。
俺は煙を出現させ、モンスターをがしっと掴んだ。
そのままぎりぎりと握りこむ。かなりの硬度だが、煙の力の方が強い。
そのうち、べきぃ、と音がして、モンスターは煙の中で動かなくなった。
【――レベルアップしました】
【――ステータスを表示します】
□□□□□□□□□
名前:リュート
種族:竜人種/ミニチュアドラゴン
レベル:10(+1)
SP:723
HP:1341/1341(+3)
MP:421/1201(+3)
攻撃力:290(+2)
防御力:291(+2)
敏捷性:290(+2)
魔法攻撃力:390(+2)
魔法防御力:391(+2)
魔法:
『『火球』、『水弾』、『水の龍』
『氷の槍』、『切り裂く風』
『突風撃』、『風の障壁』、『飛行』
『雷の矢』、『雷鳴』、『閃光』
『雷歩』、『土の槍』、『治癒』
『回復(小)』、『強化加工』
『器物召喚』、『魔力灯』
『忍び寄る闇』、『疾風迅雷』
『大嵐』、『乱気流』、『癒しの風』
『癒しの雨』、『肉体増強』
『竜への変身』、『人への変身』
スキル:
『言語理解』、『根性』
『HP・MP自動回復上昇Lv1』
『MP消費緩和Lv3』
『格闘Lv1』、『片手武器Lv3』
『集中Lv2』、『範囲攻撃Lv1』
『隠密Lv3』、『防御Lv2』
『恐怖耐性Lv5』、『麻痺耐性Lv5』
『毒耐性Lv2』、『精神汚染耐性Lv5』
『石化耐性Lv5』
『水・風・雷・回復属性魔力操作Lv2』
『火・土・付呪・召喚・特殊・闇属性魔力操作Lv1』
『★煙の支配者』、『☆ドラゴンブレス』
『☆竜の竜の闘気』、『☆竜魔法Lv1』
称号:
『異世界からの来訪者』、『耐えるもの』
『クインティプル』
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お、レベルアップした。
【――条件を満たしました。進化が可能です】
なに?
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以下の進化先が選択可能です。
・スモールドラゴン
・ミニチュアマジックドラゴン
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また進化だと……?
今回は強制選択ではないようだ。
前みたいに意識が飛んでも嫌だし、少なくとも拠点に帰ってからにしようと思う。
それより、今はやることがある。
俺は死んだモンスターに近づいた。
「これを……食う…………」
ナイフなんてない。俺は自分の爪でこいつの皮をはがないといけないのだ。
俺は人と違う人生だったかもしれないけど、さすがにサバイバルはやってない。
加工済みの食材にしか触れたことがないんだ。
だから、すごく抵抗感がある。
でも……やんないとダメだよな。生きるために。
「……よし」
俺は覚悟を決めて死んだモンスターに爪を向けた。
* * * * * *
まずい!
湿った木材でも食った気分だ。たぶん栄養なんてないだろう。
ただ一応腹は膨れた。五分目といったところだろうか。スタミナも多少は戻った感じがする。
驚くことに三歳児のこの体に、あのモンスターの肉がほとんど入ってしまった。
一体どうなってるんだ? この体は謎だらけだ。
これだけ食っても足りないんだから、今後スタミナを維持していくのは思ったよりも大変かも。
まあ、でも。
食材は腐るほどある。覚悟さえ決めれば飢えることはない。覚悟さえ決めれば。
……さすがに虫型モンスターは食いたくないけどな……。そんなことにならなきゃいいけど。
さて、食い終わったところで進化のことを考えたい所だけど、それは夜でもできる。
今は昼しかできないことを優先したい。
実はやりたいことがあるのだ。
俺は死ぬ前、手先が器用だった方だけど、この体にもちゃんとそれは受け継がれているらしい。
ふふふ。
森にある小枝や葉っぱ、ツルを使って工作がしたいのだ。
作りたいものは三つ。
第一優先はパンツだ。これは譲れない。
股間を一枚の葉っぱで隠すあれじゃあない。もっと葉っぱをふんだんに使ったちゃんとしたやつだ。デザインにももちろんこだわる。
第二優先は地面に敷く絨毯。
ごつごつした場所に転がるのはめちゃくちゃ不快なのだ。
絨毯を作るには大量の葉っぱを運びこむだけでいい。煙を使えば一気に運べるだろう。
第三優先は枕だ。
枕作りの構想はこうだ。まず木の枝をスライスして、ペラペラになったそれらを編み物のようにして袋を作る。そこに葉っぱを入れてツルで縛れば完成だ。これは結構時間がかかるかもしれない。
難点は、この作業を行うには人間モードにならないといけないこと。細かい作業をするのに竜の手では都合が悪いのだ。
よって作業中は念のため煙を広げて縦穴を監視する必要があると思う。
工作に夢中で死にました、じゃ洒落にならないからな。
よし、日が落ちる前に材料を確保しよう。